第五幕 第九場
おっぱい王国の劇場の物置部屋では、仕立て屋のハンスルと靴屋のプフリームがティーア劇団団員の兎と戦っていた。その様子を見守るのは縄で縛られた名も無き裸の男一人だけだ。
兎が部屋の壁を蹴り反対側への壁へと飛んでいく。そして反対側の壁に到着するなり、壁を蹴り上げ天井へとジャンプをする。空中で体をひねって逆さになると天井に足をつけ、それを勢いよく蹴飛ばす。兎はハンスルへと飛んでいく。
「やば!」
ハンスルは咄嗟に腕を交差させ顔面を守る。だがしかし、兎の渾身の体当たりはハンスルの腹へと命中する。ハンスルは吹き飛ばされて壁に打ち付けられ、痛みに呻く。
「次はあなたの番ですよ」
兎がゆらりとプフリームに向き直る。
「ああなりたくなかったら、大人しく捕まってください」
プフリームの顔に焦りの色が浮かぶ。
「なんてヤツだ。こいつただの兎じゃない」
「そんなのあたりまえでしょう」
兎が誇らしげに言った。
「なにせ僕はティーア劇団団員ですから、このくらいのこと出来てあたりまえでなんですよ。強くなくては団員はつとまらない」
「気をつけろ!」縛られていた男が叫んだ。「そいつはバケモノだ!」
「やれやれ」
兎が肩をすくめる。
「かわいい兎をバケモノ呼ばわりですか。人間と言うのは酷い事を言うものですね。後でお仕置きしなければ」
そう言うと男をにらみつける。
男が怯えた悲鳴をあげる。
兎が目を離したその瞬間を、プフリームは見逃さなかった。プフリームは懐からいくつもの針を取り出すと、それを兎に向かって投げつけた。
その刹那、兎は飛び上がり再び天井へと足をつける。
「遅い!」
天井を蹴り飛ばした。
プフリームはこちらに飛んでくる兎から身を守るため、両腕をお腹の前で交差させる。だがしかし、兎のとび蹴りはプフリームの胸に命中する。プフリームも壁に叩き付けられ、ハンスルと同じように痛みに呻く。
「大人しく捕まれば痛い目にあわないというのに、人間というのは愚かだ」
兎が言った。
「これにこりたら、我々ティーア劇団の邪魔はしないでくさだい」
「ふざけんじゃねえ!」男が叫んだ。「王様達を殺そうとしてるくせに!」
「人聞きの悪い事を言わないでください」
兎がにやりと口元を歪めた。
「僕たちティーア劇団がそんな事するはずありませんよ。絶対にありえませんから」
くすくすと不気味に笑う。
誰かが突然部屋のドアを勢いよく開き、飛び込んできた。そして手に持っていたナイフを兎に向かって投げつける。
兎は咄嗟に伏せてナイフを避けた。
「いったい誰です。また賊ですか」
立ち上がると戸口を振り返る。そこにいたのは従者のキュルトヘンだった。
キュルトヘンは屈むと、靴の内側に隠し持っていたナイフを取り出す。
「やれやれ」
兎がうんざりといった様子で言った。
「お客さんが多くて困ってしまいますね」
「お前達ティーア劇団の目的はなんだ?」
キュルトヘンが目付きを鋭くさせる。
「何を言っているのかな坊や?」
兎が肩をすくめる。
「言っている意味がわからないな」
「お前達シュヴァンツ王国の工作員は、王様たちを暗殺するつもりなんだろ。それもシュヴァンツ王国第二王子を巻き添えにして。そこまでして戦争がしたいのかよ」
「やれやれ坊や。寝言は死んでからにしてください。そうすれば誰にも迷惑はかからない」
「しゃべるつもりはないと言う事だな」
キュルトヘンは右手に持つナイフを構えた。
「おっぱい王国の人間は血の気が多すぎる。すこしばかり血を流してやれば、大人しくなるのかな」
兎はキュルトヘンをにらみつけた。
キュルトヘンと兎はしばしの間にらみ合う。
先に動いたのはキュルトヘンだった。キュルトヘンは右手に持っていたナイフを兎に向かって突き出す。兎はナイフを叩き落とそうと腰を落として、キュルトヘンの手首を狙って拳を突き上げる。だがすんでのところで、ナイフは引き戻された。
「何!」予想外の出来事に兎は目を丸くする。
キュルトヘンは右手に持っていたナイフを引き戻した勢いで、体をひねるようにして右回転させる。そしてその勢いを利用して兎に右回し蹴りをくらわせた。
兎は壁に向かって吹っ飛ばされる。このまま壁に激突かというところで兎は体をひねりバランスを取った。そして壁に足をつけると同時にそれを蹴飛ばし、キュルトヘンめがけて飛び込んで来た。
