第四幕 第十七場
月が高くのぼる頃、おっぱい王国のお城の屋上には、貧乳姫マレーンと巨乳姫マンスロートに扮した鵞鳥番のリーゼルが向き合っていた。それを見守るのは従者のキュルトヘン。
「おかしいわね」
マレーンが迷惑だと言いたげな表情をキュルトヘンに向けた。
「私が呼んだのはお姉様だけなんだけど、どうしてキュルトヘンがいるのかしら?」
「僕はマンスロート姫様の従者」キュルトヘンが答える。「姫様の身の安全を守るのは当然の事です」
「なによそれ。まるで私がお姉様に危害を加えるような口ぶり。酷い事を言うのね」
「マレーン」リーゼルが言った。「キュルトヘンを悪く言わないで。私がお願いしてついてきてもらったの」
「……わかりました」
マレーンは不承不承といった様子だった。
「お姉様がそうおっしゃるのならば文句は言いませんわ」
「それでマレーン。どうしてこんなところに私を呼び出したの?」
「お姉様、単刀直入に訊きます。ローラント王子様の事はお好きですか?」
「え?」
リーゼルは不意の質問に対して、顔を赤くして答える。
「え、ええ。も、もちろんよ。私はおっぱい王国の王女として——」
「違う!」マレーンが叫んだ。「王女とかそんなの関係なしに、一人の人間として個人的にどう思っているのか教えてよ!」
「え、そのマレーン。私はね——」
「お願い!」マレーンが再び叫んだ。「嘘つかないで本当の気持ちを教えてちょうだい!」
「私個人としてはマンスロート王子様の事は大好きよ」
リーゼルは笑みを浮かべる。
「だってあんなにかっこ良くてやさしいなんて、夢見る乙女の理想の王子様じゃない」
マレーンはさみしげに微笑む。
「……そうですよね」
「でも私には身分違いの恋なのよ。だからね気にしないでください。マレーン姫様」
「……姫様?」
マレーンがその呼び名に戸惑いを見せる。
「急にどうしたのお姉様」
リーゼルは首を横に振る。
「違うの。私はね——」
「何しゃべろうとしているんですか!」
キュルトヘンがあわてて大声をあげた。
「リー、じゃなくてマンスロート姫様。自分が何をなさろうとしているのか、わかっているのですか?」
「もちろんよキュルトヘン。もうこれ以上マレーン姫様を騙すのは心苦しいわ」
「騙す?」
マレーンは眉根にしわを寄せた。
「それはどういうことなのお姉様」
「マレーン姫様」
リーゼルはマレーンを見つめてにっこり笑う。
「あなたもローラント王子様がお好きなんでしょ。それもとびきりに」
「な、な、なにを!」
マレーンは赤面する。
「わ、わ、私は別に好きなんかじゃないわよ」
「嘘はいけませんよマレーン姫様」
リーゼルは楽しげな笑い声を漏らす。
「見ててバレバレでしたよ。そしてあなたが私に嫉妬していることもね」
「そ、そんなつもりじゃ……」マレーンが口ごもる。「私はその、あの、えっと……」
「それだけローラント王子様の事がお好きなんでしょ」
リーゼルが問いつめる。
「嘘つかないで本当の気持ちを教えてちょうだい」
「……はい」
マレーンは恥ずかしさのあまり下を向く。
「ローラント王子様の事が好きです」
「なら安心して。私はマレーン姫様からローラント王子様を奪ったりしませんから」
リーゼルはかぶっているカツラを掴んだ。
「というよりも、そんなことは出来ないと言った方が正しいんですけどね」
そう言うと金髪のカツラを脱いだ。
「な、……お姉……様?」
マレーンは目の前に突如現れた、栗色の髪の毛の少女を見つめて、唖然とする。
「……お姉様じゃない。あなた誰よ?」
「おやおや、これは妙なタイミングにやってきてしまった」
そう言って、まるで機を見計らったかのように屋上に現れたのは、貧乳派のリーダーであるやせた大臣ミハエルだった。
「ミ、ミハエル大臣!」
