第1話 平和 side B
蒼汰「行ってきまーす。」
母「いってらっしゃーい。」
兄「気を付けていくんだぞ。」
マンションの階段を駆け下りる。
蒼汰「今、2階か…よし!」
返見蒼汰は階段の塀から身を乗り出すと、
蒼汰「そりゃ!」
飛んだ。
『ダンッ』
両ひざを曲げ衝撃を吸収させる。
蒼汰「急いでるときはこれが一番早いんだよね。」
犬を散歩させている老人に挨拶をする。
蒼汰「おはようございます!」
老人と犬は口をあんぐりと開け固まっていた。
そのまま、学校に向かい走る。
急げ、高2にもなって遅刻は恥ずかしいぞ。
その足の速さはまるで陸上選手のようだった。
*
蒼汰「おはようございます!」
校門をダッシュで通り抜け下駄箱に向かう。
息は切らしていない。
下駄箱を開けると中から沢山の手紙がなだれ落ちる。
これはラブレター!!
蒼汰「…」
…ではなく、全て部活の勧誘だ。
昔から運動神経が異様に良かった。
怪我や病気になった記憶もない。
時折自分の身体に血が流れているのか怖くなる時がある。
自身の嫌な考えを拭うかのように、手紙をゴミ箱に投げ捨てた。
家族のために、やらないといけないことがある。
部活をやっている暇は今の俺には無い。
*
俺の家族は、母、返見優愛と兄、返見終生しかいない。
兄とは年が20歳近く離れている。正直、母さんはそんな年を重ねているようには見えない…。
小さいころの記憶はないが、父は生まれてすぐ遠い国の仕事に行ったきり帰って来なくなったらしい。
兄は「飛行機の事故が原因で、父は多分もう帰って来ない」と言っていた。
だが、母は父がある日急に帰ってくることを信じているらしい。
そんな母を少しだけ不憫に思う。
でも、俺はそんな2人に育てられた。2人とも大切な家族だ。
だから、働いてくれる家族のために俺はできることを精一杯やらないといけない。
俺に、部活をやっている暇なんてないんだ。
*
階段を1段飛ばしで上り、教室に向かう。
教室にはすでに友人が登校していた。
「おはよう蒼汰。相変わらずとんでもないな。」
「普通の人間はやらねえって、毎朝走って登校とか。」
蒼汰「そう?結構おすすめだよ?電車賃かからないし。」
「いやいや、バケモンかよ」
楽しそうに笑う友人を見て思わず笑みがこぼれる。
俺の生活はまさに平和だった。
*
夕方、チャイムと同時にダッシュで家に帰る。
家に着くとまず、お米を洗い、炊飯器をセットする。
お米を炊いている間に洗濯物を取り込み畳む。
それが終われば部屋の掃除機がけ、トイレ掃除、料理は…あまり得意じゃないから、できないけれどそれ以外の家事はできるだけこなすようにしている。
時間が19時近くなると風呂の掃除をし、兄と母の帰るころには最適な湯加減になるよう湯を張る。
苦ではなかった。これは俺がやらないと駄目なことだ。
時折何かに押し潰されそうになる。その原因がなんなのかわからなかった。
*
母「いただきまーす。」
蒼汰「いただきます。」
兄「いただきます。」
家族で食卓を囲む。この時間が蒼汰はたまらなく好きだった。
母「今日は学校どうだった?何か楽しいことあった?」
凄く過保護な母を鬱陶しく思うことは正直たまにある。
でも大切にしてくれていることを実感し、嬉しくも思う。
蒼汰「いつも通りだよ。いつも通り楽しい学校だった。」
母「それは良かった。」
兄「今のうちに沢山楽しんでおけよ。高校生は1度きりなんだからな。」
兄は、あまりお兄ちゃんという感じがしない。親戚のおじさんのような、ちょっとだけ距離を感じることがある。でも、年が20近く離れていて、喧嘩などをしてこなかったせいだろう。それに兄のことは尊敬している。父がいない自分にとって最も身近な男の大人。父替わり、という奴なのだろう。
蒼汰「ハハハ、大丈夫楽しんでるよ。」
兄「そうか、それなら良かった。でも、大学受験も控えてるんだ、志望校も決めておけよ。」
母「そうね。そろそろ志望校は決まってなくても、行きたい学部くらいは決まった?」
蒼汰「あれ?言ってなかったけ?俺、大学にはいかないよ。」
2人の箸を持つ手が止まる。
蒼汰「高校卒業して、すぐ働くつもり。」
兄は『カチャ』と音を立て、箸を置く。
兄「…蒼汰、俺は蒼汰の選択を止めるつもりは無いし、そんな資格はない。でも、もしその理由に家族があるんなら、少しだけ考え直してほしい。」
母「そうよ。お金なら心配しなくていいから。」
何かに押し潰されそうだった。
蒼汰「…そうじゃないよ。本当にそうじゃないんだ。ただ、行こうと思えなくてさ。」
違った。
兄「…ならいいんだ。」
本当は、これ以上家族に負担を掛けたくないからだ。
こっからが本番です。
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