第18話 物足りない磁力と積み重ねの黒
鍛冶屋から銅線と鉄芯を受け取った翌朝。
俺は小さな作業場に籠もっていた。
机の上には、昨日手に入れた銅線と鉄芯。
そして、顔料を練るためにいつも使っている膠の小瓶。
「……まずは絶縁だな」
銅線をそのまま鉄芯に巻けば、触れた部分で力が逃げる。
紙や布を巻きたいところだが、そんな贅沢はできない。
「膠だけで……なんとかするか」
膠は乾くとガラス質になり、電気を通しにくい。
完璧ではないが、当座を凌ぐには十分だ。
俺は膠を湯で温め、筆で鉄芯に薄く塗った。
膠の独特の匂いが、作業場にふわりと広がる。
乾いたのを確かめてから、銅線を丁寧に巻きつける。
巻き終えたら、上からさらに膠を薄く塗って固定する。
「……よし」
最低限の絶縁層ができた。
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次は電源だ。
小皿に酢と塩を混ぜ、銅板と鉄釘を差し込む。
じわりと泡が立つ。
「これで……いけるはずだ」
銅線の端を電源につなぎ、
鉄芯を黒い砂へ近づける。
「……どうだ」
砂が――
ふわりと、わずかに寄った。
「……動いたな」
俺は静かに呟いた。
フランチェスカが息を呑む。
「本当に……動きました……!」
「まあ、動くには動くが……弱いな」
俺は鉄芯を見下ろした。
磁力は確かに発生している。
だが、俺の感覚では“足りない”。
「選別はできる。
だが効率が悪い。もっと巻き数を増やしたいところだ」
「まきすう……?」
「それと、絶縁も膠だけじゃ限界がある。
本当は紙か布を巻きたいが……今の生活じゃ無理だな」
フランチェスカは少し申し訳なさそうに俯いた。
「……ごめんなさい。私、何も……」
「いや、違う。
今はこれで十分だ。膠だけでここまで動けば上出来だ」
俺は砂鉄が寄った跡を指でなぞった。
「生活が安定したら、もっと強い電磁石を作る。
そのためにも……まずはギルドに認められないとな」
フランチェスカは顔を上げ、嬉しそうに微笑んだ。
「あなたなら、きっとできます」
その言葉に、俺は深く頷いた。
黒を作るだけなら簡単だ。
だが、ギルドに認められる黒を作るには――
工夫と、積み重ねが必要だ。
膠の匂いがまだ残る作業場で、
俺は小さな成功と、確かな物足りなさを噛みしめた。
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翌日。
俺は作業場に黒い砂を山のように広げていた。
昨日の試作で、砂鉄がわずかに動いた。
あれだけでも“選別”には使える。
問題は――量だ。
「……弱い磁力でも、やり方次第だな」
鉄芯に巻いた銅線は、膠で固めただけの簡素なもの。
電源も酢と塩の即席電池。
強力な磁力は望めない。
だが、砂鉄は軽い。
そして、砂鉄だけが“反応する”。
弱い磁力でも、繰り返せば選別できる。
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フランチェスカが桶を抱えてやってきた。
「お待たせしました。水、汲んできました」
「助かる。洗いながら選別する」
「洗うんですか?」
「砂を湿らせた方が、砂鉄がまとまりやすい」
乾いた砂は散る。
湿った砂は、砂鉄だけが“筋”になって動く。
俺は桶の水を少しずつ砂にかけ、手で混ぜた。
「じゃあ、やってみるか」
電磁石を電源につなぎ、黒い砂に近づける。
砂鉄が――
すう、と細い筋になって寄ってくる。
昨日よりもはっきりしている。
フランチェスカが目を丸くした。
「……すごい。こんなに動くんですね」
「湿らせたのが効いたな。
弱い磁力でも、条件を整えれば十分だ」
俺は寄ってきた砂鉄を木皿に落とし、
また砂に電磁石を近づける。
寄る。
落とす。
寄る。
落とす。
単純だが、確実に“黒の材料”が集まっていく。
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「……大変な作業ですね」
フランチェスカが、俺の横でそっと言った。
「まあな。だが、今はこれしかない」
「もっと強い磁力があれば……」
「紙や布で絶縁できれば、巻き数を増やせる。
電源も、もっと強いものを作れる」
俺は淡々と答えた。
「だが、今は金がない。
膠だけで絶縁して、酢電池で動かすのが限界だ」
フランチェスカは少し寂しそうに俯いたが、
すぐに顔を上げた。
「でも……あなたなら、きっともっと良いものを作れます」
「そうだな。
生活が安定したら、改良するさ」
俺は砂鉄の山を見下ろした。
「今は――ギルドに認められる黒を作るのが先だ」
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夕方になる頃には、
木皿の上に“選り分けた黒”が小山になっていた。
フランチェスカが瓶を並べる。
「これで……十瓶、いけそうです」
「十分だ。
あとは乾かして、膠で練って、瓶に詰める」
俺は黒い粉を指先でつまんだ。
粒が揃っている。
色むらもない。
弱い磁力でも、工夫すればここまでできる。
「……よし」
フランチェスカが嬉しそうに笑う。
「ギルドに、持っていくんですね」
「ああ。
これで、ようやく“仕事”になる」
黒を作るだけなら簡単だ。
だが、ギルドに認められる黒を作るには――
工夫と、積み重ねが必要だ。
その積み重ねが、ようやく形になった。




