第4話 修道院の影
修道院の扉が開くと、冷たい空気が流れ出た。
石造りの回廊は薄暗く、蝋燭の光が壁に揺れている。
黒いヴェールをかぶった修道女が一人、静かに歩み寄ってきた。
「……フランチェスカ。あなた、本当に……」
修道女は言葉を失い、震える手で少女の肩を抱いた。
フランチェスカはその胸に顔を埋め、かすかに嗚咽を漏らす。
「生きて……生きて戻ってきたのですね……」
その声には、安堵と悲しみが入り混じっていた。
俺は少し離れた場所で立ち尽くしていた。
修道女の視線が、ちらりと俺の方へ向く。
その目には、警戒と戸惑いが宿っていた。
「……こちらの方が、あなたを?」
「はい。この方が……私を助けてくださいました」
フランチェスカは涙を拭い、俺の袖をそっと掴んだ。
その仕草は、まるで“守られる側”ではなく“守る側”のようだった。
修道女は俺を見つめ、静かに言った。
「……中へ。事情を伺います」
俺たちは修道院の中へ通された。
石畳の床は冷たく、壁には古い聖画が掛けられている。
どれも、教科書で見たことのあるような――
いや、それよりもずっと古く、重い。
(……やっぱり、ここは……)
確信はあった。
だが、それを言葉にする気にはなれなかった。
修道女は俺たちを小さな部屋へ案内した。
机と椅子があるだけの質素な部屋だ。
「フランチェスカ、あなたは座って。
……あなたも」
俺は椅子に腰を下ろした。
猟銃は背中に背負ったままだが、修道女はそれを見て眉をひそめた。
「その……鉄の棒は、何なのですか?」
やはり来たか、という質問だった。
(ここで下手なことは言えない)
俺は、用意していた“物語”を口にした。
「……私は、ピサからサンマリノへ向かう商人の付き添いをしていました。
主人は異国の方で、珍しい衣類や道具を扱っていたんです。
この服も、この……鉄の棒も、主人から預かったものでして。
詳しいことは分かりません。私は荷物持ちのようなもので……」
修道女は黙って聞いている。
「ですが道中、山賊に襲われ、主人は殺されました。
私は逃げ延び……その途中で、この少女が襲われているのを見つけました。
主人の形見の道具で、どうにか撃退し……ここまで来ました」
フランチェスカが小さく頷く。
「本当です。この方が……私を助けてくださいました」
修道女はしばらく沈黙し、やがて言った。
「……あなたは、どこへ向かうつもりなのです?」
「主人も荷も失い、旅費もありません。
サンマリノに向かうにしても、まず働いて稼がねばなりません。
どうか……仕事を探す間だけでも、身を置く場所をお貸しいただければ」
修道女は俺をじっと見つめた。
その視線は、俺の言葉の裏を探っているようだった。
その時――
部屋の扉が、静かに開いた。
黒い修道服をまとった年配の女性が姿を現した。
威厳のある佇まい。
修道院長だと、すぐに分かった。
「……話は聞きました」
修道院長は俺をまっすぐに見つめた。
「あなた。
フランチェスカを救ったというその行いは、確かに尊いものです。
ですが――」
その瞳は、俺の“異物性”を見抜いているようだった。
「あなたは、一体……何者なのです?」




