第2話 知らない夜道を駆ける獣
人生に絶望したカタメが変わっていきます
カタメが預けられて3日が過ぎていた。依然としてカタメは食事を拒否する。千春や菜月は時折、カタメが震えて泣いているのを目撃していた。声をかけられなかった。
そんなある日、菜月が保育園から泣いて帰ってきた。大事にしていたテディベアを苛めっ子に取られたと話した。龍司や千春は
「また買ってやるから泣くな。」
と菜月を慰める。が、その軽い一言がカタメを動かした。
「こいつら何もわかってねー!」
カタメは自室の2階の窓から飛び降り、テディベアを探しに知らない町に出た。地図もなく、当てもないまま。あちこちの保育園を片っ端から訪ねた。そして、遂に見つけた。テディベアは保育士が取り戻し預かっていた。明日返すと言うが、カタメはそれが気に入らない。直ぐに持って帰って菜月に返そうとまた知らない町を彷徨った。次第に夜になり、ますます帰り道がわからなくなった。死んだ眼で、死んでいるように静かな知らない町を、死んでいる社会を歩き回るカタメ。そんな世の中で名前を捨てたカタメ。そこへ2人の警察官が通りかかる。
「おい、そこで何をしてるんだ?」
咄嗟にテディベアを隠すカタメに警察は不審に思い
「ちょっとそれ、よこしなさい。」
警察に抵抗するカタメは補導された。暴れるカタメを押さえつけ、パトカーに乗せ警察署に連行する。警察署に着き、取り調べが始まった。カタメはテディベアを離さない。不審に思った警察官は、力ずくでテディベアをカタメから奪い取った。そして、中にシンナーや薬物が入っているのでは?と、そのテディベアを解体し始めた。
「何やってんだ!返せよ!」
カタメは泣きながら暴れ、激昂する。
「いい加減にしろオメーら!いつだってそうだ!人の大事なもんいつでも平気でぶっ壊しやがる!上等だ!テメーらもこの世も今すぐ俺が全部ぶっ壊してやる!」
署内で机や椅子を振り回し、暴れ回るカタメ。警察官の1人が公務執行妨害として、カタメに手錠をかけようとしたその時、連絡を受けた龍司が警察署に現れる。身元引受人として警察署に来た龍司は、その形相を目の当たりにしていた。その光景の中で龍司はバラバラにされた菜月のテディベアを発見する。そしてカタメに問う。
「お前、これ探しに飛び出してったのか?」
カタメは眼を反らし小声で呟く。
「・・・他にやることねーからよ。」
そして、その言葉を聞いた龍司は、鬼の形相で涙を流しながら土下座して謝る。何度も何度も床に頭を打ち続け、額から出血しながら必死に謝る。
「すいません!こいつを許してやって下さい!うちの娘が苛めっ子から奪われたぬいぐるみを探しにいっただけなんです!すいません!こいつの代わりに何度でも謝ります!お願いします!許してやって下さい!お願いします!」
その龍司の気迫に押されたカタメと警官達は唖然とする。そして、少年課の刑事、勅使河原が周囲に話す。
「・・・おい、誰もなんも見てないよな?」
警察官達は皆、首を縦に振る。だが、カタメの怒りは収まらない。
「おい!これ元通りに治すまでテコでも動かねーからな!」
胡座をかいたまま警察官達をじっと睨みつける。すると、1人の女性警察官が。
「これ、治るよ。」
と言って針と糸を机から取り出す。散乱した綿を回収し、丁寧に詰めて型を戻し、汚れた部分を拭き取り、針で後ろを縫い付ける。テディベアが修復されていった。女性警察官が、持ち主の名前を訪ねる。龍司が「菜月です。」と答える。すると女性警察官は「菜っちゃんただいま」というメッセージを書いた手紙を添えて、テディベアをカタメに渡した。だが、カタメはまだ警官達を睨み付け、煮え切らない表情を浮かべながら警察署をあとにする。
龍司と一緒に帰る。店は知らせを受けた直後に閉めたらしい。店に着いた龍司はカタメをカウンター席に座らせ、自分は厨房に入り無言でラーメンを作る。沈黙が続いたが、龍司がカタメにラーメンを出す。
「これ、食えよ。」
カタメは何か言いたげに震えている。何かに怒っているようだ。
「どうした?伸びちまうぞ?」
カタメは大声で龍司に涙を滲ませ怒鳴りちらす。
「何でなにも言わねーんだよ!何でなにも聞かねーんだよ!俺は人殺しだぞ!町を壊した悪者なんだぞ!さっきここから脱走したんだぞ!なのに何であんなことするんだよ!何であんなこと出来んだよ!チンピラの見ず知らずのクソガキに何であんなことしたんだよ!」
龍司は軽く話す。
「お前がいい奴だってのは最初からわかってるよ。その眼見ればわかるよ。お前は正しいよ。間違ってねーよ。さっきだってお前の中にある正義が動かしたんだろ?自分でちゃんと生きられるじゃねーか。だからこれ食えよ。これ食って、今日1日生きる事だけでいいよ。そうすりゃ明日は迎えられんだろ?明日の事は明日考えりゃいいよ。」
カタメは泣いた。泣きながらラーメンをすすった。今までこんな優しい言葉をかけられた事があっただろうか?カタメは汁の1滴も残さず食べた。このラーメンはカタメにとって愛の結晶だった。その後、取り戻したテディベアを寝ている菜月の枕元に置き部屋へ戻った。カタメは考えていた。
(今、自分に出来る事は何だろう?)
