第五幕 第十五場
おっぱい王国の城下町にある酒場に、数人の兵士を引き連れて馬丁のフェレナンドがやってきた。その応対をするのは酒場で働く女の子グレーテルだった。
「あ、あの、フェレナンドさん」
グレーテルが怯えるようにして、フェレナンドを見つめながら言った。
「いったいなんのことでしょう?」
「グレーテルもう一度言うよ」
フェレナンドはやさしく微笑む。
「かくまっている巨乳姫はどこにいるんだい?」
「フェレナンドさん。巨乳姫様なんてここにはいませんよ」
フェレナンドは困ったていでため息をついた。
「グレーテル。情報は漏れているんだよ。ここに巨乳姫がかくまわれていたことは確かなんだよ。だからね正直に話してよ」
「本当に私なにも知らないんです」
「どうしてもしゃべってもらえないのかな」
フェレナンドの表情から微笑みが消えた。
「俺はね、大好きだった酒場がまさか巨乳派の密会所だったなんて知ってショックなんだよね。あまりにもショックすぎて、メチャクチャにしてやりたい気分なんだ」
グレーテルは恐怖で目に涙を浮かべる。
「や、やめてよ。本当に私、な、なにも……」
フェレナンドがグレーテルの頭に手を置く。
「とぼけているのか、それとも本当に何も知らないのかな。巨乳派の密会所で働く小娘が何もしらない可能性ね……なくもないか。ヤツらは秘密主義者だからね。君には何も知らされていない可能性もありそうだな」
兵士達が怯えるグレーテルを見て、にたにたと笑っている。
「おいお前ら」
フェレナンドが連れて来た兵士達に顔を向けた。
「この店をしらみつぶしに調べろ。人が隠れていそうな場所は念入りにな」
兵士達は返事をすると、まるで強盗のごとく酒場を荒らすようにして調べ始める。
「ちょっと止めて」グレーテルが言った。「お店を壊さないで」
「おとなしく黙って見ているんだグレーテル」
フェレナンドが語気鋭く言った。
「それとも何かお前」
そこで言葉を切ると、店を荒らす兵士達を顎でしゃくる。
「あんなふうに壊されたいのかな」
グレーテルが震えだし、涙をこぼした。
「でもねグレーテル。君は運が良い」
フェレナンドはグレーテルの頭をなでる。
「君の胸は見事な貧乳だ。どこにも膨らんでいる様子は見られない。それだけで生かす理由があるってもんだよ、俺たち貧乳派にとってはね。でもまあ、子供だから胸がなくて当たり前なんだよね」
グレーテルは胸を庇うかのごとく、両腕を交差するようにして押さえた。
「安心しろグレーテル。未来の希望がある貧乳など眼中にない」
「へ?」グレーテルは怯えながら困惑する。
「お前の胸は確かに貧乳だ。だがしかし、この先膨らむ可能性のある胸など本物の貧乳などではない。本物の貧乳というものはな、成長期を終えた女性の胸に輝く奇跡の芸術品だ。この先、決して大きくならないという保証付きの胸。それこそが本物の貧乳なんだよ」
グレーテルはわけがわからないといった様子でフェレナンドを見つめる。
「でもどうしよっかなグレーテル」
フェレナンドがグレーテルの両肩を掴んだ。
「もし、お前の胸が育って巨乳にでもなったと考えたら気持ち悪くてしかたがない。それならば、そうなる前にこの俺が直々に今のお前の貧乳を愛でてやろうかな」
「いや……やめて。私に乱暴しないで」
「大丈夫だよグレーテル」
フェレナンドは舌なめずりをする。
「やさしくしてあげるよ」
「やめろフェレナンド!」
その声は男の子が叫ぶ声だった。
その叫び声が店に響くと同時に、兵士達が悲痛な叫び声をあげて倒れて行く。床に倒れて呻く兵士達の体にはナイフが突き刺さっていた。
フェレナンドはゆっくりと店の入り口に顔を向ける。するとそこにいたのは、息を切らした男の子。それは従者のキュルトヘンだった。
「グレーテルから離れろ!」
キュルトヘンはナイフを構える。
「フェレナンド!」
「キュルト君!」グレーテルが歓喜の声をあげた。
「おやおや、キュルトヘン」
フェレナンドはキュルトヘンを不思議そうに見つめる。
「どうして君がここに?」
「うるさい黙れ!」
