第三幕 第十五場
おっぱい王国の城下町にある酒場に、ティーア劇団の座長クレープスがやってきた。
クレープスはカウンターに座ると言った。「ビールを頼むよ」
「あいよ」バニーガールの女が愛想良く返事をしたが、その顔は無表情だ。それは酒場の看板娘マルタだった。マルタはカウンター奥へと消えていく。
「あらクレープスさん」
そう言ってカウンターから顔を覗かせたのは、エプロン姿の女の子グレーテルだった。
「今夜も来てくれたんですか」
「本当は演劇の最終調整で、忙しくて来る暇なんてないんだけどね」
クレープスはにっこり笑うとウインクする。
「でもどうしても、気がかりな事があって抜け出して来たのさ」
「それはいったいなに?」
「兎ちゃんさ」
「兎ちゃん?」
グレーテルはしばし考えた後、言った。
「ああ、マルタさんのことですね」
「そうそう」クレープスはうなずく。「彼女にあいたくてわざわざ足を運んだんだよ」
「私がどうしたって?」
マルタがビールを持って現れた。
「はいよ、おまたせ」そう言ってクレープスの前にビールを置いた。
クレープスはマルタを見つめる。
「君にあいたかったよ兎ちゃん」
マルタは無言で見つめ返した。
グレーテルが何かを察して、楽しそうに言う。
「あ、私仕事にもどりますね。二人の邪魔になるといけないから」
カウンター奥へと行ってしまう。
マルタは横目でグレーテルの姿が見えなくなるのを確認すると、クレープスに言う。
「私になんのようだい?」
「昨夜の事をあやまりたくてね」
しばしの間の後、マルタは言った。
「なんのことだい?」
「わかってるくせに」
クレープスは口元に笑みを漂わせる。
「だから心配になって君にあいにきたんだよ。忙しい合間を縫ってね」
「……さあ、私には何の事だがさっぱり見当がつかないね」
マルタはとぼけてみせた。
「いったいなんのことさ?」
「おいおい怒ってるのか?」
「怒る?」マルタは首を傾げる。「どうしてさ?」
「昨夜一緒に遊ぼうと誘っておきながら、劇の稽古に夢中でその約束を忘れた私を怒っているんだろ。君が怒るのも無理ない。女性との約束をすっぽかすのは、紳士として最低だからね。だからこうして君にあやまりに来たんだよ」
「……別に気にすることないよ。それに私は大金に目がくらんでほいほいと知らない男と遊ぶような、軽い女じゃないからね。あんたと遊ぶつもりはなかったよ」
「これは失礼。あなたのことを勘違いしていた。許しておくれ」
クレープスはそう言うと、目の前に置かれていたビールをマルタへ押しやる。
「これはお詫びだよ。飲んでくれたまえ」
「なっ!」マルタの表情が強張った。
「どうしたんだい兎ちゃん。私のおごりだ。遠慮せず飲んでくれ。それとも毒でも入っているのかな?」
クレープスがにやりと笑う。
「そんなまさかね」
マルタがビールを押しのける。
「わ、私は仕事中だよ。飲めるわけないじゃない」
「そうでしたね。これまた失礼。いやはや、私としたことが、そんな簡単なことにも気づけなかった。いや〜うっかりしていました」
わざとらしくそう言うと、声を潜める。
「お詫びと言っては何ですが、おもしろい話を聞かせてあげますよ」
マルタがクレープスに顔を近づける。
「おもしろい話ってなにさ?」
「このおっぱい王国に渦巻く陰謀の事ですよ」
「……おもしろそうじゃない。聞かせてよ」
「あなたもおっぱい王国の人間なら知っていると思いますが、この国はかつて巨乳派と貧乳派が争う内戦状態であったのはご存知ですよね」
「もちろんよクレープス。二つの派閥は隣国シュヴァンツ王国という脅威のもと、互いに手を取り合い結束したのよ」
「確かに結束はしましたが、水面下ではその派閥間の争いが今でも続いているとの噂ですよ」
マルタが苦笑する。
「馬鹿馬鹿しい。巨乳派と貧乳派の争いなんて昔話だよ。今のご時世、そんな争いをしているなんて聞いた事もないよ」
「それは昔に比べれば小規模なものになりましたが、その争いは王室へと舞台を移したとのことですよ。なんでもこの国のお妃にふさわしいのは巨乳か貧乳かで争っているとか」
「なんだいそれは。そんな突拍子のない話を信じろというの?」
「信じる信じないはあなたにお任せします。なにぶんうわさ話なので」
クレープスはそこで言葉を切ると、まわりを見回し警戒する仕草を見せた。そして片手を口に当ててマルタの耳元でささやく。
「噂ではこの国の太った大臣シュルツが巨乳派のリーダーで、やせた大臣のミハエルが貧乳派のリーダーだそうです。そしてね、この国の王女様が巨乳である事が貧乳派のミハエルにとっては堪え難く、近々なにかしでかすとの噂ですよ」
言い終えるとマルタから顔を離す。
マルタはクレープスを警戒のまなざしで見つめる。
「あんた何者だ?」
クレープスは懐を探り始めた。
「私はティーア劇団座長クレープスですよ」
懐から札束を取り出すと、それをマルタの大きな乳の谷間に押し込んだ。
「それではさようなら兎ちゃん」
マルタは立ち去るクレープスを見てつぶやく。
「まさかあいつ、私が巨乳派の工作員だと知っているの?」
胸の谷間から札束を取り出すと金額を数える。
「百万グンデルぴったし。きざな男ね」




