その29の2
「ぁ……」
ポーションの効果があったのか。
レグが声を漏らした。
「痛い……痛いよ……
誰か……誰か助けて……カレン……」
はっきりと意識が戻ったわけではないらしい。
レグは朦朧と助けを呼んだ。
「だいじょうぶです」
初めて見る弱々しい先輩の体を、ルキナは強く抱き締めた。
「もうだいじょうぶですから……」
……。
過去を思い返したルキナは、俯いてこう呟いた。
「また私を同じ気持ちにさせるつもりですか……?」
……。
標高3000メートルを超える山の、山頂付近。
やや開けた場所に、黒い龍の巨体があった。
龍の頭の左右には、ツノが見える。
向かって右側のツノは、何かに叩き折られたかのように欠けていた。
「よう」
静けさを、男の声が乱した。
全身鎧の男が、邪龍の前に立っていた。
その鎧が最新の魔導器であることなど、龍は知るよしもないだろう。
レグはフルフェイスの兜を外し、龍に薄っぺらい笑みを向けた。
邪龍の瞳孔が、きゅっと縮まった。
「俺のこと覚えてるか?
まあ覚えてないよな。
偉大なる邪龍サマが、
ツノを一本へし折っただけの人間のことなんてよ」
邪龍はレグを睨み、そして吠えた。
大気が震えた。
龍の戦意を受けたレグは、兜を装着しなおした。
「なんか嫌なことでもあったのか?
そう怖い顔すんなよ。
これからもっと怖い目に遭うんだからよ」
レグは『収納』スキルを発動した。
そして腰に魔剣を取り付けると、鞘から抜きはなった。
「地獄行きだ。テメェは」
滑らかな動きで、剣先が龍へと向けられた。
レグは地面を蹴り、龍との距離を詰めた。
龍の体に力が入る。
戦闘が始まった。
レグは素早く動き、邪龍へと斬りかかって行く。
だが対する邪龍も、巨体に似合わぬ機敏さを見せた。
小回りが効くレグが、機動性では有利……とはいかないようだ。
レグの攻撃は、なかなか有効打を与えることができない。
激しい攻防の中で、ついにレグが隙を見せた。
そこへ邪龍が、頭突きを叩き込んだ。
「ぐうっ……!」
軽く吹き飛ばされたレグは、すぐに体勢を立て直した。
防具のおかげもあり、致命打は受けなかった。
まだまだやれる。
兜の下から、レグは邪龍に話しかけた。
「俺の知り合いがさ……国王サマになるかもしれないんだと。
どんな気分かな?
一国の王になるってのはさ。
いろいろめんどくさい事もあるのかもな。
けど……きっと寂しくはない。そうだよな?」
戦いは続いた。
劣勢だなと、レグは思った。
(うまく行かねぇ……。
向こうが強くなったか?
いや……明らかにこっちが動けてねぇ。
ブランクのせいか?
勘が鈍ったのか?
それにしても、このエクストラマキナってやつは、
冒険者を強くするんじゃなかったのかよ?)
前に邪龍と戦ったとき、レグは生身だった。
それでも敵に手傷を負わせ、大事なツノまでへし折ってやった。
今のレグは、最新式の兵器を手にしている。
前よりも強くなった。
そのはずなのに。
大したダメージも与えられないまま、レグはさらに吹き飛ばされた。
レグはすぐに立ち上がった。
ダメージは軽くはない。
体中に激痛が走っている。
こちらは以前の半分の痛手も、相手に与えられてはいないのに。
「クソが……」
(最新兵器ってのは、この程度か?
ここまでか? 俺は。
ツノのもう一本くらいはヘシ折ろうと思って来たのによぉ)
「なんでチカラがでねぇんだよ……テメェは……」
よろめくレグに、邪龍のかぎ爪が向かった。
避けなくてはならない。
防がなくてはならない。
まだやれる。
やれるはずなんだ。
それなのに、レグの体はぐったりとして、敵に立ち向かってはくれなかった。
(死ぬのか……。
こんな誰も居ない山で……誰にも看取られずに……俺は……)
「ひとりぼっちだ……」
兜の下で、レグは泣きそうになった。
「みゃああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!」
黒い影が飛び出してきた。
黒猫が邪龍の前脚に、ねこタックルを仕掛けた。
レグへの攻撃が逸れた。
龍の脚が地面を叩いた。
周囲に石が撒き散らされた。
レグは龍から距離を取り、驚いて猫を見た。
「カゲトラ……!? それに……」
「レグ……!」
カゲトラの鞍には、怒り顔のアムの姿があった。
レグは思わずアムを睨みつけた。
「何のつもりだクソガキ……! 死ぬ気か……!?」
「たいせつな人を死なせるくらいなら……」
「バカ! 避けろ!」
人間同士のやり取りなど、邪龍は待ってはくれない。
龍の牙がカゲトラたちに向かった。
「みゃっ!?」
カゲトラは慌てて跳躍し、邪龍の攻撃を回避した。
レグは前に出て、邪龍との攻防を再開した。
アムが再び口を開いた。
「大切な人を死なせるくらいなら、
一緒に死んだほうがマシです……!」
(何だよ……?
突き放してやったのによ……。
突き放したら遠ざかる。
それが普通じゃないのかよ。
何だってんだよこのクソガキは……)
「……重い女」
「重くちゃいけませんか……!?」
「良いけどさ、猫を巻き込むんじゃねえよ。っと」
邪龍の前脚がレグに向かった。
妙に体が軽い。
レグは攻撃を軽々と回避して、反撃を入れた。
今までにない斬撃が、龍の鱗を裂いた。
龍の体から血が舞って、地面へと落ちた。
「カゲトラだって同じ気持ちのはずです。
そうですよね?」
「みゃっ!? にゃ…………にゃあ!」
「ほら、カゲトラもこう言っています」
「バイリンガルなのは良いことだが。
足手まといだ。引っ込んでろ」
「見ているだけなんて出来ません……!
何かさせてください……!」




