その26の1「アムと恋心」
「いや。俺とエナンカじゃ役割が違うから、
代わりにはなれないし」
おそらくエランは、斥候に適した天職を持っていたはずだ。
レグは純粋な前衛職であり、斥候の技能は持っていない。
どれだけレグが強くても、エランの代役をこなすことはできない。
「どうしようもないのであれば、悩んでも仕方がないでしょう」
「そうだなぁ……。まあ、なんとかなるか」
「そう願いましょう」
「んで、聞くけどさ、
結局おまえ、何をあんなに怒ってたんだ?」
「……くだらないことです」
滑らかだったアムの舌が、動きを鈍らせた。
「つまり?」
「話すような価値もないようなことですよ」
「いいから聞かせろよ」
アムが殺されそうになったのは、彼女が機嫌を損ねたのが発端だ。
まあ、首謀者を暴けたのだから、結果オーライと言えなくもないが。
とにかく、事の原因がわからないのでは、なんとも据わりが悪い。
ちょっと強引にでも、レグはアムの気持ちを聞き出したいと思っていた。
「ほんとうにくだらない話なんです。
話を聞いて笑ったら、死んでくれますか?」
「死なんけど、笑わんように努力はするよ」
「……嫉妬です」
ものすごく言いづらそうに、搾り出すように、アムはそう言った。
一文で語られても、レグには何が何やらわからなかった。
それで間の抜けた顔で、ぽかんと疑問符を浮かべた。
「は?」
アムは赤い顔で、再び言葉を搾り出した。
「ですから……ただの嫉妬だったんですよ……!」
「どういう嫉妬? 意味がわからん」
レグが戸惑い続けていると、アムは怒ったようにこう続けた。
「首飾りのことです……!
あなたがカレンさんの首飾りを手放そうとしないから……!
あなたにとっては
私よりカレンさんのほうが大事なんだって思ったから……!
どうしてわからないんですか……!?」
レグは片手を手綱から離し、その手を胸元へと引いた。
そして首飾りに触ってこう言った。
「こいつか?
俺がこいつを手放さないのは、
カレンの贈り物だからじゃないぞ」
「えっ……? だったら……どうして……?」
「怖いからだよ。
こいつはただのアクセサリじゃない。防具なんだ。
闇の魔力から持ち主を守ってくれる。
魔獣に負けた俺の命を、ギリギリで救ってくれたものだ。
俺はこいつがないと、怖くて夜も眠れない。
べつにカレンに未練があってつけてるわけじゃねぇよ」
「ないんですか? 未練」
「ないとは言わんが、
結婚したあいつと寄りを戻そうとは思わん。
もう終わったんだ。俺とあいつのことは」
「ふ~ん……? そうですか」
レグの話に納得できたのか。
アムの表情が落ち着いてきた。
やがてレグたちは、オーウェイル邸へとたどり着いた。
猫小屋で、車椅子に座ったアムに、レグがこう尋ねた。
「あんなことがあったわけだが……明日はどうする?
普通に学校に行くのか?」
色々とあったアムは、家から出ることに警戒心を見せるかもしれない。
レグはそう考えたが、アムに物怖じした様子はなかった。
「そうですね。
主犯のキリーは捕まったわけですから、
そうそう危険な目にも遭わないと思います」
いつもと変わらない様子で、アムは通学の意思を見せた。
「気持ちのほうはどうなんだよ?
弟に狙われてたって知ってよ」
「ショックでしたけど、だいじょうぶです。
そんなに弱くありませんから」
「んじゃ、いつもの時間で良いな?」
「はい。よろしくお願いします」
猫小屋から庭に出たレグは、門を通って街路に出た。
そこで彼は、アムから貰った首飾りを手に取った。
それをしばらく眺めた後、彼は呟いた。
「嫉妬ねぇ。惚れっぽいもんだな。
あの年頃の女ってやつは」
レグは笑った。
……。
レグと別れたアムは、館に入り、自室へと戻った。
それから少しの間を置いて、アムはレイスに話しかけた。
「……レイ」
「何でしょうか?」
「じつは私は……レグのことが好きなようです」
「まあ」
と、レイスは大げさな反応を返した。
「それは気がつきませんでした」
「そうですよね。私も気付いていませんでしたから」
本人にすらわからない心の機微が、他人にわかるはずがない。
よっぽどレアなスキルでも持っていなければ。
レイスの言葉を当然だと思いながら、アムはこう続けた。
「それでですね……次の休みあたりに、
さっそく想いを伝えたいと思うのですが……」
「賛成しかねます」
きっぱりと、突き放すかのように、レイスはそう言った。




