第五幕 第十二場
おっぱい王国にある劇場の物置部屋では、従者のキュルトヘンが兎を縛り上げている。その様子を仕立て屋のハンスルと靴屋のプフリームが見守っていた。キュルトヘンは兎を縛り終えると、裸で縛られている男に猿ぐつわを噛ませようとする。
「お前こんな事をしていいと思っているのか」
男がキュルトヘンに言った。
「シュルツ様の命令に逆らうつもりか」
「巨乳派だとか貧乳派とかそんなくだらない理由で争い、国を混乱させようとする人の命令なんてクソくらえです」
キュルトヘンは男に猿ぐつわを噛ませた。
「姫様達を弄びやがって」
男はくぐもったうめき声を漏らす。
キュルトヘンはハンスルとプフリームに向き直った。
「もう一度確認しておきます。あなた方は巨乳派の工作員でも貧乳派の工作員でもない、そうですよね?」
「ああ、もちろんだとも」
ハンスルが力強くうなずいた。
「だいたい俺はすべてのサイズの女性の胸を愛している。胸があれば大きさにこだわらず、ただ揉むだけだ」
「俺も巨乳派の工作員でも貧乳派の工作員でもない」
プフリームが言った。
「それどころか女の胸に興味すらない。そんなヤツらと一緒にしないでくれ」
「わかりました。お二人の言葉を信じます。だから僕に力を貸してください」
「力を貸してくれだと」ハンスルが言った。
「それはどういう事だ?」プフリームが訊いた。
「僕はすぐにでもお城に戻って、姫様達に危害が及ぶ前に巨乳派と貧乳派の陰謀を止めなければならない。でもそうなると、僕にはティーア劇団の暗殺計画を止める事ができません。だから二人には僕に代わって、ティーア劇団の暗殺計画を阻止してほしいんです」
「やなこった」ハンスルが即答した。
「どうしてですか。この国の一大危機なんですよ。力を貸してください」
「馬鹿やろう!」
ハンスルが怒鳴る。
「お前には城に戻る前にやらなくちゃいけない事があるだろうが。酒場が襲撃される前に、そこに残っているグレーテルを助けろよ」
キュルトヘンの顔が曇った。
「そうしたいのはやまやまですが、僕は姫様の従者です。個人的な事情よりも、国のために姫様のために動かなければならない」
そこでくやしげに拳を握る。
「それにまだ貧乳派の人間に情報が漏れたとは決まっていない。襲撃されないかも——」
「ふざけんな!」
ハンスルが再び怒鳴った。
「お前達幼なじみなんだろ。だったらなおの事グレーテルを助けて、それから城へ向かえ! お前知ってんのかよ。グレーテルが毎日のように、キュルト君が遊んでくれなくてさみしいって愚痴ってた事を!」
キュルトヘンはうつむく。
「……でも、それでも僕は」
さらに拳を握りしめる。
「だいたいお姫様達もだな」
ハンスルがキュルトヘンの両肩に手を置いた。
「女の子を見捨てて自分達が助かってもうれしくねえよ。それにお前がグレーテルを見捨てるって言うんだったら、俺たちはいっさい協力しねえ」
キュルトヘンは顔をあげた。
「……わかりました。そうします」
ハンスルが微笑む。
「お前さんは子供のくせに無理し過ぎなんだよ。そんなんじゃ、つまんない大人になっちまうぞ。そしたらグレーテルに振られちまうぜ。あんな将来性のある胸を揉めないなんてもったいないぞ。きっとグレーテルはいいおっぱいに育つ。今からでも俺が揉みたいくらいだよ、っていうか揉みたい。そんくらいグレーテルは有望な子だ。大事にしな」
「ハンスルさん」キュルトヘンがハンスルにがばっと抱きつく。
ハンスルはキュルトヘンの頭に手を置く。
「お前はもっと子供らしく素直に——」
キュルトヘンは雄叫びとともにハンスルを勢いよく持ち上げると、そのままのけぞりハンスルの頭を床へと叩き付けた。ハンスルはその衝撃で気絶してしまう。
キュルトヘンは立ち上がり、蔑んだ表情でハンスルを見下ろした。
「グレーテルに手を出したら、ただじゃおきませんからね。このロリコンが」
ハンスルに向かってつばを吐き捨てた。
プフリームが唖然と立ち尽くしている。
「プフリームさん」
キュルトヘンがプフリームに向き直る。
