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23/24

※すいません。予約投稿日時を間違えました 第21話 乾いた砂と、強い磁力

 朝、工房代わりの部屋に入ると、昨日のままの砂鉄の袋が置かれていた。

 触れると、まだ湿っている。


「……乾かすだけで半日か」


 湿った砂鉄を広げ、陽に当て、ひっくり返し、また待つ。

 この作業だけで一日が終わる。返すどころか、自分たちの生活すら危うい。

 袋を握りしめたまま、思わずつぶやいた。


「乾いたまま選べれば……」


 その言葉が、頭の中でゆっくりと形を持ち始める。

 乾いた砂。強い磁力。湿式ではなく、乾式で選別する。


「……今の磁力じゃ無理だな」


 巻き数が足りない。鉄芯も細い。絶縁材も粗末だ。

 酢電池の電圧も心許ない。

 全部、分かっていた。


 ただ昨日、銀貨を並べたときに気づいた。

 守られていた日々は、もう終わったのだと。

 ならば、進むしかない。


 作業台の上に、今ある材料を並べる。

 鉄釘、布切れ、細い木片、酢。どれも頼りない。


「巻き直すか……」


 独り言のように呟いて、古い電磁石を手に取る。

 これでは乾式は到底無理だ。


「もっと太い芯がいるな」


 背後で気配がして、振り返るとフランチェスカが立っていた。


「朝から作業ですか?」


「まあな。少し、考えたいことがあって」


 フランチェスカは机の上を見つめ、鉄芯と布と、ほどいた銅線に視線を落とした。


「乾いた砂を選べるくらいにしたいんだ」


 フランチェスカは小さく息をのむ。


「そんなこと、できるんですか?」


「やるしかない。黒を作れなきゃ、返すこともできない」


 その言葉に、フランチェスカは目を伏せた。

 昨日と同じ、少し痛むような表情。

 だが、何も言わない。ただ、そっと机の端を整えた。


「作業しやすいように、片づけておきますね」


「助かる」


 それだけの会話で十分だった。


 昼過ぎ、太めの鉄芯に巻き直した電磁石を試す。


 砂鉄の袋を開け、乾いた部分を少しだけつまんで広げる。

 電磁石を近づけると、砂鉄は吸い寄せられるが――弱い。

 昨日よりも、むしろ落ちている。


「……なんでだ」


 巻きが太い芯の分だけ外側に広がり、先端から離れてしまっている。

 巻き数も減った。

 太くすれば強くなると思っていたが、逆だった。

 芯を見つめながら、ゆっくりと理解が沈んでいく。


「……違うな。太さじゃない。巻き数と電圧か」


 磁場の本体は“巻き数×電流”。

 太さは吸着力に影響するだけで、今の電源では意味がない。

 霧が晴れるように、構造が見えた。


 夕方、フランチェスカが声をかけてきた。


「今日は……ずっと作業でしたね」


「まあな。失敗したが、方向は分かった」


「昨日より、進んでますよね」


 その言葉に、俺は少しだけ笑った。


「そうだな。昨日よりは、前に進んだ」


 窓の外では、乾いた風が砂を巻き上げていた。

 その風のように、俺たちも少しずつ動き始めている。


 ---


 翌日も、朝から工房にこもった。


 細い芯に戻し、絶縁を丁寧に重ね、巻き数を稼ぐ。

 昨日の失敗が、手の動きを確かに変えていた。


「……これでどうだ」


 砂鉄の袋を開け、乾いた部分を広げる。

 電磁石をそっと近づけると、黒い粒が跳ねて吸い寄せられた。


「……お?」


 昨日とは違う。吸い寄せられる量が、明らかに増えている。


 まだ弱い。まだ不十分。だが、“できる”という感触があった。

 乾いた砂の上で、黒く光る粒だけが選ばれていく。

 磁力が、確かに働いている。


「……やっと、手応えが出てきたな」


 思わず笑みが漏れた。


 昼頃、フランチェスカが様子を見に来た。


「どうですか?」


「少しだけ、吸えるようになった」


 砂鉄の上に電磁石をかざして見せる。

 黒い粒が、乾いた砂の中から浮かび上がるように吸い寄せられた。

 フランチェスカは目を丸くした。


「……すごい。昨日より、ずっと強いです」


「だが、まだまだだ」


 そう言いながらも、胸の奥が少し軽くなる。


「でも……前に進んでますよね。

 あなたが言ってた“乾いたまま選べるように”って、本当にできるんですね」


「できるかどうかは、まだ分からん。

 でも、やるしかない」


 フランチェスカは小さく笑った。


「……あなたらしいです」


 その笑みは、昨日より少しだけ柔らかかった。


 午後、電源の改良を試す。


 再び砂鉄の上に電磁石をかざすと、黒い粒が乾いた砂の中からまとまって吸い上がった。


「……よし」


 まだ完璧ではない。

 だが、効率を上げる目処が立った。

 乾式選別の“最初の成功”だった。


 夕方、フランチェスカが声をかける。


「今日は……いい日でしたね」


「まあな。やっと、前に進んだ気がする」


「昨日より、ずっと」


 その言葉に、俺はうなずいた。


 窓の外では、乾いた風が吹いていた。

 砂鉄の粒が、風に揺れて光る。

 守られていた安全地帯から離れ、自分の力で立つための一歩。

 その一歩が、確かに今日、形になった。


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