第三幕 第五場
おっぱい王国のお城のとある一室では、乳白色のお湯で満たされたバスタブに、裸で浸かる貧乳姫マレーンの姿があった。マレーンはバスタブに浮く色とりどりの花を両手で救い上げてはニオイを嗅ぎ、香りを楽しんでいる。
小間使いの女達が桶に入ったお湯をバスタブに注ぎ足していく。
「もうそのへんでいいわよ」マレーンが言った。「ご苦労だったわね。あなた達は下がっていいわよ」
小間使いの女達は頭を下げると、部屋から出て行った。部屋に残されたのはバスタブに浸かるマレーンと、それを側で見守る男の子の従者キュルトヘンだけとなった。
「たしかキュルトヘンだったわね」
マレーンが後ろを向く。
「一緒にお風呂に入らない?」
キュルトヘンは真顔で答える。
「僕は従者で今は仕事中ですから、それはできません」
「つまんないの」
マレーンは口を尖らせた。
「もっと子供らしくかわいい反応しなさいよ」
キュルトヘンはしゅんとする。
「すみません」
「そんな馬鹿正直にあやまらないの。私がいじめているみたいじゃない」
マレーンはそう言うとキュルトヘンをまじまじと見つめる。
「それに裸になれない理由があるんでしょ」
しばしの間があった。「さあ、なんのことを言っているのですか?」
「とぼけちゃって。私にはバレバレよ」
マレーンはしたり顔で言った。
「キュルトヘンあなた、お姉様の従者になるにあたって、いろいろと仕込まれたのでしょ?」
「……はいそうです。それも仕事ですから」
マレーンは前を向くと両手で花をすくいあげた。
「キュルトヘン。その年でもうそんなんだったら、これからの先の人生つまんなくなるわよ」
すくいあげた花を両手をこすり合わせるようにして握りつぶす。
「自分の人生なんだから、自分の大切な人のために生きなさい」
両手をバスタブの中へと沈めると、バラバラになった花びらが浮いてくる。
「僕にとってマンスロート姫様は大切な人です。姫様にお仕えできるだけで幸せです」
「お姉様ったらもてもてね」
マレーンは体を翻しうつぶせ状態になると、バスタブの縁に両腕を組むようにして載せ、そこに顎を置いた。
「キュルトヘンあなた好きな人いないの?」
キュルトヘンの真面目ぶった表情がわずかにほころび、頬を赤くさせる。
「かわいい反応しちゃって」マレーンはうれしそうに笑う。「好きな人いるんじゃない」
キュルトヘンがマレーンから視線をそらした。
「マレーン姫様には関係のない話です」
「ごめんごめん。そんなに怒らないでよキュルトヘン。私ばっかり質問しちゃって悪かったわね。あなたからも私に質問していいわよ。特別に答えてあげる」
キュルトヘンがマレーンに視線を戻した。「えっ?」
「どうしたの質問しないの?」
マレーンは軽くバタ足をし始める。
「こんなチャンスめったにないわよ。遠慮しなくていいのよ」
「……それじゃあ訊きます」
キュルトヘンは少しばかりためらいがちに言った。
「おっぱい王国の王女様がどうして死んだ事にされ、お城の地下に監禁されていたんですか?」
マレーンのバタ足が止まった。
「いきなりその質問とはね」
身を翻し仰向けるなると、キュルトヘンに背中を向ける。
「マレーン姫様。もしお答えづらいのであれば、無理に答えなくても僕はかまいませんよ」
マレーンはバスタブに浮く一枚の花びらをつまみ上げた。そしてそれをキュルトヘンによく見えるよう、つまんだ手をバスタブの外に出す。
「これをよく見てなさい」
そう言うと花びらを手のひらの上に落とし、ぎゅっと握りしめた。
「ブリックレーブリット」
そして手のひらを開くと、そこには一輪の花が存在していた。
キュルトヘンは驚き入った表情で、マレーンの手のひらの上で咲く花を見つめた。
マレーンは後ろを振り向く。「私は魔法が使えるのよ」
「そ、それって、つまり……」キュルトヘンはそれ以上先は口にしなかった。
マレーンはさみしげな笑みを口元に漂わす。
「私は魔女なのよ。だからお父様は私を地下に閉じ込めた。忌み嫌われる魔女が王族の人間から生まれたと世間に知れたら、国民の信頼は失われ、下手をすれば国が荒れ滅びる危険があったからよ」
「で、でも、だからといって実の娘を地下に監禁するなんて……」
「実の娘だからこそ監禁ですんだんだろうさ。他の人間だったら今ごろ処刑されているわ」
マレーンを見るキュルトヘンの視線が哀れみへと変わる。
マレーンは再び身を翻すと、キュルトヘンと向き合うようにして居住まいを正す。
「そんな顔をしないでキュルトヘン」
やさしく微笑むと、手に持っていた一輪の花をキュルトヘンに差し出す。
「私は今こうして自由だ。さあこの花を受け取ってちょうだい」
キュルトヘンは歩み寄り、差し出された花を手に取ろうとする。
「ブリックレーブリット」
マレーンがそう唱えた瞬間、一輪の花からいくつものツタが伸び、キュルトヘンをがんじがらめにする。
「な、何をするんですか!」
キュルトヘンは拘束を逃れようともがいている。
「楽しかった戯れもここまでよキュルトヘン」
マレーンが冷たい口調で言った。
「お父様達はお姉様の事で私に何か隠し事をしているな。それはいったい何だ。答えなければ……殺す」
「そ、それは」
キュルトヘンの顔に緊張の汗が浮かぶ。
「マンスロート姫様がにせ……」
「お姉様がいったいどうしたのだ」マレーンが続きを促す。「死にたくなければ早く答えろ」
「マンスロート姫様がにせも……」
追い込まれたキュルトヘンは別の答えを差し出す。
「マンスロート姫様がご結婚されるんです。シュヴァンツ王国の王子と」
それ聞いたマレーンは思わずバスタブから立ち上がった。
「お姉様が結婚ですって!」




