第四幕 第十一場
おっぱい王国のお城の廊下を突き進むやせた男。それはこの国の大臣で貧乳派のリーダーであるミハエルだった。
やせた大臣はとあるドアの前で立ち止まると、それのノックした。
「貧乳姫様。お話があります。入ってもよろしいでしょうか」
くぐもった声が返ってきた。
「かまわぬ。好きにしろ」
やせた大臣がドアを開き部屋に一歩足を踏み入れると、そこには想像だにしなかった光景が広がっていた。まるで戦争でもあったかのように部屋は荒れ果てており、床や壁にはいくつもの傷がつけられ、たくさんの家具が破壊されている。そしてベッドの上には従者のキュルトヘンが、パンツ一枚の状態で両手両足をベッドの支柱に縛り付けられていた。
「な、なんだこれは?」
やせた大臣は思わず疑問を口にする。
窓の前に立ち外を眺めていた貧乳姫マレーンが振り返る。
「いったい何のようだ?」
やせた大臣は部屋を何度も見回す。
「貧乳姫様。いったいこれは何があったのですか?」
「これか」マレーンは部屋を見回す。「これはだなキュルトヘンと喧嘩をしてこうなってしまった」
そう言うとキュルトヘンに笑顔を向ける。
「ねえキュルトヘン。そうでしょ?」
ベッドにしばられているキュルトヘンは猿ぐつわをされているため答える事が出来ず、声にならない声で呻く。
「キュルトヘンと喧嘩?」
やせた大臣はキュルトヘンを一瞥する。
「なぜそのような事を?」
マレーンはため息をついた。
「だって王女たるこの私が、おっぱい王国の王族とシュヴァンツ王国の王子との初顔合わせの場にいないのはまずいでしょ。だからわざわざ足を運ぼうとしたのにキュルトヘンときたら、王様の命令でこの部屋から出せません、とか言うからついかっとなってしまったの」
「だから喧嘩をしたのですか。あのキュルトヘンと……」
やせた大臣は信じられないといった様子だった。
「そんなまさか。ありえない。だってキュルトヘンは……」
「いろいろ仕込まれているだけあって、なかなか強かったぞキュルトヘンは」
マレーンはベッドに腰掛けると、キュルトヘンの頬に手を当てた。
「さすがお姉様の護衛役を兼ねて従者をまかされるだけある。だけど私の敵ではなかったわ」
キュルトヘンは呻きながら拘束を解こうともがいている。
「放っておくと死ぬまで私と戦い続けようとするから、仕方なく服を脱がせて拘束した」
マレーンはキュルトヘンの頬にあてた手を顎へ滑らせると、そこからのどへ、そして胸へと移動させていく。その手は腹を通過しキュルトヘンが穿くパンツにたどり着く。
「何もないと思うが一応確認しておくか」
そう言ってパンツの中をのぞき見る。
「特に変わったものはないな」
キュルトヘンは顔を真っ赤にして呻く声を大きくさせた。
マレーンは楽しそうに笑った。
「別に恥ずかしがることじゃないでしょ。お前だって私の裸を見ているんだ。お互い様よね」
「あ、あの」やせた大臣が呆気にとられながらも言った。「貧乳姫様」
マレーンはやせた大臣に顔を向ける。
「そうだった忘れていた。いったい何用だ?」
やせた大臣は気を取り直すかのように咳払いをする。
「じつは巨乳姫の結婚についてなんですが、もしや貧乳姫様はこのご結婚に反対なのでは?」
「当たり前よ。お姉様の気持ちを無視した政略結婚。そんなの許せるはずがないでしょ」
「やはりそうでしたか。しかしこの婚姻の約束は両国間で正式に結ばれたもの。今さら反故にできるはずもありません」
「だったら両国とも滅ぼし……」
マレーンは口をつぐみ、舌打ちする。
「いや、何でもない」
やせた大臣の口元がにやりと歪む。
「貧乳姫様。さしでがましいようで恐縮なのですが、ひとつお聞かせ願えますか。姫様はローラント王子の事がお好きなのではないでしょうか?」
「な、な、何を言っている貴様は!」
マレーンは顔を真っ赤にして否定する。
「そんなわけないだろ! ど、ど、どうして私があんな男に惚れるわけが、な、な、ないだろ!」
「貧乳姫様。隠さずともよろしい。もし貧乳姫様がよろしければ、ローラント王子と結婚させてあげますよ」
「へ?」マレーンは惚けた声をあげた。「それはどういうことだ?」
やせた大臣はやさしい笑みを浮かべる。
