第一幕 第三場
日が落ち始め空が赤く染まる頃、おっぱい王国のお城に付設された厩舎では、巨乳姫の従者であるキュルトヘンと馬丁の若い男が言葉を交わしていた。
「ほんと、あのベンヤミンさんとゲオルクさんの二人はデリカシーがないんですよ」キュルトヘンが言った。「そう思いません、フェレナンドさん」
フェレナンドと呼ばれた馬丁の男は、肩を振るわせてくすくすと笑った。その度に長い髪を結ったポニーテールが揺れる。
「仕方がないよキュルトヘン。あの二人の頭の中は剣を極める事だけしかないから、女性の気持ちなんてこれっぽっちもわからないのさ」
「まったくあの馬鹿騎士二人には、どうして姫様が泣いているのかすらわかっていない」
フェレナンドの顔つきがにわかにきびしくなる。
「キュルトヘン。やっぱり姫様はこの結婚が嫌なんだね」
「うん。そうだよ。だから泣いているんだよ姫様は」
「やれやれ、人間ってのは面白いヤツだ」
それまでただ黙って二人の会話を馬房で聞いていた、白馬がしゃべった。
「そんなに結婚が嫌ならば逃げ出してしまえばいいのに」
「まあまあファラダ」
フェレナンドが白馬の名前を呼び、その頭をなでた。
「そんなこと言わないで。人間には立場ってもんがあるのさ」
ファラダと呼ばれた白馬はあくびをした。
「まったく難儀な生き物だぜ、人間は」
「ファラダは王族の立場である姫様のことは理解しているんだろ」キュルトヘンがファラダに顔を向ける。「なんてったって王族専用の白馬なんだからさ」
ファラダは首を横に振った。
「さあね。俺は馬鹿だからよ、人間達の小難しい話はわかんねえ。俺はただ人をのせて運ぶ、ただそれだけさ」
キュルトヘンが肩を落とした。
「もういい。聞いた僕が馬鹿だったよ」
「そう落ち込まないでキュルトヘン」フェレナンドがキュルトヘンの頭に手を置いた。「動物達に僕らの事を理解しろって言うのが、土台無理な話なんだよ」
「私はかごの中の小鳥」唐突に厩舎の外から歌声が聞こえてきた。「そんな私のかごの扉を開けるのはいったい誰?」
キュルトヘンが驚いた表情を浮かべた。
「これは姫様の歌声だ。どうして?」
急いで厩舎の外へ出ると、そこには一人の町娘の格好をした少女が、木の棒を振り回しながら鵞鳥を連れて歩いていた。
「夢にまで見た瞬間」
夕日の逆光のため少女の顔は暗くてよく見えない。
「私はいまやかごの外」
だがしかし、その歌声は巨乳姫であるマンスロートのそれと同じだった。
「ピイチクピイチク」
そこで少女は足を止め、キュルトヘンに顔を向ける。
「私はなんて幸せな小鳥なんでしょう」
「マンスロート姫様」キュルトヘンが言った。「どうしてそのような町娘の格好で、こんなところにいらっしゃるのですか?」
「キュルトヘン。私だよ私」
少女はキュルトヘンに歩み寄ると、屈んで目線の高さを合わせた。
「鵞鳥番のリーゼルだよ」にっこりと笑う。
「……リーゼルさん?」キュルトヘンは少女の笑顔をのぞき見ると、胸に視線を落とす。そこにあったのはごく普通の大きさの胸だった。
「本当だ。鵞鳥番のリーゼルさんだ」
鵞鳥番の少女リーゼルはキュルトヘンの頭を軽く小突いた。
「こらこらキュルトヘン。どこで判断しているのよ」
「す、すみません」
キュルトヘンはリーゼルをまじまじと見つめる。肩まで伸びた栗毛の髪に、やさしい笑みが浮かぶ顔。夕日で浮かび上がるシュルエットは姫様の体型によく似ており、見間違えてしまいそうだ。
「……あまりにもマンスロート姫様に似ていたもので」
「もうびっくりしたよ」リーゼルが嬉しそうに言った。「急に姫様なんて呼ばれるから」
キュルトヘンは照れくさそうに頭をかいた。
「だってそれはリーゼルさんの歌声があまりにも、姫様そっくりだったからですよ。今気づきましたけど、リーゼルさんの声って姫様そっくりなんですね」そう言うとリーゼルの胸に視線を移す。「胸は全然違うけど」
リーゼルは再びキュルトヘンの頭を小突いた。
「もうキュルトヘンったら、その年で女性を胸で判断するようになったら最低よ。あの馬鹿騎士二人と一緒だわ」
「ええ、そんな! あの二人と一緒にしないでくださいよ」そこではっとした表情になる。「そんなことよりも、どうして姫様の歌を知っているのですか?」
「ああ、この歌のことね」
リーゼルはお城の上階にある、とある窓を指差した。
「あの窓から姫様がよく歌っていらっしゃったの。私ね、鵞鳥番の仕事のためにここから森へ行くじゃない。その時にたまに聞いたりするのよね。それで何度も聞いていくうちに覚えたの」
「なんだ、そんなことだったんですね。おかげで僕は、姫様が変装してお城から逃げ出したかと思ったじゃないですか」
「お城から姫様が逃げ出す?」
リーゼルは人差し指を頬にあてて首を傾げた。
「どうして?」
「知らないんですかリーゼルさん。姫様が結婚する話」
「結婚!」リーゼルは木の棒を落とし、両手を頬に添えた。「姫様ってご結婚されるの!」
キュルトヘンはうなずいた。
「はい。シュヴァンツ王国の第二王子と」
リーゼルはきゃきゃと笑う。
「素敵! おめでとう。うらやましいな」
キュルトヘンは顔を曇らせた。
「姫様にとってはそうでもありませんよ」
「えっ、どうして?」
「……いえ、なんでもありません」キュルトヘンがうつむく。「ごめんなさい。今の言葉忘れてください」そう言ってこの場から走り去ってしまう。
リーゼルは困惑のていで言った。
「へんなキュルトヘン。どうしたのかしら?」




