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第52話 RELIVE⑩ 大西洋を渡ったWattsTowers

ソニック達Watts Towersが30年の時を経てようやく世界に活動を広げます

 世の中の混乱が渦巻く中、次の大統領選挙が始まり、民主党が勝利した。新たに就任した大統領から


「EU圏内なら音楽活動を行っていい。」


と許可を貰ったソニック達Watts Towersは2028年4月に皆で購入したアーチボルト・ロウ号に乗り、大型トレーラーも乗せ、一路大西洋を渡った。ヨーロッパ諸国からも


「自分達もSonic Los Angelesの生演奏が聴きたいから是非来てくれないか?」


と相当前から誘われていたのが今実現した。今回の公演はポルトガル、ギリシャ、ブルガリア、ルーマニア、ハンガリー、クロアチア、スイス、イタリア、スロベニア、オーストリア、チェコ、スロバキア、ポーランド、ドイツ、デンマーク、スウェーデン、オランダ、ルクセンブルグ、ベルギー、フランス、モナコ、スペイン、最後にアイルランドの順で行われる。ポルトガルにアーチボルト・ロウ号を停泊し、大型トレーラーに乗って陸路で回る予定である。このツアーを機にソニックはアメリカとはまた違った価値観を味わうことになる。だが、ジャーマンとアレックスは


「俺達は行きたくない。あそこから逃げてきたんだからな。」


と気乗りしなかったので


「わかった。その代わり俺達がいない間家族を守っててくれねーか?まだこっちも荒れてるからさ。」


と2人に後を託す。代わりにジャンゴや久しぶりに鉄治も加わった。


 ポルトガルの首都、リスボン港のクルーズ・ターミナルに到着したソニック達Watts Towersは、大型トレーラーに乗り換え遂にヨーロッパに凱旋した。リスボン港では


「Ben vindos!ao Euro」(ようこそ!ヨーロッパへ)


というポルトガル語の垂れ幕が至る所に張ってあり、人々で溢れかえっていたが、コンボイが車内アナウンスで


「ソニックは撮影禁止なので、その点は踏まえて欲しい。」


と伝えると、一斉にカメラやスマホを下ろす。アメリカよりマナーがなっており、ソニック達Watts Towersは胸を撫で下ろす。一行はしばらくしてアフリカ系住民が住むコミュニティへ入った。何処か見覚えのある風景。それはワッツ・タワーの下と同じ光景だった。ソニック達Watts Towersは大型トレーラーを降り、彼らと交流する。彼らはアフリカ大陸の南方にあるアンゴラやモザンビーク、島国のカーボヴェルデからきた移民だと話す。地図を見て驚くソニック達Watts Towers。ソニックは


「どーやってここまで来たの?船か飛行機?」


と訪ねると、その中の1人フラビオが


「徒歩と泳いできたんだよ。」


と話す。ソニック達は


「ええ!あんな遠いとこから歩いて来たってーのか?!俺達でも無理だぞ!」


とびっくりしている。フラビオが


「・・・俺の国は内戦やってたんだ・・・ここに来る途中に一緒にいた家族とか友達も皆殺されちまってよ・・・これでも死に物狂いでここまで来たんだ。平和を求めてな。ここでも差別されることはあるけど、あの国にいるよりずっとマシなんだ。」


と寂しげに話す。これはフラビオに限らず、このアフリカ系住民が住むコミュニティだけでなく、欧州各地にフラビオのような人々が存在するという。このツアーの中でソニックはそれを知っていくことになる。


 ソニック達Watts Towersは小国のルクセンブルグとモナコを除いて各国で3カ所ずつ回っていく予定であった。その各国に移民のコミュニティや難民になった人々と出会っていくことになる。この欧州ツアーではなるべく歴史的建造物のある場所は避け、野外を中心に回っていく。このリスボンでは、テージョ川を望む4月25日橋のほとりでライブを行う。ここはポルトガルの独裁体制「エスタド・ノヴォ」を終結させたカーネーション革命にちなんだ橋である。何かソニック達Watts Towersにとっては縁のある場所であった。ソニックはフラビオ達に


