表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
66/76

第五幕 第十場

 おっぱい王国の劇場のホールに一人の男が姿を現した。それはちょびヒゲを生やしたタキシード姿の男で、そいつはティーア劇団の座長クレープスだった。


 クレープスは舞台にあがると集まった人々に向かってお辞儀をした。

「みなさま大変長らくお待たせしました。わたくしティーア劇団の座長をつとめさせていただいておりますクレープスと申します。このたびは——」


 壇上のクレープスの挨拶を、舞台の屋根裏に潜み見下ろすバニーガールの女の姿があった。それは巨乳派の工作員マルタだった。


 マルタは胸の谷間に手を入れると、そこからナイフを取り出した。

「こいつを隠し持っててよかったよ。おかげであの動物どもから逃げ出せた」


 クレープスの挨拶は続いている。


「いつ殺る?」マルタは自問自答する。「マルタ落ち着いて考えるのよ。今は得策ではないわ。あせらずともチャンスは来る。それまではここで大人しく待機するのよ」


「——と言うわけです」クレープスが言った。「それではみなさま、これより演劇を始めたいと思います」

 お辞儀をして舞台から去る。


 クレープスが舞台を降りると同時に幕があがった。人々が期待に胸を膨らませ拍手を送る。


 三階の豪華な観客席の中央に座る二人も拍手を送った。それは巨乳姫マンスロートに扮した鵞鳥番のリーゼルにシュヴァンツ王国第二王子ローラントだった。


 舞台では演劇が始まり、人々が食い入るようにして見入っている。


 ローラントがリーゼルの耳元でささやいた。

「大事なお話よろしでしょうか?」


 リーゼルはローラントに顔を向ける。

「はい。なんでしょうか?」


 ローラントは舞台を見据えて言う。

「本物の巨乳姫様はどこにいらっしゃるのですか?」


 リーゼルは瞠目する。

「ロ、ローラント王子様。そ、それはいったい……」


「とぼけなくても結構ですよ」

 ローラントは舞台を見据えたまま微笑んだ。


「あ、あの、わ、私は本当にマンスロートです」

 リーゼルは動揺を隠しきれずに狼狽する。


 ローラントはリーゼルの胸を指差した。

「その胸で巨乳姫を名乗るのですか」


 リーゼルは指差された自分の胸に視線を落とした。そこには嘘偽りのない、普通の大きさの自分の胸が存在していた。

「しまった。パッド入れ忘れた」思わず胸を押さえる。


「面白い人だ」ローラントは楽しげに笑う。「どうしてあなたが巨乳姫マンスロート姫様のふりをしているのかは、あえて問いただしません。ですけど僕以外のシュヴァンツ王国側の人間はみな、あなたのことを怪しんでますよ」

 そう言うとシュヴァンツ王国関係者が座る観客席左側を顎で示す。

「気をつけてくださいね」


 リーゼルはおろおろとする。

「あ、あの、そ、その、わ、私は、その、あの、えっと……」


「落ち着いてください」ローラントはやさしい口調になる。「あなたが動揺しているのを他の者に感づかれては、僕もやっかいなことになる」


「ロ、ローラント様……」

 リーゼルは気持ちを落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。


「先ほども言いましたが、僕はあなたがなぜマンスロート姫様のふりをしているのかを問いただすつもりはありません。けれど僕の臣下達は違います。偽物あなたを見て、酷く苛立っています。これはシュヴァンツ王国に対する侮辱だとね」


「そ、そんなつもりはないんです。私は、私たちは……」


「大丈夫です。わかっていますよ。巨乳姫に変装にするために胸の詰め物をし忘れるなんて失態、普通じゃ考えられません。それに気づかぬほどせっぱ詰まった状況なのでしょ?」


「……はい」リーゼルはうなずいた。


「なるほどね。今このおっぱい王国は非常にまずい状況下に置かれている、そうですね?」


 リーゼルは無言でうなずく。


「その事情を僕ら、シュヴァンツ王国側に知られるとまずい、そうですね?」


 リーゼルはまたもや無言でうなずく。


「正直な方だ。その誠意に僕も報いたい。だからこそあなたにお願いしたい。この劇が終わるまでに本物の巨乳姫であるマンスロート姫を連れて来てはくれませんか」


 リーゼルの表情に焦りの色が浮かぶ。


「これが僕に出来る最大の譲歩です。できれば僕もおっぱい王国とは争いを起こしたくはありません。ですが臣下達をなだめるのも限界があります。だからこの劇が終わるまでに、必ず本物の巨乳姫を連れて来てください。頼みましたよ」


