第19話 ギルドの扉の向こう
選り分けた黒を瓶に詰め終えた翌朝。
俺は十本の瓶を布袋に入れ、肩に担いだ。
フランチェスカは借家の前で、
少し緊張した面持ちで待っていた。
「……いよいよ、ですね」
「ああ。これが売れなきゃ、次はない」
「でも、あなたの黒は……きっと大丈夫です」
その言葉に、俺は小さく頷いた。
黒を作るだけなら簡単だ。
だが、ギルドに認められる黒を作るには――
工夫と、積み重ねが必要だ。
その積み重ねを、今日ぶつける。
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ギルドの建物は、街の中心にあった。
石造りの重厚な扉。
職人たちの声が中から漏れてくる。
扉を押し開けると、
数人の職人がこちらを振り向いた。
「なんだ、見ねぇ顔だな」
「黒の納品か? 新人か?」
ざわつく声。
俺は布袋を静かに置き、瓶を一つ取り出した。
「黒の納品だ。見てくれ」
職人の一人が瓶を受け取り、
指先で粉をつまんで光に透かした。
「……粒が揃ってるな」
「色むらもねぇ」
「おい、これ……どこで作った?」
別の職人が眉をひそめる。
「借家だ。修道院から借りている家の作業場で作った」
「借家……?」
ざわり、と空気が揺れた。
素人の家で作った黒が、
ギルドの基準を満たすとは思えない――
そんな空気が漂う。
俺は淡々と続けた。
「砂鉄を選り分けて作った。
粒度は揃えてある。膠で練れば、発色も安定する」
職人たちが顔を見合わせる。
「選り分けた……? どうやってだ」
「工夫だよ」
俺はそれ以上言わなかった。
沈黙が落ちたそのとき、
奥から一人の男が歩いてきた。
ギルドの検査役――
黒の品質を最終判断する人物だ。
「見せてもらおう」
男は瓶を開け、粉を指で転がし、
匂いを嗅ぎ、光に透かし、
そして――小さく頷いた。
「……悪くない。いや、むしろ良い」
職人たちがざわめく。
「本当かよ」
「借家で作った黒が……?」
検査役は俺を見た。
「十瓶、全部この品質か?」
「ああ」
「なら買い取ろう。
ただし――」
男の目が細くなった瞬間、
俺はその意図を察して口を開いた。
「一つ、先に言っておきたい」
「……何だ?」
「俺は黒を扱うつもりだ。
黒だけでいい。
他の色を求められるのは……正直、厳しい」
ギルドの空気が、変わった。
俺は続けた。
「黒なら、安くて、手間もかかる。
俺のような新人がやるにはちょうどいい。
しばらくは、それで許してほしい」
我ながら詭弁だ。
赤と黄は高価で、ギルドの利益の源。
そこに手を出さないと宣言するのは、
本来なら馬鹿げている。
だが――
今のままでは、俺は“脅威”と見なされる。
職人たちの表情が、わずかに緩む。
検査役は問う。
「……赤や黄は?」
「いずれ、少しは研究するかもしれない。
だが、今は黒を専門にする。
黒なら、安定して供給できる」
その言葉に、ギルドの空気が完全に変わった。
「黒専門か……」
「なら脅威じゃねぇな」
「むしろ助かるわ。黒は儲からんし、面倒だし」
「新人に回す仕事としては最適だ」
検査役は満足げに頷いた。
「よし。黒専門なら問題ない。
黒は常に不足している。
安定して供給できるなら、継続して買い取る」
フランチェスカが小さく息を呑んだ。
俺は静かに頭を下げた。
「……感謝する」
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ギルドを出ると、
フランチェスカがぱっと笑顔になった。
「すごいです……! 本当に、買ってくれました!」
「ああ。黒専門と宣言したのが効いたな」
「黒……だけ、なんですね」
「今はな。
赤と黄は……いずれ、少しは手を出せるかもしれない。
だが、まずは黒で信頼を積む」
フランチェスカは嬉しそうに頷いた。
「あなたなら、きっとできます」
その言葉に、俺は静かに息を吐いた。
黒を作るだけなら簡単だ。
だが、ギルドに認められる黒を作るには――
工夫と、積み重ねが必要だ。
そして今日、
その積み重ねが“仕事”になった。




