第54話 アーチボルト・ロウ号にて
ソニック以外のこれまで出会った人物達が、1人の難民に夢を叶えるチャンスを与えます
ブルガリアへ向かうソニック達Watts Towersと別れたパイレーツの乗るアーチボルト・ロウ号は、食料の買い出しに一旦マルタのバレッタ港に寄港する。ワリドはその間、怯えていた。
「・・・本当にアメリカに入国出来るのだろうか?」
難民としてギリシャに入国したワリドは不安でたまらなかった。あの頃は家族と一緒だったが今はもう1人。そんな時、パイレーツの元にとある一団がやってくる。司法書士の「ナッシュ」ことナッシュ・アームストロング、税理士の「エバ」ことエステバン・ゼーマン、会計士のマイケル・ロメオ。かつて菜月が日本からアメリカへ移住するときに世話になり、現在もソニック達が厄介になっている経理チームのメンバー達、そこに国際弁護士のウィルも加わり、ワリドの世話を鉄治から頼まれていた。更に、仕事でたまたまイタリアにいた菜月の親友、由香里も合流し、ワリドを励ます。ワリドはアラブ語とカタコトのギリシャ語しか喋れない。そんなワリドのために由香里が英語辞典をプレゼントし、共にアーチボルト・ロウ号の船内で英語の勉強をした。由香里がワリドに初めて教えた単語。それは
「No problem」
由香里がワリドに語る。
「大丈夫って思ってれば何でも上手くいくから。ワリドはあたしの親友にそっくりだね。その娘もワリドみたいに最初は不安だったのよ。その娘も両親を亡くしてひとりぼっちでアメリカに連れてこられてね、怖かったと思うの。でもね、あたし達が全力で支えてきたらどんどん元気になってね。今何やってると思う?」
ワリドは難民キャンプでテレビ等の情報網がない。
「知らないよ。俺の居たところはテレビも新聞もないから・・・」
由香里はワリドに明るく話す。
「その娘ハリウッド女優になったの!凄いでしょ?」
ワリドにもハリウッド女優という単語はわかったが
「でも俺は友達も何もいないし・・・」
ワリドには菜月のようにアメリカにつてがあるわけじゃない。本当に単身でいくのだから、また差別や迫害を受けるかもと心配していた。そんなワリドに由香里が
「ここにいるじゃない。ほら、あそこで船操縦してるおじさんもワリドのお友達よ?」
離れて聞いていたパイレーツが
「おいおい、ゆーちゃん。おじさんはねーだろ?まだ兄ちゃんだろ?」
と笑いながら話す。同乗しているウィルが
「何いってんすか?俺の親父が爺さんになってんだから、あんたもソニックもおじさんですよ。」
とパイレーツを茶化すと、船内がドッと笑いに包まれた。
マルタには渡航時の食料を買い込んで、燃料補給を済ませたら直ぐ出て行くことになった。ギリシャの時のように長居は無用である。ソニック達Watts Towersは、マルタでもライブを行う打診をしていたが、UKとの繋がりがあり断念していた。ただ寄港だけは許されており、タックス・ヘブン(租税回避地)の影響で緩いようで危ない国でもある。マルタ側からは
「必要な積み荷を積んだらさっさと出て行くように。」
と伝えられた。寄港中にこのアーチボルト・ロウ号にこっそり乗り込み、密航者を防ぐためである。だからこそワリドは怯えていた。
食料を買い込んだパイレーツ達は、一路アメリカ、フロリダ州へ向かう。マイアミにはソニックの義弟スコッチが待っている。それまでの間、ワリドには由香里やウィル、ナッシュ、エバ、ロメオがワリドの側についていた。ジブラルダル海峡を越えた辺りから、ワリドの緊張がドッと抜け、由香里達に心を開き始めた。由香里はワリドに
「これからお世話になるお姉ちゃんはね、さっき話したアメリカの女優さんなの。ワリドと同じように両親を小さい頃亡くしててね、それでも頑張って女優さんになったのよ。今はユニセフでも働いてるの。ほんとに優しいお姉ちゃんで、今ではLAで「Mother」って呼ばれてるのよ。・・・お姉ちゃんが引き取った子供達は皆世界中で両親を亡くした孤児でね。あたしも手伝ってるし、ワリドくらいの子達が大勢いるから、その子達とお友達になろーね。」