「我がおっぱい王国とシュヴァンツ王国の間で取り結ばれた和平条約。その内容はシュヴァンツ王国第二王子とおっぱい王国の王女の結婚です。シュヴァンツ王国は第二王子と明文しているのにたいして、我がおっぱい王国は王女としか記述しておりません。つまりは第一王女マンスロート姫様でも第二王女マレーン姫様でも、この和平条約のための結婚は成り立つのですよ」
「そんなのむちゃくちゃだわ。出来るわけが——」
「出来る出来ないではありません。やるかやらないかなのですよ、貧乳姫様」
やせた大臣は声を大にし、マレーンの言葉を遮った。
「正直な話、マンスロート姫様はこの結婚には大反対でした。それもこの城から逃げ出したくなるくらいにね。好きでもない男と結婚するのは嫌だと毎日のように嘆いていました。でも、王様をはじめとする臣下達に無理矢理言いくるめられて、しかたなしに結婚する気になったのですよ。自分の気持ちを押し殺してね」
マレーンは無言でやせた大臣を見つめている。その表情には憂いの色が現れていた。
「……ですが貧乳姫様は違う」やせた大臣は話を続けた。「姫様はローラント王子がお好きであられる。ならば心情的にも貧乳姫様がローラント王子とご結婚なさい、この国をおさめるのが望ましい。そうすれば和平条約を破らず、マンスロート姫様を自由にさせてあげられるのですよ。王様には私から進言しましょう。シュヴァンツ王国側の根回しもお任せください」
「だ、だけどな……」
マレーンはうつむくと、恥ずかしそうにもじもじしだす。
「私が……その、結婚なんて……そんな資格……」
やせた大臣はくすっと笑う。
「貧乳姫様。あなた様はこのおっぱい王国の第二王女であられるお方。その資格は十分にあります」
そこで一呼吸間を置く。
「そうでしたね。いささか急な話で戸惑うのも無理はありません。ローラント王子との結婚式は一ヶ月後ですが、いろいろと面倒な手続きや根回しもありますので、三日、いやできれば明日までにご返事ください」
「そ、そんな私はまだ……」
「貧乳姫様。自分の気持ちに嘘偽らずに真剣にお考えください」
やせた大臣は頭を下げると部屋から出て行った。
ベッドに腰掛けるマレーンがうつむき物思いに沈んでいると、キュルトヘンがうめき声をあげ、それを邪魔する。
「うるさいわね」
マレーンはキュルトヘンの猿ぐつわを解いた。
「静かにしてくれる」
キュルトヘンは息苦しそうに喘ぐと言った。
「だったらこれを解いてくださいよ」
手足をばたつかせる。
「今さらもう邪魔はしません。すでに手遅れですから」
「わかったわよ」マレーンはそう言うと唱える。「ブリックレーブリット」
キュルトヘンの手足を縛っていた縄が消えた。その瞬間キュルトヘンはマレーンをベッドに押し倒して馬乗りになると、その口を手で塞いだ。
マレーンは抵抗しようともせず、ただまっすぐにキュルトヘンを見つめる。
「どうしてあなたはそう勝手な事ばかりするのですか!」
キュルトヘンが怒鳴った。
「自分の立場を考えてください! あなたの行動一つで国がめちゃくちゃにだってなるのですよ!」
マレーンは微笑むとキュルトヘンの手をゆっくりとどけた。
「似たような事をローラント王子様にも言われたわ。私が浅はかだった。ごめんなさいキュルトヘン、あやまるわ」
キュルトヘンはマレーンのしおらしさに、すこし戸惑った様子だった。
「ねえキュルトヘン、さっきの話聞いていたでしょ。どう思う?」
「どう思うって……それは」キュルトヘンは口を濁した。
「あなたにダメだしされるような、こんな私がローラント王子様と結婚していいのかしら……」
キュルトヘンは答える事が出来ず、黙ってマレーンから降りるとベッドに腰掛ける。
天井を見つめるマレーンの目に涙が浮かぶ。
「ねえキュルトヘン。どうしてあなたはこの国に仕えているの?」
「僕はただこの国が好きで、だからこの国のみんなを守りたいと思って仕えているのです」
「立派な志ね。私にはそんなものはないわ。私にあるのは愛されたいという欲望だけ。ローラント王子様は私を愛してくれると言ってくれた。だけどこんな私には、彼を愛する資格なんてないのよ」
そこでマレーンは嗚咽を漏らす。
「でも、私は……愛されたい。愛したい」
「姫様……」
キュルトヘンは言葉を紡げずに口ごもってしまった。




