第四幕 第十四場
おっぱい王国の城下町にある酒場では、仕立て屋のハンスルに靴屋のプフリーム、それに巨乳姫マンスロートに魔女ホレ、そして青い瞳の騎士ゲオルクがテーブルを囲んでいた。すこし離れたところで壁に背をあずけ腕組みをしているのは、酒場の看板娘マルタだ。
「さてさてどこから話せばいいのかしら」ホレが言った。「そうだね。最初に名乗っておくよ、魔女ホレと言うのは私の偽名で、本当の名はカーテルリースヘン。この国の王フリーダーの妻、つまりはおっぱい王国のお妃さ」
一同に衝撃が走った。
「そ、そんな馬鹿な」
ゲオルクが目を丸くして言った。
「お妃様は十年以上も前に、病気でお亡くなりになったはずだ」
「それはあの人がついた嘘さ」
ホレはさみしげな笑みを浮かべる。
「私の正体が魔女だとバレてしまってね、それであの人は私を病気で死んだ事にして、私をおっぱい王国から追放した。その後私は魔女ホレを名乗り、ジメリ山で隠居していたってわけさ」
「そ、そんな……」
マンスロートが悲しげな表情になる。
「お父様ったら酷い」
「マンスロート」
ホレは小さく首を横に振る。
「あの人を恨まないであげて。あの人はとても厳格な人なのよ。だからこそ王族として、その体裁を保たなければならなかった。だけどね、本来なら魔女は火あぶりと決まっているけど、あの人は危険を冒してまで私を逃がしてくれたわ。私はそれで十分満足よ」
「わからぬ」ゲオルクが言った。「どうして王様は魔女であるあなたと結婚なさったのだ?」
「つまらない話さ」ホレが答える。「あんた達が知っているかどうかはわからないけど、この国では昔から巨乳派と貧乳派の争いがあって、それが長い事続いているんだよ」
ゲオルクとマルタの目が泳ぐ。
「その争いは時が経つに連れて小規模なものとなり、やがて消滅したと思われたが、実のところ王族をも巻き込んだ権力争いまで発展していたのさ」
ホレが話を続ける。
「その争いは人々の目には見えず水面下で繰り広げられたよ。そしてあの日、フリーダーが大人になり妻をめとらなければならない時がやってきた。フリーダーの嫁候補に選ばれたのは、それぞれの派閥の王侯貴族達の娘から選出された、それは見事な巨乳娘と貧乳娘だったよ」
「おいおいちょっと待ってよ。おかしいぞ」
ハンスルがホレのごく普通の大きさの胸に目を向けて言った。
「あんたが嫁候補にいねえぞ」
「それはそうだよ。私は王侯貴族でもなんでもない、それどころかおっぱい王国の人間ですらなかったからね。その当時の私は森に住む魔女の娘だったんだよ」
「それじゃあどうしてお母様は、お父様の妻に?」マンスロートが訊いた。
「あの人は悩んでいた」ホレが言った。「巨乳娘と貧乳娘、どちらを選んでも派閥間の争いが激化するのは目に見えていた。そんなことになれば国は内戦状態に陥り、その隙を狙って隣国であるシュヴァンツ王国に攻め込まれる危険があったんだよ」
「……そうでありましたか」ゲオルクが言った。
「あの人は悩み苦しみ、そして重荷に耐えきれなくなってお城から逃げ出したのさ」
「えっ?」マンスロートが言った。「あの真面目なお父様が逃げ出したの?」
「ああ、そうさ。あの人だってただの一人の人間。すべてを一人で背負い込めるほど強い人間じゃないよ。それでね、逃げ出して先の森で出会ったのがこの私さ」
「そこで二人は恋に落ちたんですね」プフリームが言った。「つまりは一目惚れ」
「ああ、そうだよ」
ホレの顔がわずかに赤くなる。
「まったく最近の若者は恥ずかしい事を簡単に言ってのける」
そこで照れくさそうにして頬をかく。
「私たちは出逢い、すぐにお互いを愛し合う仲になったよ。そしてあの人はこれ以上巨乳派と貧乳派の争いを激化させないためにも、ごく普通の胸の大きさをした私を妻に選んだんだよ。周囲の反対を押し切ってね」