 リーゼルは気持ちを落ち着かせようと深呼吸すると、ローラントに微笑んでみせる。

「ありがとうございますローラント王子様。私たちおっぱい王国の人間が、シュヴァンツ王国の人間を騙していると知ってなお、我が国の事を思ってくれているのですね」


「当然ですよ」ローラントも微笑む。「いずれこの国の王となる人間ですから」


「わかりました。けれどその前にローラント王子様」

 リーゼルはそこで言葉を切ると、うかない顔つきになる。

「……一つ質問してもよろしいでしょうか?」


「なんでしょうか偽乳姫?」


「偽乳?」リーゼルは胸を押さえ顔を赤らめる。「そ、そんな事言わないで。私だって——」


「冗談ですよ。そんなに興奮しないでください」

 ローラントはなだめるような口調でリーゼルに言った。

「それに僕はあなたのような形のよい美乳は好きですよ」


 リーゼルはさらに顔を真っ赤にさせた。

「こ、こ、こんな時にふざけないでください」


「やっぱり面白い人だ」ローラントは楽しげに笑った。


 リーゼルは真っ赤な顔を下に向けた。「か、からかわないでくさだい……」


「大変申し訳ない。こんな時に非常識でしたね」

 ローラントはそう言うと真面目ぶった表情に変わる。

「それで、あなたの質問とはいったいなんですか?」


 リーゼルが顔をあげた。

「ローラント王子様はマレーン姫様の事は好きですか?」


「ええ、もちろん好きですよ」ローラントは即答した。


「え、本当に?」


「はい、もちろん。それと同じようにマンスロート姫様の事も好きですけどね」


 それを聞いてリーゼルの表情が曇った。

「……ローラント王子様は、まだ見ぬマンスロート姫様の事を好きだと言いましたね。その言葉を信じていいのでしょうか?」


 ローラントは力強くうなずいた。

「もちろんですとも。それが僕の役割ですから」


「……ローラント王子様」

 リーゼルの表情がさらに曇る。

「ご自身の立場とか役割なんてないものだとしてお考えください」

 そこで間を置く。

「もしもマンスロート姫様とマレーン姫様、二人があなたに求婚なさったら、あなたはどちらを選びますか?」


 ローラントは押し黙る。


「ローラント王子様。答えてくれませんか?」リーゼルが催促する。


「……難しい質問ですね。すぐに答えを出せるような問題じゃない」


「……確かにそうですよね。すぐに答えを出せるような問題じゃないですよね」


「その質問はまさかと思いますが——」


「それ以上口にしないで」リーゼルがローラントの言葉を押しとどめた。「どうかこの答えは私にではなく、直接本人にお伝えください」


「なるほど」ローラントは全てを悟ったかのような顔つきで言った。「そういうことですか」


「ローラント王子様。私はこの劇が終わるまでにマンスロート姫様とマレーン姫様をお連れします。だから答えをだしといてください」


 しばしの間があった。「……わかりました」


「それじゃあ私行ってきますね」リーゼルが席を立とうとする。


「まってください」ローラントが呼び止める。「その前にあなたの名前を聞かせてください」


「私ですか。私はただの鵞鳥番で、名はリーゼルと言います」


「リーゼルですね。覚えておきます。それではあたなが帰るのをお待ちしておりますよ」


 リーゼルはローラントに一礼をすると席を立つ。


「おい、どこに行くのだマンスロート」離れた席に座っていた王様がリーゼルを呼び止めた。


「ごめんなさいお父様」リーゼルは言った。「私すこしばかりお花を摘んで参ります」


 トイレに行くと思った王様は言う。「そうであったか。呼び止めてすまぬ」


 リーゼルは観客席を出て廊下に出るとあたりを見回し焦りだす。

「無理よ。巨乳姫様がどこにいるかなんか私知らない。っていうかキュルトヘンはどこよ。私どうしたらいいのよ?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