その29の1「レグと傷痕」
村からそれなりの距離を取ったころ。
北西に向かっていたトールたちの前に、ルキナたちが姿を見せた。
ルキナたちは、レグの後輩の冒険者だ。
ルキナは名声を高めていたレグをライバル視して、何かとつっかかってきていた。
今回もレグに負けるまいと、邪龍討伐に名乗りを上げてきたらしい。
「これは……?」
先輩たちが弱りきっているのを見て、ルキナは目を見開いた。
「みんなを港まで避難させる。
きみたちも逃げたほうが良い」
トールから見て、ルキナはレグよりも弱い。
彼女たちでも邪龍は倒せないだろうと判断した。
ルキナは実際の邪龍の恐ろしさを知らない。
弱腰な発言をするトールに、納得がいかない顔を見せた。
「逃げるって……待ってください。リカールさんは?」
「ぼくたちを逃がすために、一人で邪龍の前に残った」
「見殺しにしたんですか……?」
「他にどうしろって言うんだ!」
「……行こうみんな。
手柄を奪われるわけにはいかない」
ルキナは真剣な顔になり、トールとすれ違って先へ進んだ。
「手柄ってきみたち……!」
そんなことを言っている場合か。
トールはルキナを呼び止めようとしたが、言って止まる勢いではなかった。
ルキナたちはすぐ、トールの視界から姿を消した。
その場に残されたトールは、自分に言い聞かせるように、こう呟いた。
「無理なんだよ……アレは……」
……。
(あなたは私が倒すんですから……。
こんなところで勝手に死なないでくださいよ……!)
内心で焦りながら、ルキナはひたすらに走った。
ルキナの気持ちを知っている仲間たちは、彼女に文句を言うこともない。
遅れないように必死で、ルキナの後についていった。
やがて一行は、半壊した村にたどり着いた。
レグと邪龍の姿が、ルキナの瞳に映った。
「リカールさん!」
邪龍がレグに向かって、大きく口を開けていた。
ブレスの構えだ。
レグは跳躍し、ブレスを回避しようとした。
邪龍が頭を動かした。
口から吐き出された闇が、レグを追った。
「っぐあああああああああぁぁぁぁぁぁっ!」
レグはブレスから逃げ切ることはできなかった。
恐るべき闇のブレスが、容赦なくレグの下半身を吹き飛ばした。
残った体も闇に焼かれ、股下の全てを失い、レグは墜落した。
「っ……!」
ルキナは思わず、レグに駆け寄ろうとした。
それをムクが呼び止めた。
「待ってルキナ。死人に構ってる余裕はない」
レグを倒した邪龍の瞳が、ルキナたちに向けられていた。
「っ……」
ルキナは寒気を感じ、冷や汗を流した。
(これが邪龍……?
今までに会った大魔獣とはぜんぜん違うじゃないか……!)
ルキナのパーティは、すでに何度も大魔獣を倒している。
だから邪龍だって倒せると思った。なのに。
ほんの一睨みで、相手は別格の存在なのだと、理解させられてしまった。
ルキナは怖気づき、戦意を失いそうになった。
そのとき。
ぽたぽたと、邪龍から地面へと、何かが垂れた。
(血……?)
想定外の情報が、ルキナを少し冷静にさせた。
彼女は恐怖を噛み殺し、邪龍を観察した。
(怪我をしてる。大怪我だ。ツノまで折れてる。
先輩がこれをやったんだ……!)
圧倒的だと思っていた敵は、じつは手負いだった。
その事実に気付いたルキナは、仲間たちに号令をかけた。
「敵は負傷してる!
しとめるなら今しかない! 行くよ!」
前衛として、そしてリーダーとして、ルキナは率先して前に出た。
彼女の勇姿に突き動かされ、仲間たちも動き出した。
ルキナを含めた前衛が、邪龍に攻撃をしかけた。
鋭い斬撃が、龍の表層を裂いた。
だが邪龍には、怯んだ様子は見られなかった。
邪龍の頭部が、ルキナの仲間を打って吹き飛ばした。
即座に治癒術師が、傷ついた仲間のフォローに入った。
「効いてない……?
ムク……! ありったけのをお願い……!」
「了解」
魔術師のムクが、大規模魔法陣を展開した。
大型の魔術を用い、一気に邪龍を討ち果たす算段だ。
集中が必要な分、ムクの隙が大きくなる。
……機を逃すわけにはいかない。
ムクに攻撃が行かないように、ルキナたちは果敢に攻めた。
邪龍の攻撃に傷つきながら、何度でも立ち上がり、剣を振るう。
やがてムクの魔術が練り上がった。
「行ける」
ムクの合図を受けて、ルキナが号令を下した。
「前衛退避!」
前衛が左右に別れ、ムクの射線を開けた。
すでに彼女の杖先は、邪龍へと向けられていた。
射線が開いてすぐに、ムクが光の大砲をはなった。
だが、必殺の気配を感じ取ったのか。
魔術がはなたれる直前に、邪龍は機敏に跳躍していた。
「外した……」
翼をはばたかせる邪龍を見て、ムクの眉根が歪んだ。
邪龍はさらに高度を上げ、そして……。
「逃げた……?」
強大なはずの邪龍は、ルキナたちに背を向け、遠くへと飛び去っていく。
ルキナたちの機動力では、あれに追いつくのは困難だろう。
負けではないが、勝ったとも言い難い。
戦いの結末は、苦味に満ちていた。
「そうだ……! リカールさんは……!?」
レグのことを思い出し、ルキナは彼のほうへ向かった。
「リカールさん……!」
下半身を失ったレグが、痛ましく地面に倒れていた。
ルキナはレグを抱き上げて、彼に声をかけた。
「しっかりしてください……!」
レグからの返事はなかった。
治療をしなくては。
ルキナはポケットから、回復ポーションを取り出した。
そして強引なやりかたで、薬をレグの口に流し込んでいった。