マンスロートはうっとりとした表情を浮かべている。
「お父様とお母様との出逢いに、そんな素敵なドラマがあったなんて、私想像だにしませんでした」
「でもあの人に、私が魔女とバレてそれで幸せな関係はお終いさ。私は小さいあんたとマレーンを置いて出て行くしかなかった。ごめんね許しておくれ」
「お母様、気に病む事はありません。私はそんな事気にしていませんわ」
「ありがとうマンスロート」
「お母様」
マンスロートが目に涙を浮かべる。
「悲しいようですけど、伝えなくてはならない事があります。マレーンは流行病にかかって七年前に亡くなってしまったの」
「大丈夫だよマンスロート。あの子は生きているわよ」
「えっ? 嘘よ。だってマレーンは……」
「あの子も私と一緒だよ。マレーンは魔女の素質があって、魔法を使ってしまったんだろさ。それをフリーダーに知られてしまい、死んだ者とされてお城の地下に監禁されてしまったんだろうね」
そこでプフリームに顔を向ける。
「そうだろ?」
「ああ、俺見たよ」
プフリームはうなずく。「お城の地下で監禁されている少女を。自分でこのおっぱい王国の第二王女マレーンと名乗っていた。そして魔法を使ったよ」
そう言うとハンスルに同意を求める。
「なあ、そうだろハンスル」
「さ、さあ?」
ハンスルはとぼけてみせた。
「な、なんのことやら俺にはさっぱりだ」
「とぼけなくてもいい」
ゲオルクがテーブルを叩いた。
「今さらお前達賊を捕まえる気はない。だから正直に話せ。話せぬならば、今この場で切り捨てるぞ」
「は、はい!」
ハンスルが声を張り上げた。
「見ました。マレーン姫様を地下で見ました。しかもブリックレーブリットと言って、呪文を唱えるのも見ました」
「マレーンが生きていたのね。よかった、本当によかったわ。死んだと思っていたお母様とマレーンが生きているなんて、こんなにも嬉しい事はない」
マンスロートは感激している様子だった。
「そうか、だからハンスルさん、魔法の呪文を知っていたのね」
「しかし困ったね」ホレがため息をつく。「そうなるとマレーンは魔女として地下に監禁されている。助け出さないと」
「その心配はないわ」
それまで黙って聞いていたマルタが口を開いた。
「すでにマレーン様はその存在を認められ、お城で暮らしています」
「どうしてあなたがそんな事を知っているの?」マンスロートが訊いた。
「ここは酒場。あらゆる情報が集まる場所で、私はこの酒場の看板娘」
マルタがマンスロートに顔を向ける。
「それともう一つお伝いせねばならない事があります。失踪したマンスロート姫様の代わりに、お城で鵞鳥番として働いているリーゼルという少女がマンスロート姫様に変装しております。目的はもちろんシュヴァンツ王国王子ローラントを、姫様を見つけるまでの間ごまかすためです。もし姫様がいなくなったとシュヴァンツ王国が知ってしまえば、和平条約が解消され、それを期にシュヴァンツ王国が何をしでかすかわからないからです」
「そ、そんな!」マンスロートが立ち上がった。「だったら私は早くお城に戻らないと!」
「それは危険です」マルタが言った。「お止めくださいマンスロート姫様」
「え?」マンスロートは困惑する。「どうしてよ?」
「先ほどカーテルリースヘン様のおっしゃったように——」
「ホレと呼んでちょうだい」
ホレがマルタの言葉を遮った。
「この町ではその名ではなく、気軽にホレと呼んでおくれ」
マルタはうなずく。
「わかりましたホレ様。それでは話を戻します。私が聞いた話によりますと、ホレ様のおっしゃった通り未だに巨乳派と貧乳派の争いは続いております。そして今回の姫様の失踪には、貧乳派のヤツらが一枚噛んでいるそうです」