キュルトヘンがフェレナンドをにらみつける。
「お前が貧乳派の工作員で、この酒場を襲撃しに来たのは知っている。だが残念だったなフェレナンド。マンスロート姫様はもうここにはいない」
フェレナンドは思案げに唸る。
「……ああ、なるほどね。まさかキュルトヘン、君が巨乳派の人間だったとは驚いたよ。でもよく考えてみれば、あの忌々しい巨乳姫の護衛役として従者をしているんだ。君が巨乳派の工作員だったとしても、なんら不思議なことではないか」
「僕は巨乳派なんかじゃない。ましてや貧乳派でもない」
「あれれ、おかしいな。だとしたらお前はいったい何者だ?」
「僕はおっぱい王国王女マンスロート姫様の従者キュルトヘンだ!」
フェレナンドが笑い声を漏らす。
「なんだよそれは馬鹿らしい」
「ちょっとキュルトヘン」
そう言って酒場に駆けつけたのは、巨乳姫マンスロートに変装した鵞鳥番のリーゼルだった。
「一人で先に行かないでよね」
「巨乳姫!」
フェレナンドは目を見張ったが、詰め物がされていないリーゼルの胸を見てすぐに偽物だと悟った。
「……いや違う。鵞鳥番のリーゼルか」
「フェレナンド!」
リーゼルが叫んだ。
「こんな馬鹿な事は止めない!」
フェレナンドがうんざりといった様子で首を横に振る。
「何の権限があって、鵞鳥番ごときの娘がこの俺に命令するんだ」
「あなたは巨乳派だとか貧乳派だとか、そんなくだらない理由でこの国を混乱に陥れようとしているのよ。どれだけ自分たちが身勝手な存在なのか考えて事があるの」
フェレナンドが蔑むような表情でリーゼルの胸を指差した。
「巨乳でもない貧乳でもない、中途半端な普通のサイズの胸のあんたが、偉そうな口で俺に意見するんじゃねえよ」
「胸の大きさなんてどうでもいい」
キュルトヘンが言った。
「とっととグレーテルから離れろ」
「なるほどキュルトヘン。君はこの女の子の事が心配なようだ」
フェレナンドはそう言うと、グレーテルの首に手をかけた。
「だったら大人しくしていなさい。さもなくば」
そう言うと、首を絞める手に力を込める。
「この子は死んでしまいますよ」
グレーテルは悲痛なうめき声を漏らす。
「なんて卑怯なヤツだ!」
キュルトヘンは唇を噛み、くやしげにフェレナンドをにらむ。
「キュルトヘン」フェレナンドが言った。「大人しく武器を捨てろ」
キュルトヘンは手に持っていたナイフを床へと投げ捨てた。
「これでいいだろ」
「おいおいそれだけじゃないだろ。服の下にも隠し持っているんだろ。そいつを全部捨てろよ。今すぐにな」
キュルトヘンは舌打ちすると靴を脱ぎ、それを逆さにする。すると数本のナイフが滑り落ちて来た。次いでキュルトヘンはズボンのポケットからナイフを取り出すとそれを捨てる。さらに上着の裾からナイフを取り出すとそれを捨てる。そして上着を脱ぐとそれを逆さにし、上下に振った。すると何本ものナイフが床へと落ちていく。
「こいつはたまげた」
フェレナンドは驚いた様子だった。
「ここまで武器を隠しているとは思っていなかったよキュルトヘン。さすが巨乳姫の従者をまかされるだけはある」
「さあフェレナンド」
半裸のキュルトヘンが言った。
「大人しく従ったぞ。だからグレーテルを解放しろ。さもないと……」
そこで口を閉じる。
「さもないとなんだ。どうするつもりだ——」
突如としてフェレナンドが床へと押し倒された。そして倒れた彼の顔面に追撃の蹴りがめり込むと、気絶してしまう。
解放されたグレーテルがキュルトヘンに抱きつき、大声で泣きじゃくる。
キュルトヘンはグレーテルをなだめる。
「助けに来るのが遅くなってごめんよ、グレーテル」
リーゼルはフェレナンドを踏みつけるそいつに親指を立てる。
「よくやったわファラダ」
フェレナンドを踏みつけていたのは白馬のファラダだった。
「こっそりと裏口から侵入するなんて朝飯前ですよ。さてと次はどこへ行くんですか?」
「ファラダ」キュルトヘンが言った。「お城までお願い」
ファラダは得意げに鼻をならす。
「お安い御用ですよ」