「このロリコンが目覚めしだい、舞台の屋根裏に侵入して、そこからティーア劇団を監視してください。僕はその間にグレーテルと姫様達を救出しに行きます。もしも僕が劇場に戻らぬうちに、ティーア劇団があやしい行動にでた場合は取り押さえてください。いいですね」
プフリームは未だに唖然としている。
「ああ……わかったよ」
キュルトヘンはドアに歩み寄るとノブに手をかける。
「あとそれとプフリームさん。もしもハンスルさんが目覚めたら、ありがとうと伝えてください」
プフリームはくすっと笑う。
「ああ、わかったよ。任せときな」
「それじゃあよろしくお願いします」
キュルトヘンは物置部屋を出ると、劇場の玄関を目指して走り出した。脳裏には様々な思いが駆け巡りキュルトヘンを焦らす。
「マンスロート姫様、マレーン姫様、グレーテル……」
キュルトヘンが玄関にたどり着くと同時に呼び止められた。
「キュルトヘン!」
キュルトヘンが声をした方に顔を向けると、そこにいたのは巨乳姫マンスロートの格好をした鵞鳥番のリーゼルだった。
キュルトヘンは驚く。
「劇の最中にこんなところで何をしているんですか」
「それはこっちのセリフよ」
リーゼルは焦りながら言った。
「そんなことよりも大変なのよ。ローラント王子様をはじめとするシュヴァンツ王国の人間に、私が偽物だとバレているの。だからすぐにでもマンスロート姫様を見つけて連れてこなくちゃいけない。もしもこの劇が終わるまでに本物のマンスロート姫様を連れて来る事ができなかったら、大変な事になるわ」
「わかりました。すぐに迎えに行きます」
「迎えに行きますって、マンスロート姫様の居場所を知っているの?」
「マンスロート姫様ならお城です」
「えっ、どうしてお城に?」
「くわしい説明は後でします」
そう言うとキュルトヘンは劇場の外に飛び出した。
キュルトヘンは劇場の外で停まっている馬車の一団、その先頭の馬車に繋がれているファラダに駆け寄る。
「ファラダ。僕を乗せてくれ頼む」
「俺の仕事は人をのせて運ぶこと。ただそれだけさ」
ファラダは馬車を顎で示した。
「頼まなくても乗せてやるよ。さあ乗りな。どこへでも好きなところに連れて行ってやるぜ」
「ありがとうファラダ」
キュルトヘンは馬車に乗り込んだ。
「まずは町の酒場まで。そしたらお城へ向かってくれ」
「あいよ」ファラダが走り出す。
「待って私も行く!」
そう言ってリーゼルが馬車に駆け込んだ。
キュルトヘンはリーゼルの行動に驚いた様子だった。
「どうしてついてきたんですか!」
「私にはやらなくちゃならないことがあるの。マンスロート姫様だけではなく、マレーン姫様も迎えに行かなくちゃならないのよ」
「マレーン姫様を?」
キュルトヘンは困惑する。
「どうして?」
「だってねマレーン姫様だってローラント王子様の事が好きなのよ。だったらマレーン姫様にもチャンスは与えられるべきだと思うの。だからマンスロート姫様とマレーン姫様両方お連れして、その気持ちを確かめたうえでローラント王子様に選んでもらうわ」
「それじゃあ貧乳派の思うつぼだ」
「貧乳派?」
リーゼルがいぶかしげな表情になった。
「何を言っているのキュルトヘン?」
「貧乳を愛する過激な連中のことです。マンスロート姫様の誘拐事件は貧乳派によって仕組まれたものでした。すべては貧乳のマレーン姫様をローラント王子と結婚させ、この国のお妃を巨乳のマンスロート姫様ではなく、貧乳のマレーン姫様にするための計画だったんです」
リーゼルは憤慨する。
「何よそれくだらない!」
「それだけではありません。この国には貧乳派だけではなく巨乳派も存在しているのです。二つの勢力は互いに争い、巨乳のマンスロート姫様と貧乳のマレーン姫様のどちらをお妃の座に据えるかで戦っているのです。何も知らない姫様達を利用して」
「ますますくだらないわ。そんなことに姫様達を巻き込むなんて最低なヤツらね」
「さらに最悪な事に、シュヴァンツ王国がこの国に攻め入ろうとしています」
「なんですって!」
リーゼルが大声をあげた。
「どういうことなのか説明してちょうだい」
「わかりました。そのかわりリーゼルさんも、この状況を打開するため協力してください」
「ええ」
リーゼルは力強くうなずく。
「もちろんよキュルトヘン」