「え、ええ?」
マンスロートが信じられないといった表情を浮かべた。
「そんな馬鹿な」
「さらには今回のハンスルさんとプフリームさんの地下への侵入。それも貧乳派によって仕組まれたものだと思われます」
「なんだって!」プフリームが声を荒らげた。
「そんなまさか!」ハンスルも声を荒らげた。
「巨乳姫様の失踪直後に起こった賊による地下侵入」マルタが言った。「そのおかげでマレーン姫様は監禁を解かれたのです。あまりにも出来すぎているシナリオだと私は思います。ハンスルさん、プフリームさん。あなた方がどうして地下に忍び込もうとしたか、その理由は思い出せますか?」
「ええっとたしか……」
プフリームが首を傾げる。
「誰かから地下に宝があると……」
「ああ、そうだ!」ハンスルが叫んだ。「フェレナンドが地下に宝があると教えたんだ」
マルタは我が意を得た顔でうなずく。
「決まりですね。フェレナンドは貧乳派の工作員で、プフリームさんとハンスルさんをそそのかして地下へと侵入させた。そしてマレーン姫様を解放させたのです」
「ちょっと待っておくれ」ホレが言った。「どうして貧乳派のヤツらがそんなことを?」
「それはマレーン様が貧乳だからです」マルタが言った。「貧乳派のヤツらは巨乳姫と名高いマンスロート姫様ではなく、貧乳であるマレーン様を今回花婿としてやってくるシュヴァンツ王国の王子と結婚させるためだと、そのような話を聞いております」
そこでゲオルクに顔を向ける。
「ゲオルクさん。もしかしてあの日、お城の警備は誰かの命令で手薄になっていたのではありませんか?」
「たしかその日は……」ゲオルクは思案げに唸る。「ミハエル大臣の命令で城の警備兵全員でマンスロート姫様の捜索にあたっていた」
「なるほどね」マルタはしたり顔になった。「やはり情報通りやせた大臣ミハエルは貧乳派のリーダーであり、今回のマンスロート姫様の失踪とマレーン姫様の救出に関わっています。状況から推測するあたり、間違いありません。ですので巨乳姫であられるマンスロート姫様が今、お城に戻るのは危険なのです」
「だったら私はどうすればいいのよ?」マンスロートは頭を抱えうなだれる。
「そうですね。もう日が暮れる頃ですし、今日はお泊まりになってください。とりあえず酒場の二階に空いている部屋がありますので、そこでみなさんお休みになってください。今後の事はその後考えましょう。それでいいですね?」
一同はうなずいた。
「あれれ?」そう言って酒場に現れた女の子はグレーテルだった。「お客さんもう来たの」
マンスロートはフードをかぶり顔を隠す。
「ちょうど良かったわグレーテル」
マルタは入り口に立つグレーテルに顔を向ける。
「この人達を二階の開いている部屋に案内してあげて。大切なお客様よ。粗相のないようにね」
「わかりました」
グレーテルはうなずく。
「ではみなさん、私についてきてください」
グレーテルはそう言ってみなを二階へと誘導する。
マルタはゲオルクとすれ違い様にささやく。
「巨乳姫様をしっかりお守りするのよ」
「わかっている」ゲオルクは言った。「巨乳派の誇りにかけて守ってみせるさ」
皆が二階に行ってしまうと、一人だけ一階に残されたマルタはカウンターへと座る。
「これで巨乳姫様はこっちの思い通り。あとは貧乳派とシュヴァンツ王国の工作員であるティーア劇団の座長クレープスをどうにかするだけ。そうなれば我々巨乳派の勝利よ」
グレーテルが二階から戻ってきた。
「マルタさん。みなさんを案内しましたよ」
「そう、ご苦労様グレーテル」マルタはにやりと笑う。「さあさあ、もうすぐ日が落ちるわ。開店の準備をしましょう」