キュルトヘンが慌てふためく。
「こ、これはですね。あの、その」
「落ち着いてくださいキュルトヘン」
やせた大臣は平然としていた。
「今さらあたふたしても、バレてしまったものはしょうがない」
「バレる?」
マレーンはやせた大臣に鋭い視線を向ける。
「ちょっとこれはどういうことよ」
「マレーン姫様」リーゼルが言った。「騙してごめんなさい。私はマンスロート姫様じゃないの。このお城で鵞鳥番をしております、リーゼルと申します」
「は?」
マレーンはリーゼルの顔をまじまじと見つめる。
「意味がわからないわよ。どうしてお姉様のふりをしていたのよ。説明しなさい。さもなくば」
リーゼルに向かって腕を伸ばし、手のひらを向ける。
「罰するわよ。この私を騙した罪で」
「やめてくださいマレーン姫様」
キュルトヘンがすぐさまリーゼルの前に立ち両手を広げた。
「あんたもグルだったのねキュルトヘン」
マレーンが唇を噛む。
「許せない!」
「お待ちください貧乳姫様」やせた大臣が言った。「その者達に咎はありません。すべては王様と私たち大臣をはじめとする臣下の指示にてございます。すべてはこの国の未来のために、やったことなのです。貧乳姫様を騙すようで心苦しかったですが——」
「黙れ!」
マレーンはそう叫ぶと、手のひらをやせた大臣に向ける。
「そんな言い訳なんてどうでもいい。だからどうして私を騙していたのか説明しろ。今すぐにだ」
「わかりました。すべてお話ししましょう。じつはマンスロート姫が失踪されました」
「な、なんですって!」
「我々は今現在、全力を持って捜索にあたっていますが、未だ発見には至っておりません」
「ど、ど、どうしてお姉様が失踪したのよ?」
マレーンは酷く動揺している。
「それはマンスロート姫が結婚が嫌で逃げ出したからです。そのため急遽ここにいるリーゼルをマンスロート姫に仕立てあげたました。すべてはおっぱい王国とシュヴァンツ王国との間で結ばれた和平条約のためです。もし花嫁が逃げ出したとシュヴァンツ王国側に知れたら、どんな事になるのやら。下手すれば戦争、ってことも考えられますよね」
「……戦争?」
マレーンの足下がぐらつく。
「この国が戦争になるのか?」
「そうならないためにも、マンスロート姫が見つかるまでの時間稼ぎとして、リーゼルを変装させて対応しておりました。ですが今のところマンスロート姫が見つかる様子は一向にありません。さすがにこのままでは、まずい状況に追いやられてしまいます」
「そ、そんな。お姉様……」
「マレーン姫様。私が昼間に言った事を覚えておりますか?」
「……結婚の話?」
「ええ、そうです」
やせた大臣はにやりと笑う。
「もはやこの状況を打破できるのは、マレーン姫様がローラント王子様と結婚するしかありません。結婚が嫌で逃げ出したマンスロート姫と違って、あなた様はローラント王子様を好きでいらっしゃる。あなたが結婚する事ですべてが丸く収まるのですよ」
「ちょっと待ってください」
キュルトヘンが口を挟んだ。
「まだ、マンスロート姫様は逃げだしと決まっていません。それにもしかしたら誘拐されたの——」
「キュルトヘン黙りなさい!」
やせた大臣は声を強めてキュルトヘンの言葉を制した。
「あなたも知っているでしょう。マンスロート姫が前々から結婚が嫌で嘆いていた事を」
「そ、それは……そうですけど」
「さあ貧乳姫マレーン様」
やせた大臣はマレーンの前でひざまずいた。
「私に命じてください、この私をローラント王子と結婚させろ、と。命じていただければすぐに手を打ちましょう。この国のために。そしてあなた様の淡い恋心のためにも」
「私は……私は……」
マレーンは数回深呼吸する。
「私はローラント王子様に愛されたい、愛したい。だからあなたに命じます。この私マレーンをローラント王子様と——」
