第31話 おとなしいあの娘の平手打ち
もう一人の主人公、菜月をソニック以外の人物達が支える話です。
時を遡り、ソニック達Watts TowersがNYで瓦礫を撤去していた頃、LA では菜月が体調を崩した。もう2002年を迎えた1月、菜月はソニックがこのまま帰って来ないのでは?という恐怖と、もう一つ・・・
「菜っちゃん?どうしたの?」
菜月は泣きながらトイレに籠る。桜や菫、緑が心配して寄り添うと・・・
菜月は初潮を迎えていた。すぐさま看護師の葵と担任を勤める茜に連絡した。菜月にとっては悪い病気だと思っており、更に肝心なソニックにも誰にも言えず、1人で抱え込んでずっと我慢していた。
葵が菜月の頭を撫で、優しく微笑みながら説明する
「菜っちゃん。これ病気じゃないのよ。女の子は大きくなったら皆、毎月こうなるのよ。」
と慰めた。茜もにっこり微笑みながら慰める
「菜っちゃん。大丈夫。しばらく学校お休みしていいから。兄ちゃんいなくて辛かったね。でも先生がいるから大丈夫だよ。」
一番仲のいい菫も菜月の涙を拭きながら諭す
「菜っちゃんもレディになり始めてる証拠なのよ。あたしも一週間前に終わったばかりだもん。だから大丈夫。泣かないでね。お姉ちゃんが付いてるから。」
そして桜が慰めた
「菜っちゃん。ずっと苦しかったんだね。こういう時に一番いてほしい兄ちゃんが側に居られないから1人で我慢してたんだもんね。でもあたし達がいるからね。菜っちゃんはあたし達の大事な妹なんだからずっと守ってあげるからね。」
菜月は4人の胸の中で大声で泣いた。兄ちゃんが戻って来ないからと不安でしょうがなかったのも合わせて感情が爆発し、号泣した。
緑が菜月に明るく振る舞い頭を撫でながら
「今兄ちゃんいなくて良かったと思うわ。兄ちゃん男だから言えないものね。菜っちゃん、おめでとう。今日はお祝いに赤飯炊くからね。日本の女の子は初潮になったら赤飯食べてお祝いするのよ。今日は女だけで菜っちゃんの事祝ってあげるね。」
菜月は次第に泣き止み、6人で赤飯を食べた。若草ファミリー5人目の娘として改めて迎えられた夜だった。菜月はソニックへの思いを打ち明ける。
「あたし、兄ちゃんの事今でも大好き。お嫁さんになりたいくらい。でもあたし兄ちゃんが言うほど大したことしてないのに何でこんなに優しくしてくれるの?」
緑が菜月に諭す
「兄ちゃんってこっちじゃ英雄って見られてるけど、ただの男の子だよ。兄ちゃんってああ見えて単純な男だよ。昔菜っちゃんに優しくされたのがよっぽど記憶に残ってるんだと思うわ。男の子って菜っちゃんみたいに優しくしてくれる女の子に弱いのよ。」
葵が菜月の話を聞き
「そうそう。兄ちゃんはミサイル撃たれても死なない筋肉馬鹿だから、今は目の前の事しか頭に無いのよ。あいつ単純だから。でもね。ただの馬鹿じゃないのよ。困ってる人を見ると何かしなきゃって思う性根のいい馬鹿なのよ。」
茜が菜月に皆のことを話す
「窓香ちゃん達も心配してるよ。菜っちゃんどうしたの?って。菜っちゃんはもう1人じゃないんだから。あたし達も窓香ちゃん達も、こっちに残ってるジャンゴとかニールとルディのおじちゃんとか、頼れる人がいっぱいいるんだから。兄ちゃんだけじゃなくてあたし達も頼ってね。菜っちゃんは5人目の妹なんだから。」
菫が菜月に優しく語りかける
「そうだよ。菜っちゃんはあたしの大事な妹だもん。あたしが絶対に守ってあげるよ。もう菜っちゃんは1人ぼっちにさせないわよ。せっかくレディになり始めたんだから、これからもっとおしゃれ教えてあげるね。それに菜っちゃんこれから絶対美人になるよ。兄ちゃんのお嫁さんなんてもったいないと思うなー。」
桜が菜月に説明する
