第7話 古い借家
修道院長の許可が下りたのは、昼前のことだった。
「……では、案内しましょう。
修道院が管理している古い借家が一つ、空いています。
あなた方には、そこを共同生活の場として貸し与えます」
修道院長の声は厳しくも、どこか温かかった。
「ただし、条件は変わりません。
フランチェスカは孤児院の籍のまま。
私たちは定期的に様子を見に行きます。
あなた方の生活が乱れていないか、フランチェスカが安全か――
それを確認するためです」
「……はい」
俺とフランチェスカは同時に頷いた。
修道院長は鍵束の中から、古びた鉄の鍵を一つ取り出した。
「この街で生きるというのは、簡単なことではありません。
ですが……あなた方なら、きっと乗り越えられるでしょう」
その言葉は、祝福とも警告とも取れた。
鍵を受け取り、俺たちは修道院を後にした。
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借家は、街の外れにあった。
石畳の道が途切れ、少しだけ土の匂いが混じる。
周囲には職人の工房が点在し、遠くから木槌の音が聞こえる。
「……ここです」
フランチェスカが指差した先に、
灰色の石壁と赤い屋根の、小さな家があった。
壁には蔦が絡まり、窓枠の木はところどころ剥げている。
だが、崩れそうなほどではない。
俺は鍵を差し込み、ゆっくりと扉を開けた。
古い木の匂いが、ふわりと漂った。
中は質素だった。
小さな土間。
石造りのかまど。
木の机と椅子が一つずつ。
奥には、寝台が二つ置ける程度の部屋がある。
家具はほとんどない。
だが、雨風はしのげる。
そして――二人で暮らすには十分だった。
「……ここが、私たちの家……なんですね」
フランチェスカが小さく呟いた。
その声には、不安と、少しの期待が混じっていた。
「そうだな」
俺は部屋を見渡しながら答えた。
(ここで……生きていくのか)
現代の便利さは何一つない。
電気も、水道も、ガスもない。
スマホはただの板切れだ。
だが――
不思議と、絶望はなかった。
フランチェスカが隣に立っていたからかもしれない。
「……あの、」
フランチェスカが俺の袖をそっと掴んだ。
「私……頑張ります。
掃除も、料理も……顔料屋の仕事も。
だから……その……」
言葉を探すように、視線が揺れる。
「一緒に……生きていきましょう」
その言葉は、あまりにも真っ直ぐで、
胸の奥に静かに落ちていった。
「……ああ。
よろしく頼む」
俺がそう答えると、
フランチェスカはほっとしたように微笑んだ。
その笑顔は、
この古い家の中で、何よりも温かかった。