「ちょっと待った!」
その禍々しい叫び声は、月が輝く夜空から聞こえてきた。
一同がみな顔を上げる。するとそこには月明かりに照らされた黒い影があった。その黒い影には翼があり、それを羽ばたかせながらゆっくりと屋上に降りてくる。
「な、なによこれ!」
リーゼルが腰を抜かし、屋上の床に尻餅をつく。
「まさか」
やせた大臣が渋い顔になった。
「フェレナンドの報告にあった例のヤツか。どうしてこんな時に」
黒い影が屋上に降り立った。黒い巨体に大きな翼を生やしたそいつは、鋭い目をぎらつかせ、大きな口を開け牙を見せつける。それはまさに悪魔というべき存在だった。
「みなさんごきげんよう」悪魔が言った。「私は地獄より召還されし悪魔です」
キュルトヘンが悪魔を見据えて身構えるも、その表情は恐怖で引きつっていた。
マレーンが悪魔に歩を進める。
「悪魔がどうしてこんなところに?」平然とした態度で言ってのける。「邪魔をしないでくれないかしら。さっさと消えてちょうだい」
「これはこれは気の強いお姫様だ」悪魔がくすくすと笑う。「好きになれそうだよ」
「残念だがお前みたいな不細工に好かれても、私は全然うれしくはない。それがわかったらとっととどこかへ行け。目障りだ」
「手厳しいな。せっかくお前さんの姉について、いい事を教えてやろうと思ったのに」
「貴様、お姉様について何か知っているのか?」
「もちろんだとも。だってこの私が巨乳姫をお城からさらったのだからな」
マレーンの表情が怒りなのか悲しみなのか判然としないものになる。
「……そうだったのか」
悪魔は笑い声を漏らす。
「どうしたのだ貧乳姫。まるで巨乳姫がさらわれたのが別の意味でショックだったみたいだな。お姉様は結婚が嫌で逃げ出したのではなく、この悪魔にさらわれた。なら、お姉様の意思を確認せずに王子様と結婚していいのかしら、といったところかな。今のお前の心境は」
にやりと口元を歪め、するどい牙を見せる。
「黙れ黙れ黙れ!」
マレーンの顔が怒り歪む。
「うるさい黙れ! さっさとお姉様を返せ!」
「どうやら図星だったようだな」
悪魔は腹を抱えて笑う。
「安心せい。私の主人が死んでしまったのでな、用済みになったお前の姉は見逃してやった。その方がおもしろそうだったからな。近々城に帰ってくるだろうよ」
そこで言葉を切ると、やさしい声でささやく。
「王子様と結婚する気があるのならばな」
マレーンの顔つきが苦しげなものに変わった。
「悪魔め!」やせた大臣が叫んだ。「貴様はいったい何がしたいんだ! 何が目的だ!」
「私の目的か?」
悪魔がやせた大臣に顔を向けた。
「私の目的は楽しむ事。ただそれだけだだよ。だから巨乳姫を見逃したり、お前の企みを黙っているんだよ。ミハエル大臣」
「な、何を……」
やせた大臣は苦りきった表情になり押し黙る。
「あいにくだが貴様の道楽に付き合うつもりはない」
マレーンが言った。
「とっとと消えろ」
悪魔は肩をすくめた。
「つまらない人間の世界でせっかく見つけた、楽しい遊び相手だと思ったのに。頼むからもっと私を楽しませてくれ。どうしたら遊び相手になってくれるんだ?」
「くどいな。早く地獄に帰れ。こんな人間の世界に興味はないんだろ」
悪魔が不気味に笑い始めた。
「そうそう、こんな人間の世界には興味ないよ。だからこんな世界壊してしまおう。手始めにこのおっぱい王国を滅ぼそうじゃないか」
そう言うと羽を羽ばたかせる。
「明日の昼、この城に私はやってくる。このおっぱい王国を滅ぼすためにな。私を止めたければ最強の布陣を敷くのだな。楽しみにしているぞ」
言い終えると飛び立ち、夜空へと消えてしまった。
屋上に残された一同は、悪魔の消えた夜空を無言で見つめる。




