第五幕 第一場
朝日が昇る頃、おっぱい王国のお城のとある部屋では、巨乳姫マンスロートに変装するために白いドレスに身を包み金髪のカツラを着けた鵞鳥番のリーゼルがベッドに腰掛け、嘘偽りのない自分の胸を押さえながら怯えた表情で床を見つめている。
側に立つ従者のキュルトヘンが声をかける。
「顔色が悪いようですけど大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないわよ」
リーゼルは声を震わせた。
「キュルトヘンも見たでしょ、あの悪魔を。あいつこの国を滅ぼそうとしているのよ。こんな一大事の時なのに、みんなは私にマンスロート姫様を演じろと言う。そんなの出来っこないわよ」
「そのことなら僕たちにお任せください。報告を受けた王様が城の人々が集め、緊急作戦会議を行っています。きっと何らかの対抗策を打ち出してくれますよ。ですからリーゼルさんは安心して、今日の演劇鑑賞のためにもマンスロート姫様をこのまま演じきってください」
「もっと気の利いたセリフが言えないのかしら」
そう言って部屋にやってきたのは黒いドレスを着た貧乳姫マレーンだった。
「男はもっと女に気を使うべきなのよ」
「マレーン姫様」キュルトヘンが振り返る。
「おはようキュルトヘン、よく眠れたかしら。私は眠れたわ。あんな悪魔ごとき恐れるに足りないからね」
そう言うとマレーンはリーゼルの隣に腰掛ける。
「安心してリーゼル。あの悪魔は私が始末する。だからあなたは自信を持ってお姉様を演じてちょうだい。大丈夫、なにせこの私が疑いもせず信用してしまうほどの出来よ。ローラント王子様にバレるはずがないわ」
「……マレーン姫様」
リーゼルが怯えた顔あげる。
「……あの……騙していてごめんなさい」
「今さら謝られてもどうにもならないわよ。それにあなたは正直に話してくれたわ。だから気にしなくていいわよ。だから今日はがんばってちょうだい」
「……わかりました。で、でも私、あの悪魔が恐ろしくて——」
「それなら私が始末すると言ったでしょ」
マレーンは呪文を唱える。
「ブリックレーブリット」
その瞬間、部屋の天井から色とりどりの花々がくるくると回りながらゆっくりと舞い落ちてくる。それはまるで花の雪というべき光景だった。
リーゼルがあんぐりと口を開けた。
「な、な、なにこれ!」
「あなたが正直に秘密を教えてくれたから、私も教えてあげる。私は魔女なの」
「ま、魔女!」
「そうよ。だから私は地下に閉じ込められていたの。だからね、この事が人に知られるとまずいんだ」
マレーンはそう言うと横になり、リーゼルの膝の上に自分の頭を乗せる。
「内緒にしておいてね」
「あ、あのマレーン姫様」リーゼルは戸惑う。「何をしてらっしゃるのですか?」
「今だけこうさせて。少しの間だけだからお願い」
「……わかりました」
しばしの間沈黙が訪れ、花の雪が静かに舞い落ち続ける。
「ねえ、リーゼル」
マレーンが沈黙を破った。
「どうしてあなたはお姉様の身代わりの役を引き受けたの?」
「……それはですね、王様にこの国を助けるためにがんばって欲しいとお願いされたからです。ですから私もこの国のために、がんばろうって思ったんです」
「あなたもこの国の事を思ってんだ。ご立派ね」
マレーンはさみしげな表情を浮かべる。
「私にはそんなものないわ。私にあるのは誰かに愛されたい欲望だけ。だからね、ローラント王子様が愛してくれると言ったとき嬉しかった。そしてお姉様に……あなたに嫉妬したわ」
「……マレーン姫様」
「だからね私、あなたが偽物でお姉様が結婚が嫌で逃げ出したと聞いた時、正直な話嬉しかったの。あんなにもお姉様の事が大好きだったのに笑っちゃうわよね」
マレーンは自嘲するかのような笑い声を漏らす。
「そしてね、お姉様が逃げ出したのではなく、連れ去られたと知った時、私は怖くなった。お姉様が私からローラント王子様を奪ってしまうってね。最低だよね私」
リーゼルはかける言葉が出来ず、押し黙ってしまう。
「マレーン姫様」
それまで黙って話を聞いていたキュルトヘンが口を開いた。
「自分の気持ちに気づき、正直になる事はよい事ですよ。たとえそれがどんなものだろうと、それがあなたの本当の気持ちですから。それを否定するという事は自分を否定する事と同じです」
マレーンがくすっと小さく笑う。
「いつからあんたは気づかいの出来る男になったのよ」
「たった今ですよ。前々から慰みの言葉が言えなくて、何も出来ずに黙っている自分が嫌だったので、勇気を出してカッコつけてみました。どうでしたか?」
「くやしいけどすこしだけカッコ良かったわよ。これなら好きな子もいちころね」
キュルトヘンは照れくさそうに顔を赤らめる。
「べ、べつに好きってわけじゃ——」
「自分の気持ちに気づき、正直になる事はよい事なんでしょキュルトヘン」
「……好きですよ。好きって言えばいいんでしょ」
キュルトヘンは照れ隠しで頭をかいた。
マレーンは微笑むとリーゼルを見上げる。
「ねえ、リーゼル。そういえば聞きたかったんだけど、どうしてあの歌をしっていたの?」
「あの歌?」
リーゼルが思案げな表情を見せた。
「……ああ、あの鳥かごの鳥の歌ですね。あれはマンンスロート姫様が窓際で歌っているのを聞いて覚えました」
「そうだったの。じつはあの歌ね、お母様が私たち姉妹に教えてくれた歌なのよ。これを歌っている方も聞いている方も、とても心が落ち着く素敵な歌よ。だからね聞かせてくれない?」
リーゼルは微笑んだ。
「わかりましたマレーン姫様」
リーゼルのやさしい歌声が部屋に満ちあふれ始める。




