第5話 庇護の申し出
修道院長の問いは、部屋の空気を一瞬で凍らせた。
「あなたは、一体……何者なのです?」
その声は静かだったが、逃げ場のない重さがあった。
俺は口を開こうとした。
だが、言葉が出てこない。
嘘を重ねれば矛盾が生まれる。
本当のことを言えば、理解されるはずがない。
そもそも――俺自身、自分が“何者なのか”分からなくなっていた。
沈黙が落ちた。
修道院長の視線が、じわりと俺を追い詰める。
その時だった。
「この方は……悪い人ではありません!」
フランチェスカが椅子から立ち上がった。
声は震えていたが、はっきりと響いた。
「私を助けてくださったのです。
あのままでは……私は、きっと……」
言葉が途切れ、彼女は唇を噛んだ。
修道院長は少女を見つめ、ゆっくりと息をついた。
「……フランチェスカ。あなたがそう言うのなら、私たちはその恩を無視するわけにはいきません」
だが、と修道院長は続けた。
「この方を修道院で養う余裕はありません。
孤児院にも報告が必要ですし、街の治安のためにも、身元のはっきりしない者を無条件に受け入れることはできません」
当然の判断だ。
俺は深く頭を下げた。
「……分かっています。
ただ、働き口を探す間だけでも、身を置ける場所があれば……。
旅費もなく、行く当てもありません。
力仕事でも何でもします。街の役に立ちたい」
修道院長は腕を組み、しばらく考え込んだ。
「働きたい、というのですね」
「はい」
「ですが、あなたの技術も、素性も、何も分からない。
街の職人ギルドに紹介するにも、保証人が必要です」
保証人――
この時代で最も重要な言葉だ。
俺には、そんなものはない。
修道院長は続けた。
「あなたをどこに置くべきか……判断が難しいのです」
その言葉に、フランチェスカが小さく息を呑んだ。
そして――
決意を固めたように、一歩前へ出た。
「……では、私が面倒を見ます」
部屋の空気が止まった。
修道院長が驚いたように目を見開く。
「フランチェスカ……あなたが?」
「はい。
この方は私の命の恩人です。
私が責任を持って、お世話をします。」
その声は震えていたが、揺らぎはなかった。
修道院長は少女をじっと見つめた。
その瞳には、驚きと、戸惑いと、そしてわずかな誇りが混じっていた。
「……あなたに、その覚悟があるのですか?」
フランチェスカは静かに頷いた。
「はい」
修道院長は長い沈黙の後、ゆっくりと息を吐いた。
「フランチェスカ……
ええ、あなたの覚悟は分かりました、では、孤児院にも報告した上で、正式に判断しましょう。
あなたの申し出を無視するわけにはいきません。
ただし――」
修道院長の視線が、再び俺に向けられた。
「あなた。
フランチェスカの覚悟を、決して裏切らないこと。
それが、この街で生きるための最低条件です」
その言葉は、誓いのように重かった。




