その22の1「登山と霧」
「あいよ」
一応は従っておくかと、レグは早足になった。
「あっ……」
前に出たレグを見て、アムは声を漏らした。
レグとアムの距離がはなれていく。
そのときノーラが、アムの背を軽く叩いた。
「何してるの? 追いかけなよ」
「えっ……」
「さあ、早く早く」
「……レイ。お願いします」
「かしこまりました」
レイスが命令するより前に、カゲトラは前に出た。
後ろから猫が近付いてくる気配に、レッティが気付いた。
「っ……! ついてこないでよ……!」
レッティは足を早めて、アムをまこうとした。
「そんな決まりはありませんから」
アムは微笑を浮かべ、猫にレッティを追いかけさせた。
……。
一行は山頂にたどり着いた。
涼しい時期の登山に選ばれる山は、標高が低いのが普通だ。
道もわかりやすく、苦戦をする要素はなかった。
生徒たちのほとんどは元気だったのだが……。
「はぁ……ひぃ……」
意地を張って猫と張り合ったせいで、レッティが息を切らしていた。
鞍の上で、アムが呆れ顔を見せた。
「はぁ。天職の力を抑えていては、
猫の脚から逃げ切れるわけがないでしょうに」
「あんたが追いかけてくるのが悪いんでしょ!? げほっげほ」
「そんなことよりお昼ごはんにしましょう」
「こいつ……いつかブッ殺す……」
山頂で、昼食を食べることになった。
食事の後は、ひとやすみの時間となった。
休憩時間が終わると、アムたちは下山を開始した。
山を下りながら、アムはレグに話しかけた。
「レグ。疲れてませんか?
乗せてあげても良いですよ」
「べつに。俺よりそっちのお嬢さんを乗せてやれよ」
レグは疲れた様子のレッティに視線をやった。
「嫌ですけど」
「そう。……待て。動くな」
レグは一人だけ、何かに気付いた様子を見せた。
それを見て、レイスが猫を停止させた。
アムは何もわからないまま、鞍の上で視線を動かした。すると。
「レグ……? これは……?」
突然に、霧が姿を見せた。
霧はみるみると、その濃度を増した。
一行の視界は、あっという間に濃霧で閉ざされてしまった。
「妙だ。油断するなよ」
真剣な様子のレグに、レッティがゆるく疑問を向けてきた。
「妙って? 山だったら霧くらい出るんじゃないの?」
「さっきまで、空はからっと晴れてた。
山の天気は変わりやすいって言っても、
こんなに急に霧が出てくるもんじゃない」
「それが何だって言うの?
こんな所でじっとしてらんないわ。
行くわよ。トリーシャ」
レグたちを置いて、レッティは先へ進もうとした。
「っ……! 待て!」
「えっ?」
レグが慌てた様子を見せたので、レッティは脚を止めた。
直後、霧の中からレッティへと、影が迫ってきた。
レグはレッティに手を伸ばし、彼女を抱き寄せた。
そして彼女を庇うように、影に背中を向けた。
影はレグに突進し、彼の背中を強く打った。
「ぐうっ……!」
屈強なはずのレグの体が、突き飛ばされた。
レグは呻き、レッティを抱いたまま倒れた。
彼はすぐに立ち上がり、周囲を警戒しながらレッティに声をかけた。
「怪我はないか……?」
「え、ええ。今のは……?」
「魔獣のように見えましたが」
レイスがそう言うと、レッティが戸惑いを見せた。
「魔獣って、近くにダンジョンもないのに……」
「話は後だ。手枷を外しておけ。
ナーガエールさんはアムをお願いします」
「はい」
レッティとトリーシャが、腕輪を外した。
天職の力が解放され、身体能力が上昇する。
レグの値踏みでは、今回の敵はなかなかの相手だ。
お嬢さまがたに戦力になってもらおうとは思っていない。
とはいえ、自分の身くらいは自分で守って欲しいものだ。
そんなふうに考えながら、レグはスキルを発動させた。
まず魔剣を出現させ、ジャマな鞘は地面に落とした。
さらに盾を出現させて構えた。
そして意識を研ぎ澄まし、周囲を警戒した。
レグが待ち構えていると、霧から脅威が飛び出してきた。
「ぐっ……!」
正体不明の敵の突進を、レグは盾で受け止めた。
続いて反撃を試みたが、相手は素早く霧の向こうに隠れてしまう。
レグの剣は空を斬った。
「すばしっこいやつめ……」
状況を打破できないレグを見て、レッティが焦りを見せた。
「なんとかならないの……!?」
「敵の位置がわかればな……!」
焦っているのはレッティだけではなかった。
霧のせいで、周囲の状況は何もわからない。
下山中の生徒たちが、どこに居るのかもわからない。
うかつに威力のある技をはなてば、彼らを巻き込む危険性がある。
とはいえ、このまま耐えているだけというわけにもいかない。
何かしなくては。何か……。
「リカールさま」
落ち着いた様子で、レイスが口を開いた。
「ナーガエールさん……?」