「もし良かったらお前らもライブ来なよ。チケットタダでやるよ。ただし最後尾だけどいいか?俺の「Sonic」は後ろにいるから余計に響くんだぜ?」


と言いチケットを配る。フラビオ達は


「ほんとにいいのか?」


と遠慮気味に話すが、ジウやトニーニョが


「俺達もブラジルから来たんだ。遠慮するなよ。」


と言ってフラビオ達にチケットを配布した。日付は丁度4月25日である。


【カーネーション革命】


1974年にポルトガルで発生した軍事クーデター。当時の独裁政権「エスタド・ノヴォ」を無血で終わらせ、ポルトガル植民地であったアンゴラ、モザンビーク、ギニアピサウの独立を決定的にした事件。


 この事件はついこないだソニック達Watts Towersが巻き込まれた事件と少し似ているような気がしていた。そんな中、4月25日の夕方にSonic Los Angelesの欧州での最初のライブが始まった。挨拶代わりにギターで「Jet」を繰り出すソニックに最後尾のフラビオ達は


「ワアオ!」


と驚き踊り出した。続けて「Volt」「Burst」「Combat」「Ghost」と「Sonic」のオンパレードを繰り出す。このライブはヨーロッパ初ということで隣国のスペインやフランスからも来場者が大勢いた。皆が


「これが噂の「Sonic」か・・・CDやPVとは全然違う・・・生で聴かなきゃこの感覚は味わえない。LAやアメリカの奴らはこれを毎日聴いているのか・・・」


と脱帽する。この世で音楽に「Sonic」を乗せる者等世界でソニック唯1人だけなのだから無理もないだろう。そして、この力であのアメリカの暴君を懲らしめたのだと思うと納得しかなかった。Watts Towersが行う演出も


「まるで大聖堂のステンドグラスの中にいるみたいだ。」


と大好評だった。何よりここはアメリカと違って殺気が薄い事もやりやすかった。幅の広いテージョ川はやがて日が沈み、夜空に「Sonic」を奏でながら七色に照らされて輝いていた。たった2時間のライブである者は固まり、ある者は感激していた。こうしてソニック達Watts Towersのヨーロッパでの初陣が幕を開けた。最後尾にいたフラビオ達が


「今日は有り難う。今まで辛いこといっぱいあったけど、全部吹き飛ばされた気分だよ!」


と涙を流し礼を言う。彼らは遙か遠いアフリカ大陸南部から命がけで国境を越え、ここへ来る途上で大切な人や大切な物を次々と失い、モロッコから泳いでまでこの地に辿り着き、今も尚人種差別に苦しみながら生きており、何も楽しむ余裕もなかったのだ。ソニックは


「・・・俺もそうだったよ。祖国で迫害されて、そいつら全員ぶっ殺して逃げるようにアメリカに来た。そんでこいつらWatts Towersと出会って変われたんだ。・・・あん時の俺も笑えなかったよ。その辺の野獣捕まえて喰ったりしてよ。でもよ?そんな俺達でも世の中をちょっとでも変えられたんだ。この橋に因んだカーネーション革命みてーによ。お前らも俺達に出会えたから変われるよ。涙って光がある奴にしか流せねーからよ。」


ソニックはフラビオ達の気持ちを察していた。心の拠り所がない事がどんなに辛いことかを身をもって知っていたのであった。日本で龍司に出会うまではソニックもフラビオ達と同じだった。だからほっとけなくてタダでチケットを配った。後は彼らが何かを成す事を信じるだけ。ソニックも彼らもヒトなのである。ソニックは神ではない。ただライブという遊びに誘っただけの友達なのであった。


 その後、リスボンで2日過ごし、ポルトとコインブラを経て再びアーチボルト・ロウ号に乗って地中海を渡り、今度はギリシャへ向かっていったソニック達Watts Towersの旅はまだ始まったばかりである。



本当は完結するつもりでしたが、終わりまでの空白期間が長くなるので欧州編を書いてみました。

ソニックが今度は別の視点から世の中をぶっ壊す方法を考えていきます。

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