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第20話 西海岸の休日

ソニックがようやく若草家と心を通わす話となります

 1997年8月。連日のライブでソニックのギターが壊れた。愛用のフェンダージャガーを相当酷使していた。史郎がメンテナンスが必要だと、ギターとベースを持って行ってしまった。また、Watts Towersも休日が必要だと仕事を休むよう史郎と鉄治に言われた。アメリカに来て初めてまともな休日を取ることになった。


 ソニックは本屋に行き、図書館で見つけたLAの地図とアメリカの地図、それとボールペンを購入し、LAを徒歩でぐるりと回っていた。反時計回りでダウンタウンやパサディナ、ハリウッド、ミッド・ウィルシャー、ロデオ・ドライブ、ビバリーヒルズと今年9月に入学したUCLA、ウェストサイド、ロングビーチやサンタモニカ、ベニス等も回った。とても普通の人間が一日で歩ける距離ではない。ワッツ・タワーの面々とも再会したが、GTの姿が見えない。何やら事業を始めたと他の連中は話していた。


 一通り1周して、ロングビーチ近くのファーストフード店でコーヒーを買い、サン・ペトロ湾に架かるヴィンセント・トーマス・ブリッジにもたれかかり、ソニックはボールペンを2本持ちながら何か考え込んでいた。


 もう夕方になっていた。橋の柵に胸を預け、もたれかかり下を向き溜め息をつくソニック。そんな時、桜と友達3人が歩いてくるのに出くわした。桜とジェニー、エッダ、セーラだった。学校の帰りらしい。互いに目を合わせ、時が止まる2人。そこに一台の車が走ってきて、水たまりの水を跳ねた。咄嗟にソニックは、彼女達を守ろうと自分の身体で泥水を被ってしまった。思わずエッダが


「やだ!ソニック、ずぶ濡れじゃない!」


ソニックの愛用しているスカジャンが泥を被った。すると桜が


「あたしのウチに寄っていって。ここの近くだから。洗濯してあげるよ。」


奥手なソニックは何も返答出来ない。するとジェニーとセーラが


「ソニック!ちゃんと桜を送ってやんなさいよ!」


と2人を置いて3人で走って帰ってしまった。

 

 2人だけで桜の家に行く。そういえば前にもここ通ったことあるよなあ、桜が部屋に閉じこもっていた時もそうだけど思い出せていなかった。その内桜がピアノが弾けると話し出した。そこで思い出した。ソニックは桜に尋ねる。


「もしかして君、アラベスク弾いてた娘?」


「うん。よく弾くけど。」


完全に思い出した。アメリカに来て重傷を負い、フラフラ歩きながらこの街の何処かの壁にもたれかかっていた。アラベスクが聞えてきたのは紛れもない、桜の家の部屋だったのだ。ソニックはその曲を聴いて初めて「死にたい」から「ぜってー生きてやる」に変わったのだ。あの時満身創痍の自分を救ってくれたのは紛れもなく桜だったのだ。


ソニックが初めて若草家の家の中へ入る。あれから茜と葵は自立して家を出て一人暮らしをしているという。家には緑と菫がいた。緑が


「どうしたの?ソニック、その格好!」


ソニックが気を遣い


「別に何でもないです。」


と答える。すると桜が


「ソニックがあたし達の盾になって車に水かけられたの。」


それを聞いた緑が


「とにかくお風呂入りなさい。洗濯と乾燥やっておくから。それまでパパの服で我慢してね。」


そう促されて風呂に入った。


(風呂なんていつ以来だろう?おっちゃん家にいた頃か?あん時は時間が惜しくてシャワーしか浴びてなかったなあ)


と思い返す。


 風呂から上がったソニックに料理が差し出された。桜が作ったビーフストロガノフだった。史郎も帰宅していた。


「桜ちゃんが作ったんだよ。食べてって。」


と緑が話す。するとソニックは、無言でビーフストロガノフを食べ始めた。美味いも不味いも言わずただ黙々と食べ、隣にあったサラダボウルをフォークでグサリと刺してむしゃむしゃ食べた。アメリカに来てからまともに野菜を食べていない。本来ソニックは大の野菜好きであったのだ。すると史郎に尋ねられる。


「よお、ソニック。今日何してたんだ?」


ソニックは少しの間沈黙したが、照れくさそうに話す。


「何か、地図見てたらさ、LAの街も、アメリカも、いい景色がいっぱいあってさ。だから、ライブハウスとかホールだけじゃなくてさ、この街やこの国のいろんな景色の中で、ライブやってみてーって思って歩き回ってたんだ。」


史郎がソニックから地図を手渡される。北はビバリーヒルズやパサディナから、南はこのロングビーチまで、至る所に丸印と矢印が書いてあった。史郎は。


「ちょっと待て。関東平野くらいの広さがあるLA一帯をたった半日で歩き回ったってのか?」


と尋ねるが、ソニックは


「そうなんすか?」


とわかっていない。ソニックはアメリカに来てバスやタクシー、電車に乗った事がないらしい。仲間も車やバイクを持っている者はまだいない。せいぜい史郎がラス・ベガスに行く時に借りる大型トレーラーくらいだと言う。


(あのハリウッド・ボウルでのライブが気に入ったのか?それにしても相当な体力だなあ、若さと無知ってスゲーなあ)