ワリドは祖国を追われ、母親以外の女性に優しくされたのが初めてだった。そんなワリドが
「・・・俺、でっかい建造物を建てたいんだ。父さんが俺がガキの頃、シリアに美しいモスクを建ててて・・・だから俺もそういう建物を作ってみたいんだ。・・・ソニックにはそれが恵まれてるって言われたけど・・・」
ワリドは内戦で自信まで奪われていたが、由香里にははっきりとわかる。
「本当にそうだと思うわ。ワリドくらいの年齢で、そんなにしっかりした夢持てるなんて凄いことなのよ。大半は将来何すればいいかわからない子の方が多いもの。その夢はきっと叶うよ。お姉ちゃん達も応援するからね。」
由香里は少し間を置いて
「・・・ねえ、何でソニック達がWatts Towersって呼ばれてるか知りたい?」
由香里は菜月や窓香からワッツ・タワーの事を聞かされていた。あまり近寄らない方がいいと聞かされていたが敢えて話す。
「Watts Towersの兄ちゃん達はね、LAのスラム街にあるワッツ・タワーっていう古いタワーの下で男を磨いてたらしいの。ワッツ・タワー自体は1人のイタリア人がゴミ集めて何十年もかけてたった1人で建てたんだけどね。ソニック達Watts Towersの皆はそのタワーが大好きなんだって。そのワッツ・タワーの下に自然に集まって仲間になって、世の中と戦いながら過ごしてきた兄ちゃん達なのよ。そんなワッツ・タワーをたった1人で建てた人って凄いと思わない?」
ワリドはその話に興味を持つ。丁度ナッシュがワッツ・タワーの写真を持っていた。すると、ワリドの眼が輝きだした。
「へえ、こんな高いタワーをたった1人で?サグラダ・ファミリアみてー!」
ワリドは建物を建てる苦労を知っている。また、壊されるショックも・・・
「決めた!俺、このワッツ・タワーみてーに誰かの象徴になるよーな建物作る!」
由香里やパイレーツも
「応援するよ。」
「頑張れよ!ワリド!」
とエールを送った。
そして数日後、フロリダ州マイアミ港に到着したアーチボルト・ロウ号は、迎えに来たスコッチがワリドと由香里を乗せて陸路でLAに向かう。ワリドはパスポートがなく飛行機は乗れないため、LAに残っていたジャーマンとアレックスも一緒にいた。3人で運転を交代しながら5日後にLAの菜月が経営する「みんなの家」に到着。5人が着くなり菜月が
「待ってたわよワリド!兄ちゃんから話は聞いてるからあがんなさい。」
と部屋に入るなり、「みんなの家」に住む子供達から
「ワリド!LAへようこそ!」
と歓迎された。目の前には菜月が作った手料理がずらっと並んでいた。菜月が
「あたしのことは「Mother」って呼んでね。」
と笑顔で話しかける。遅れて若草ファミリー5人も来て
「菜っちゃんから話し聞いてるから、落ち着いたらあたしの学校にいらっしゃい。年齢不問だから心配ないよ。」
と茜が話しかけるが、葵が
「その前に健康診断が先よ。あんまり病院にかかってないでしょ。」
といつもの若草ファミリーのやりとりが始まる。ワリドは
「・・・こんなに良くされたの、生まれて初めてだ・・・」
と泣いてしまった。桜と菫がワリドを抱き締め
「いっぱい泣いていいからね。」
と優しく包んだ。こうしてワリドの、「イスラム国」に祖国も家族も夢すらも奪われた少年の新しい人生が始まった。
後年、ワリドのような建築家を含めた人材がアメリカのLAに集結する事になる。世界では彼らを「21世紀ルネサンス」と呼ばれ親しまれていくことになる。それは建築に限らず、ソニックの音楽や菜月の演劇、窓香の文学、ソニックの長男、誠剛が取り組んでいる科学や、他にも絵画、彫刻、料理、商業や思想、政治に至るまで、幅広く普及した。彼らは世界大戦時の時代に遡り、戦争やテロの悲惨さ、独裁者に虐げられた社会を思い直させる数々の作品を手がけていったのである。まるでソニックが今まで作曲している「Battle Music」のように。
ヨーロッパ編を書くにあたり、「ルネサンス」は構想に入っていたのでワリドに焦点を置きました