カタメは部屋を降り、店内を掃除した。
次の朝、ピカピカになった店内を見て龍司と千春が驚く。
「・・・これ、お前1人でやったのか?」
店内だけでなく、鍋や食器、包丁まで綺麗に磨かれていた。店内の片隅でカタメは寝ていた。そして、菜月が起きてきた。大事なテディベアを抱えながら笑っていた。千春は菜月に話す。
「このお兄ちゃんが取り戻してくれたんだよ。」
すると菜月は大きな声でカタメに礼を言う。
「兄ちゃんありがとう!」
カタメは照れくさそうにコクりと首を振り、無言で手を振った。
この日からカタメは店で働くようになり、同時に菜月の保育園の送迎をする事になる。まだ義務教育は終わっていないが、カタメはもう学校は懲りごりと行こうとしなかった。龍司も特に言う事はなかった。カタメが今を生きる事が大切だと思っていたからである。
店の開店は午前11時から。それまでは店内の清掃と仕込み。連日長蛇の列が並び、忙しさは半端じゃない。カタメは朝8時に菜月を送り、午後4時頃菜月を迎えに行く仕事を任される。カタメはまだ中学生くらいの年齢なので、午後8時には仕事を任せられない時間の為、そこで勤務終了となる。菜月の面倒は主にカタメが任されていた。
菜月は毎日のように苛められてはカタメに泣きついてくる。カタメは菜月の気持ちが痛い程わかっていた。自らの幼少期と重ねあわせていた。誰にも言えない、聞いてもらえない孤独感。カタメはいつも決まって近くの公園で菜月の話を聞きながら、一緒に遊んで帰ってくる。カタメは菜月にいつもこう語りかけていた。
「菜っちゃん。泣いてもいいよ。誰にも言わないから。いっぱい泣いていいよ。」
砂場で遊んでいると、底から汚れた古い小さなハーモニカが埋まっていた。それを公園の水道で洗い、菜月の為に吹いた。菜月の好きなアニソンをハーモニカで吹きながら、菜月の笑顔が戻っていき、帰宅する。帰りが遅いと龍司に怒られるが、カタメは菜月を無言で庇う。菜月に痛い思いをさせたくなかった。
連日のように客足は途絶えない。カタメは来る日も来る日も働く。一生懸命なのはわかるが、龍司には何か引っ掛かっていた。
(こいつ、若いのに何か楽しい事ねーのかなあ?)
ある日龍司はカタメが店でかかるラジオの曲や、家のステレオから響く曲をカタメが口ずさむのを何度も目にしていた。
次の定休日に龍司はカタメを連れ出す。
「ちょっと付き合えよ。直ぐ着くからよ。」
向かった先は音楽スタジオ。龍司はインディーズバンド「Try Flyers」のギタリストであった。カタメはそのメンバーと交流した。楽器の弾き方、歌い方、曲作りや譜面の読み方等を彼らに教わったカタメは、その夜ぶっつけ本番で初舞台を踏んだ。カタメはそれがたまらなく楽しかった。メンバーの1人から捨てようと思っていた古いギター「フェンダー・ジャガー」を中古で買った。帰ってすぐ自分で曲を作ってしまう程はまった。
次第にカタメは働きながら路上ライブや音楽スタジオに顔を出し、たまにステージで自作の曲を披露した。横浜の路上やライブハウス、横須賀の米軍基地まで足を運んだ。龍司の感は当たった。龍司はカタメの出所前に思っていた「何か」がここから目覚め始めた。
この話の中に第二の主人公が登場しています