「菜っちゃん。菜っちゃんの事は兄ちゃんだけで決めたんじゃないのよ。ここに居るみんなで決めた事なのよ。兄ちゃんいなくてもあたし達がずっと守っていくってみんなで決めたの。だから兄ちゃんと同じくらいいっぱい甘えて、いっぱい頼ってね。」
菜月が涙を拭きながら
「・・・いいの?」
とポツンと発すると全員が
「当たり前じゃない。あたし達の妹なんだから。ここに居る全員菜っちゃんの家族だよ。ずーっと味方でいるからね。」
アメリカでの母と4人の優しい姉の言葉を聞き、安心した菜月は赤飯を泣きながら食べた。昔のソニックと龍司のような光景だった。そしてその夜、全員菜月の部屋で眠りについた。皆、菜月を1人にしたくなかった。
何日か過ぎ、菜月は葵に連れられて学校に遅れて登校して来た。登校前に葵の病院に寄っていた。その日は茜の担任している6年生の女の子達と、5年生の女の子達が視聴覚室に集められていた。まだ泣いている菜月が葵に連れられ視聴覚室に入る。窓香達が
「菜っちゃん!?」
と一斉に叫ぶと、窓香は菜月を抱き締める。由佳里や望美、千尋も心配していた。菜月は再び4人の親友の胸の中で大声で泣いた。側には緑や桜、菫も一緒に授業を受けた。教壇に立ったのは担任の茜ではなく、看護師の葵だった。
授業が終わると、菜月は望美から
「菜っちゃんは遅かっただけだよ。あたし達もこないだ終わったばかりだったから。」
と教えられ、ひとまず少し安心した。だがまだソニックが帰って来ない。連絡も来ない。その頃NYはロックダウンされており、街から出られなかった。ワールドトレードセンター・ノースタワーのアンテナが破壊され、電波障害を起こし電話が繋がらない。8ヶ月もの間長く待たされ、その間ソニック達Watts Towersは瓦礫の撤去作業を行っていた。その間、菜月はLAに残された新しい家族と親友達が懸命に支え続けた。この4ヶ月後くらいにようやく「今から帰るよ。」と知らせを受けた菜月は急に力が抜け、気を失ってしまった。それほど我慢していたのだ。
ソニックと史郎が帰って来た。菜月と若草家は全員揃っていたが、ソニックが玄関のドアを開けた瞬間、ソニックは顔面に派手に思い切り平手打ちを食らった。その相手は桜だった。これには菜月も他の家族もびっくりして固まっていた。
「桜姉ちゃん?・・・」
桜は菜月の分まで泣きながら
「菜っちゃんに謝りなさいよ!」
「あなたが帰って来ないかもってずっと不安で泣いてたのよ!」
「それに身体だって壊してずっと学校休んで待ってたんだから!」
「菜っちゃんが一番苦しい時に側にいられないなんて酷過ぎるよ!」
「あなた菜っちゃんのお兄ちゃんなんでしょ?あなたがいない間に帰って来ないかもしれないって怖くて震えてた菜っちゃんの気持ち考えなさいよ!」
ソニックは何も言い返せなかった。あの大人しく優しい桜がここまで激しく怒るのは初めてであり、何より菜月をここまで愛してくれていたとは・・・
あの9・11の混乱から、静寂した大きな海に放り出されたような感覚だった。大西洋のちっぽけな島の惨劇から、このLAにある静かな太平洋に、かつて自らがハリケーンを吹っ飛ばしたかように。
史郎は鉄治と電話で話し合い、ソニック達Watts Towersは3ヶ月の活動休止を言い渡された。菜月と同じようにならない為に皆、家族と過ごすよう伝えられた。
その夜ソニックは菜月の部屋に呼ばれた。菜月が
「兄ちゃん、これ持って。」
と渡された物はミットだった。菜月に
「構えてて。」
と言われるがままにするソニック。すると
「やあー!」
《ボボン!ズバン!ゴッ!》
と菜月は強力なバンチとハイキックを2発お見舞いし、更に流れるような動きでローリングソバットと踵落としをミットに食らわせた。
