その28の1「レグと新型」
(私と同じ……?)
アムは体を動かせず、まともに排便もできない。
だからといって、それに困ったことはない。
進歩した現代の魔導器は、排泄物すら処理してくれるようになった。
適切な場所に魔導器を仕込んでおけば、かってに何とかしてくれる。
排便のことで周囲に迷惑をかけることはなくなる。
便利だ。
技術の進歩、万々歳だ。
……それでも不安になってしまう。
処理がうまくいかなくて、糞尿の臭いを撒き散らしたりはしないのか。
恐ろしくなって、香水をつける。
最初は薄い香水をつけるが、やがて不安になる。
こんな薄い香りでは、悪臭をごまかしきれないのではないか。
被害妄想に駆られ、濃い香水をつけるようになる。
魔導器に排便を頼る者にはよくある、ありふれた被害妄想だ。
……まさかレグもそうだったなんて。
「あの日から、俺は男じゃなくなった。
そんな俺に、女を愛するなんて無理だ。
……わかってくれたか?」
「たとえ怪我をしていても、
レグはそこいらの男より、ずっと格好良いです。
男じゃないなんて思いません」
「ありがとよ。けどダメだ。
他でもない俺自身が、
自分を男だって思えない。
自分が生きてるとも思ってない。
ただ死んでないだけだ。
おまえが俺を好きになってくれても、
自分のことが好きになれない俺は、
誰かのことも愛せない。
だから、無理なんだ。ごめん」
格好を整えると、レグは部屋から出て行った。
愛を育むはずだった部屋に、アムは一人で残された。
アムがぼんやりとしていると、ドアが開く音が聞こえた。
ひょっとして、レグが帰ってきたのだろうか。
わずかな期待と共に、アムは車椅子を動かした。
出入り口のドアの近くに、老メイドが立っているのが見えた。
「お迎えにあがりました」
粛々たる様子で、レイスがそう言った。
「レイ……どうしてここに?」
「リカールさまから連絡がありました」
アム一人では、猫に乗ることもできない。
レグはそんなアムを放置するような無責任な男ではない。
家から迎えが来るのは当然のことか。
「あなたは……彼の体のことを知っていたのですか?」
「……はい。
彼は女性に手を出せないから安心だと。
ハリケーンさまから素性の説明を受けていました」
……なるほど。
レイスは初期の段階から、レグを信用していたように見えた。
初対面のあらくれが、たいせつな主人を毒牙にかけるのではないか。
そんな恐れや警戒は、彼女には微塵も見られなかった。
最初から、レグを男として見ていなかったのか。
たとえアムが恋に落ちても、決して結ばれることはない。
だから彼を警戒することもなかった。
父ジャバックですら、レグに対して無防備だった。
……そういうことだったのか。
「知らなかったのは私だけということですか。
一人で浮かれて、
彼を傷つけてしまいました。
明日から……彼とどう向き合えば良いのか……」
恋に破れても、レグとの関係は続く。
またいつものようにレグと話せるだろうか。
難しいかもしれないと、アムは思った。だが……。
「アムさま。
リカールさまとの契約は、今日かぎりとなります。
明日以降、リカールさまが
ドライバーを務めることはありません」
「っ……!?」
レグがドライバーを辞める?
明日から? いきなり?
突然のレイスの言葉に、アムは顔色を変えた。
「私が想いを告げたからですか……?」
「いいえ。彼が去ることは、
ずっと前から決まっていたことなのです」
「どういうことですか」
「邪龍が来ました。
アンレイドラが来ました。
リカールさまから全てを奪った、憎い仇が。
彼と邪龍の戦いをバックアップする。
それが我々が彼に支払う
仕事の報酬なのです」
「レグが邪龍討伐のパーティに……?」
国を代表する特級冒険者、ルキナ=レイガルルが、邪龍アンレイドラを討つ。
そのための準備が進められていたことを、アムは知っている。
しかしレグは、その件とは無関係だと言っていた気がするのだが……?
「彼は、討伐隊が邪龍に接触するより前に、
一人で決着をつけるおつもりです」
「国が手を焼く大魔獣と一人で……?
何か作戦があるのですか?」
一人で大魔獣を倒すなんて、ただごとではない。
よっぽど優れた作戦でもなければ、とうてい不可能なように思われるが……。
「……彼は全てのことに、決着をつけようとしています」
レイスの顔色を見て、アムは全てを察した。
「っ! レグを見殺しにするつもりですか!?」
自分が生きている気がしないと、レグは確かにそう言った。
今のレグにとっては、自分自身の命ですら、べつに大したものでもないのだ。
……。
アムをホテルに残して、レグは帰り道を歩いた。
途中でレイスに連絡を入れて、長い道をぶらぶらと歩いた。
アムのことは嫌いではなかった。
抱いてやることはできないが、好意は持っていたと言っても良い。
そんな彼女を、冷たく突き放してしまった。
振るにしても、もっと良いやりかたが有ったのかもしれない。
どうするのが正解だったのか。
今のレグにはわからなかった。
ひょっとすると、死ぬ前の心の叫びを、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
大の男がそんな自己満足に、年下の少女を巻き込んだのか。
だとしたら、救えない話だ。