と史郎は思う。


「あの時何でか知らねーけど、「Sonic」の響き方とか伝わり方がスゲー良かったんだ。エデンやホールでやるとどっか制限しなきゃって思うけど、あん時なんか自由で解放感あって・・・だからいろんなとこでやりてーんだ。浜辺とか河辺とか港とか、路地裏とか、グランドキャニオンとか、ゴーストタウン借り切ったりとか、ベガスみてーな砂漠のど真ん中だったり、ナイアガラの見える場所だったり、軍艦の甲板の上だったり・・・とにかくそういう景色の中でライブ出来たら最高だろうなあって・・・」


(たった一日の休みの中で、そんな大きな事考えてたのか・・・)


と史郎は驚いた。だが、ソニックの左眼はギラギラ輝いていた。また、この年の9月にソニック達Watts TowersはUCLAに入学していた。その勉強のかいもあり、ソニックはいろいろなことに興味を抱いていた時期でもあった。


 この年からソニックはエデン以外でのライブもこなすようになった。ウィスキー・ア・ゴーゴー、ノキア・シアターLA LIVE、THE VIPER ROOM、ウィルターン、ハウス・オブ・アナハイム、トラバドール、アヴァロン、ロス・アンゼルス・ミュージック・センター、そしてハリウッド・ボウルとソニックが巡った数々の路上ライブ。UCLAで政治経済を勉強しながら、ソニックは毎日ステージに上がっていた。その内史郎から


「休まないといい曲書けないぞ。」


と言われ労働組合に入り、月、火曜日は休むようになった。休みの日はほぼ大学で過ごした。ゼミに通い、社会情勢や各国の歴史を学んだ。情報がないと音楽で戦えないからだ。


更にラジオ出演や深夜のDJもこなした。DJはWatts Towers全員がやりたがっていたので、日替わりの当番制になった。月に2回のベガスへの遠征も忘れずに行った。世界中のいろんなミュージシャンと触れ合い、仲間を増やした。この国に来て2年、ようやく人並みに充実した毎日を送っていた。


 この時期からソニックは桜と交際するようになった。休みの日によく食事に出かけたりもしていた。ソニックは、「Sonic Los Angeles」の名前をもらってから、LAのことを隅から隅まで勉強し、頭にインプットしていた。LAの歴史から、最近出来た店のことまで詳しく、LA在住の桜がびっくりする程だった。よく2人でオープンカフェに入り、将来のことを語り合った。桜は今高校生で言語学を専攻し、将来は音楽の通訳を目指し、世界中の歌詞を訳し、世界中の人々にいい曲をたくさん伝えたいと話した。ソニックも「応援するよ。」と桜に話した。8月のカマロという名の喫茶店でタンデムしながら2人でアイスクリームを食べ、静かに手を握り合いながら時間が過ぎていく。


 一方鉄治は一時帰国していた。「Burning Gear」社長の塚原への近況報告と、アメリカで新しいプロジェクトについて話し合っていた。それは、「Burning Gear」をアメリカにも拠点を作るという事だった。それはソニック達Watts Towersの成功が最低条件だった。そして、ソニックの契約が更に延長された。今度は5年契約だという。日本ではCDセールス以外出来ない「Sonic Los Angeles」であったが、売り上げは好調。新曲を出せばオリコンチャートには初登場1位を記録していると塚原は話す。今後もウチの所属でやっていってほしいと頼まれた。ソニックも恩義があるからと納得していた。因みに「Sonic Los Angeles」はジャケットに顔写真を載せていない。日本からは


『謎のベールに包まれた正体不明の日本人』


と話題になっているという。根が地味なソニックにスキャンダルの影もなく、最近は品行方正な毎日を過ごしていた事も契約延長に繋がった。


 鉄治は「なみや」を訪れ龍司にも会いに行った。龍司は


「あいつ、元気でやってますか?」


と尋ねる。鉄治は


「ええ、もう元気過ぎるくらいですよ。あっちで地元警察と戦って勝ったんですよ。その一件で人種差別撤廃したり、ライブハウスの薬物中毒者にドラッグ止めさせたり、とにかく大暴れしてますよ。もうあいつはLAで英雄扱いですよ。」


と自慢げに話した。龍司は


「あいつらしいな。あいつが檻から出てきた時、元気が無かったけど人を思う優しさだけは残っていたんだよな。ウチの娘もあいつに助けられたんでね。」


鉄治は


「向こうでも同じでしたよ。ギャングから女の子達を守るために悪い警察や裁判官と戦ったんです。あいつの中にある正義は変わらないみたいっすね。それに、今のあいつにはWatts Towersっていう強力な仲間が53人いるんです。向こうのスラムの連中でしてね、あいつの仲間になって一緒に仕事したり戦ったり馬鹿やってますよ。この間は皆で家建てて盛り上がってたとこなんです。」


と2人で笑いながら話していた。龍司には


「あいつにもいい友達が出来たんだな。」


と安堵していた。だが、店の片隅で菜月が寂しそうに話す。


「・・・兄ちゃん帰って来ないの?」


鉄治は菜月に


「兄ちゃんはね、今男を磨いているんだ。ちゃんとした男になったら必ず逢えるからね。」


と告げる。翌日鉄治はLAに帰国していった。


その年の暮れ、「Sonic Los Angeles」は5枚目のアルバムを出す。


LAの広さは実際関東平野程の広さですが、ソニックは歩くスピードが速いです。

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