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第17話 鍛冶屋の火花

 修道院の倉庫で古い燭台を手に入れた翌朝。

 俺はそれを布に包み、街の鍛冶屋へ向かった。


 朝の通りはまだ静かで、パン屋の煙突から白い煙が上がっている。

 フランチェスカは修道院の門の前で立ち止まり、少し不安そうに俺を見上げた。


「……本当に、一人で大丈夫ですか?」


「鍛冶屋は男の仕事場だ。中に入るのは危ない。ここで待っていてくれ」


「はい……気をつけてくださいね」


 彼女の声に背中を押されるように、俺は鍛冶屋へ向かった。


 ---


 鍛冶屋の店は街の外れにあった。

 近づくにつれ、鉄を打つ音が響いてくる。


 ガン、ガン、ガン――

 規則的で、力強い音だ。


 扉を開けると、熱気が押し寄せた。

 炉の前で大柄な男が鉄を打っている。腕は太く、煤で黒く汚れていた。


「客か?」


 男が鉄槌を止め、こちらを振り向いた。


「銅を細く伸ばしてほしい。線にしたいんだ」


 俺は布を解き、燭台を見せた。


 鍛冶屋は眉をひそめ、燭台を手に取る。


「……線に? 珍しい注文だな。銅線なんぞ、普通は宝飾師の仕事だぞ」


「わかっている。だが、必要なんだ」


 鍛冶屋は燭台を指で弾き、音を確かめる。


「悪くない銅だ。だが、線引きは手間がかかる。工賃は安くないぞ」


「材料は持ち込んだ。工賃だけで頼みたい」


 鍛冶屋は俺をじっと見た。値踏みするような視線だ。


「……何に使う?」


「工夫だよ。黒い砂を選り分けるためのな」


 鍛冶屋の目がわずかに細くなった。


「黒い砂……鉄の多いやつか?」


「そうだ」


「ほう。あれを選り分ける方法なんぞ、聞いたことがねぇ」


「俺もだ。だから工夫する」


 鍛冶屋はしばらく黙り、やがてニヤリと笑った。


「気に入った。そういう“わからねぇものを何とかしようとする奴”は嫌いじゃねぇ」


 そう言うと、燭台を炉の横に置いた。


「工賃は半分でいい。材料持ち込みなら、それで十分だ」


「助かる」


「ただし――」


 鍛冶屋は指を一本立てた。


「線引きは時間がかかる。明日の夕方に取りに来い」


「わかった」


「それと……」


 鍛冶屋は俺の手を見た。


「お前、職人の手だな。ただの素人じゃねぇ。何者だ?」


「ただの流れ者だよ」


 鍛冶屋は笑った。


「まあいい。だが、腕のいい奴は歓迎だ。また何かあれば来い」


 その言葉は、ただの社交辞令ではなかった。

 鍛冶屋の目は、確かに俺を“職人”として見ていた。


 ---


 修道院へ戻ると、フランチェスカが門の前で待っていた。


「どうでしたか?」


「うまくいった。明日の夕方に受け取れる」


「よかった……!」


 彼女は胸に手を当て、ほっと息をついた。


「鍛冶屋さん、怖くなかったですか?」


「まあ、迫力はあったな」


「でも、あなたなら大丈夫だと思っていました」


 その言葉に、思わず笑ってしまった。


「ありがとう。これで電磁石の準備が整う」


「でんじ……?」


「黒い砂を選り分けるための工夫だよ」


 フランチェスカはよくわからないまま頷いた。


 俺は空を見上げた。

 明日は銅線が手に入る。そこからが本番だ。


 ---


 翌日の夕方。

 鍛冶屋の炉からは、昨日と同じ力強い音が響いていた。


 ガン、ガン、ガン――

 鉄を打つ音は、街のざわめきよりもずっと落ち着く。


 俺は包みを抱え、鍛冶屋の扉を押し開けた。


「来たか」


 大柄な鍛冶屋が、炉の前から振り向いた。

 昨日よりも少しだけ柔らかい表情をしている。


「銅線はできてる。ほらよ」


 鍛冶屋は作業台の上に、細く伸ばされた銅線を置いた。

 均一で、滑らかで、まさに理想的な仕上がりだ。


「……見事だな」


「当たり前だ。俺は手を抜かねぇ」


 鍛冶屋は鼻を鳴らしたが、どこか誇らしげだった。


「工賃は半分でいいと言ったが……」


 俺は包みから金を取り出し、満額を差し出した。


 鍛冶屋の手が止まった。


「……おい。言ったよな? 半分でいいって」


「手間に見合う対価は払うべきだ。

 それに、銅線は完璧だ。安く済ませる気はない」


 鍛冶屋はしばらく俺を見つめ、

 やがて、ふっと笑った。


「……変わった奴だな、お前は」


 その声には、昨日にはなかった温度があった。


「気に入った。こういう誠実な客は、滅多にいねぇ」


 鍛冶屋は炉の横に転がっていた鉄の棒を一本拾い上げた。

 細く、真っ直ぐで、電磁石の芯にちょうどいい。


「これも持ってけ。端材だが、お前なら使い道があるんだろ?」


「……いいのか?」


「金を余分に払ったんだ。

 こっちも何か返さねぇと気が済まねぇ」


 鍛冶屋は照れ隠しのように言った。


「それに――」


 鉄槌を肩に担ぎ、ニヤリと笑う。


「お前が何を作るのか、ちょっと興味が出てきた」


 その言葉は、ただの社交辞令ではなかった。

 職人が職人を認めたときの、あの独特の響きがあった。


「ありがとう。必ず役に立てる」


 俺は深く頭を下げ、銅線と鉄芯を抱えて鍛冶屋を後にした。


 ---


 修道院の門の前では、フランチェスカが待っていた。


「どうでしたか?」


「うまくいった。銅線も、鉄芯も手に入った」


「鉄……しん?」


「黒い砂を選り分けるための、大事な部品だ」


 フランチェスカはよくわからないまま頷いたが、

 すぐに嬉しそうに笑った。


「よかった……!

 鍛冶屋さん、怖くなかったですか?」


「まあ、迫力はあったな。

 でも、悪い人じゃない」


「あなたが誠実だからですよ。

 きっと、伝わったんです」


 その言葉に、胸の奥が少し温かくなる。


「さて……これで準備は整った」


 俺は銅線と鉄芯を見下ろした。


 黒を作るだけなら簡単だ。

 だが、ギルドに認められる黒を作るには――

 技術と工夫が必要だ。


 そのための材料が、ようやく揃った。


 次は、電磁石を作る番だ。

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