キュルトヘンはこちらへ飛んでくる兎をつかもうと左手を伸ばす。それにたいして兎は右拳を突き出した。その結果、キュルトヘンの左腕は跳ね上げられた。
「もらった!」兎が左拳をキュルトヘンの顎めがけて突き上げる。
キュルトヘンは後ろにのけぞるようにしてそれを避けると、そのまま後ろにのけぞり続け、床に左手をつけブリッジ状態になる。そしてその状態から右足を兎の後頭部めがけて蹴りだす。
兎の後頭部にキュルトヘンの右つま先が命中し、壁へと叩き付けられた。
すかさずキュルトヘンは立ち上がり、兎に向かってナイフを投げて追い打ちをかける。
兎はナイフをよけるため天井に向かって飛び上がった。するといつのまにかにキュルトヘンがこちらに向かって飛んできており、両手を組んでそれを頭上高く掲げている。
「遅いよ!」
キュルトヘンは掲げていた組んだ両手を、兎の頭頂部めがけて振り下ろした。
兎は床へと叩き付けられ、キュルトヘンはその側に着地する。
「これ以上痛い目にあいたくなければ、お前達の目的を教えろ」
キュルトヘンは兎を見下ろす。
兎は気絶しているため答える事が出来なかった。
「しまった」キュルトヘンは困ったていで言った。「やりすぎちゃった」
ハンスルとプフリームの二人が感嘆の声をあげる。「す、すごい!」声をそろえて賞賛した。
キュルトヘンは裸で縛られている男に目を向ける。
「シュルツ大臣の命令を受けてやってきました。あなたがティーア劇団を探るために劇場に侵入した偵察の兵士ですね」
「おおそうだとも」
男がキュルトヘンを尊敬のまなざしで見つめる。
「どうやらあんたは俺を救出するためにやってきたんだな……って待てよ」
そこでハンスルとプフリームの二人に顔を向ける。
「ということはこいらは誰だ?」
キュルトヘンも二人に顔を向ける。
「あなた達は何者ですか?」冷たい口調で言った。
「お、俺はただの仕立て屋です。決して怪しい者じゃありません」
ハンスルが慌てて名乗る。
「そうです。賊なんかではありません。僕はただの靴屋です」
プフリームも名乗った。
「……まあいいでしょ。あなた達に関わっている暇はありません」
キュルトヘンはそう言うと男の縄をほどき始める。
「すまない助かるよ」男は言った。「同じ巨乳派の同士として礼を言うよ」
「巨乳派の同士?」
キュルトヘンが手を止めた。
「何を言っているのですか?」
「何ってあんたも巨乳派の工作員だろ? だからこそ巨乳派のリーダーであるシュルツ様の命令で俺を助けに来たんじゃないか」
キュルトヘンは怪しむような表情で男を見つめる。
「ま、まさかお前、貧乳派の工作員なのか!」
「僕は巨乳派でも貧乳派でもありませんよ。シュルツ大臣の命令を受けて、あたなを助けに来ただけです」
「そうかしまった!」
男がはっとした表情になる。
「シュルツ様は巨乳派の工作員ではない者を救出に向かわせたのか。そうとは知らず余計な事を口走ってしまった」
「それはどういう事ですか?」
キュルトヘンが男の縄をきつく絞めなおす。
「教えてください」
「あ、思い出した!」
ハンスルが大声をだした。
「巨乳派と貧乳派が未だに争いを続けているって話を昨晩聞かされたじゃないか」
そこでプフリームに顔を向ける。
「なあプフリーム」
「ああ、そうだった!」プフリームも大声をあげた。「酒場で集まって話をしてたんだよ。そうそう巨乳姫と一緒に」
「なんだって!」
キュルトヘンが驚きプフリームに向き直る。
「巨乳姫様と言ったな。それはどういう事だ! マンスロート姫様は今どこにいる!」
「落ち着けよ坊や」
プフリームがキュルトヘンをなだめる。
「巨乳姫ならお城に帰ったよ」
「そいつはよかった」
男がほっと一息つく。
「俺ってば拷問されて巨乳派の集う密会所が酒場だってしゃべっちまったからよ。その情報が貧乳派にもれて、酒場が襲撃されるのを恐れていたから安心できるよ」
「酒場が襲撃される?」
キュルトヘンの表情が強張った。
「ここにいる三人。知っている事をすべて僕に話してください。さもないと」
懐からナイフを取り出し構える。
「殺しますよ」