「す、すげー・・・」
と驚くソニック。すると菜月が
「あれから毎日通って練習したんだよ。今はバク宙の練習してるの。でもどんなに夢中になって練習して強くなっても、やっぱり兄ちゃんいないから怖くて寂しかったんだよ。だから今ので無しでいいからね。」
菜月はこの8ヶ月で驚くべき戦闘力を身に付けていた。それはワッツ・タワーの下で傷つけあっていた当時のWatts Towersなら倒せそうな威力。ソニックの持っていたミットは、菜月のローリングソバットで隅の方へ吹っ飛ばされていた。ソニックは、
「・・・菜っちゃん。また助けてもらったな。兄ちゃんさ、NYで事件に巻き込まれた時、全然「Sonic」が役に立たなかったんだ。あんな力持ってても瓦礫片付ける事しか出来なかった。俺って無力だなあってつくづく思ったよ。でも、今の菜っちゃんの蹴りで目覚めたよ。出来る事からやればいいんだったよな。ありがとうな。」
続けてソニックは
「菜っちゃん。兄ちゃんとは違うけど、きっと菜っちゃんにも何か特別な力があると思うぞ。だからこれから兄ちゃんと一緒に探そうぜ。手伝うからよ。」
菜月にはまだよくわかっていなかったが、その特別な力を持つ初恋の兄ちゃんが言うならと再び信じることにした。
翌日、ソニックは菜月を連れて葵の勤務する病院へ行った。まだソニックがアメリカに来て3回も救急車で運ばれたあの病院である。菜月は身体が慣れておらず、体調を崩しがちだった為、検査で一緒に来るよう葵に言われていた。また、ソニックは今までの無茶がたたり、1度健康診断する必要があると史郎と鉄治に勧められた。ソニックはいろんな意味で
「・・・何か、入りづらいなあ。」
と呟く。葵にアメリカに来たばかりの事を話す。
「ほら、「2度と来るか!」って啖呵切っただろ。何て謝ればいいか・・・」
すると葵が
「あんた往生際が悪いのよ!早く入んなさい!」
と促され中に入る。菜月は検査の為、葵と一緒に連れて行かれ、ソニックは着替えさせられ健康診断を行った。2人共終わり帰ろうとすると、1人の医師がソニックに声をかける。
彼の名はロイ・ライトボーン。ソニックがまだアメリカに来たばかりの頃、エデンで食らった弾丸の摘出や火傷の処置などを施した外科医で、この病院の医院長でもある。ソニックと菜月はライトボーン医院長のいる医院長室に招かれ
「まあ、座んなさいよ。」
と微笑みながら2人に紅茶を差し出す。ソニックは
「あ、その・・・この度は、あ、いや、あの時は何てお詫びしたらいいのか・・・」
ライトボーン医院長は笑顔で
「気にしなくていいんだよ。君の音楽はこの病院にも毎日響いてるよ。それで救われた患者も多い。何よりこうして目の前に元気でいる。それでいいじゃないか。」
ソニックは深く一礼してその後、ライトボーン医院長や菜月、葵と一緒に昼食を食べながら、昔話に盛り上がった。ここで菜月は自分を迎えに来るまでのソニックの事情を知る。ソニックは
「あの頃も今もまだ青かったなあ・・・」
と振り返る。その話に菜月は驚いていた。
(・・・兄ちゃん、そんな辛い事してたんだ。)
ソニックは詫びの印に、病院の庭にキーボードを持ち込み、映画音楽「カサブランカ」を弾いた。この音色に患者や医師も癒された。診察中の医師も、注射を怖がり泣き叫ぶ子供も、怪我のリハビリをする患者も、これから死を迎える老人も穏やかに聴いていた。
あの9・11の惨劇が嘘のように静かな昼下がり。ソニックはつくづく
(平和な世の中っていいよなあ。)
と思いふけった午後だった。
人を守る難しさをソニックは学び、自分で立ち向かわなければいけない事を菜月は学びました。
ただ、お互いに一人では何も成し得ない事を2人はそれぞれ学んだ話でした。




