その21の1「カヤックと勝負」
(人の気も知らないで……)
アムはツンとレグを睨んだが、レグは気付かなかった。
レイスがアムをカヤックに運び、ベルトで体を固定していった。
その隣に、トリーシャがレッティのカヤックを浮かべた。
レグがアムに、トリーシャがレッティに、舟のパドルを手渡した。
アムとレッティが、同時にパドルを構えた。
「それじゃ、よーいドン」
レグがスタートの合図をした。
二人はカヤックを漕ぎはじめた。
レグたちは川沿いを進み、カヤックを追いかけることになった。
身体能力に優れたレグであれば、小舟を追うくらいはどうということもない。
余裕を持ってアムたちの様子を観察することができた。
レグの目には、アムの動きはぎこちなく見えた。
一方で、レッティのパドル使いは、それなりにサマになっていた。
見栄えの差は、両者の速度の差となって現れた。
「その程度なの? オーウェイル」
先行したレッティが、振り返ってアムを煽った。
アムは表情に焦りを滲ませて、レッティにこう尋ねた。
「っ……! あなたほんとうに始めてなのですか……!?」
するとレッティは、ニヤァと意地悪な笑みを浮かべた。
「あれぇ? 初めてだなんて言った覚えはないけど?」
「な……!?」
「勝負の前に特訓をするのは、
ヒリング家の者として当然のことよ!
あーはっはっはっ!」
アムの悔しがる顔を見て満足したのか。
レッティはカヤックに集中し、アムとの距離を突き放してくる。
(やられました……!
このまま負けるわけにはいきません……!
なんとか速度を上げないと……!)
もっと強く漕ごうと、アムはガントレットに力を入れた。そのとき。
「あっ……」
パドルが折れた。
スピードを出そうとして、力を籠めすぎてしまったようだ。
これではもうどうしようもない。
アムはがっくりと動きを止めた。その直後。
「アム!」
ざばんと。
レグが川に飛び込んで、アムの隣にやってきた。
レグの予想外の行動を、アムは驚いて見た。
「何をしているのですか……!?
びしょ濡れですよ……!?」
「べつに乾かせば良いし。それより……」
レグは折れたパドルを手に取り、スキルで『収納』した。
そして予備のパドルを取り出してアムに差し出した。
「ほれ。行って来い」
アムはパドルを受け取らず、力なく前を見た。
「……たくさん差をつけられてしまいました。
もう勝てませんよ」
レッティはどんどんと先に進み、もう視界の外だ。
これからどう頑張っても、勝てる見込みはないように思われた。
だがレグは、アムの諦めを良しとはしなかった。
「勝ち目が薄いからって、途中で走るのを止めてたら、
次の勝負でも勝てなくなるぞ。
次の勝ちのために、いま走れ」
「っ……行けば良いんでしょう!」
もうどうにでもなれといった顔で、アムはパドルを手に取った。
アムが前進を始めたのを見ると、レグは陸地に戻った。
そして同行していたレイスにこう頼んだ。
「あの乾かすやつお願いします」
……。
アムは手を抜かず、全力でレッティを猛追した。
すると自分でも驚くほどのスピードが出た。
だがそれで逆転できるほど、両者の差は小さくはなかった。
アムの瞳に、ゴールにたどりつくレッティの姿が映った。
負けを悟った後も、アムはカヤックを漕ぎ続けた。
「……負けました」
ゴールに着いたアムは、追いついてきていたレグにそう言った。
「おう。お疲れ」
レイスがアムをカヤックから降ろし、猫の鞍に運んだ。
そこへレッティが近付いてきた。
「私の勝ちね。オーウェイル」
「……そうですね」
「それじゃあこの召使いはもらっていくわ」
「お手柔らかに」
レグは平静にそう言った。
「貸すだけですからね。返してくださいよ」
レッティはアムの言葉は無視して、楽しげにレグを眺めた。
「それじゃあどうしようかしら。貧相な召使い」
「レグだけど」
「まずは召使いらしく……うちわで私を扇いでもらおうかしら」
「うちわ……有ったかな?」
「どうぞ」
トリーシャがそう言って、うちわを手渡してきた。
「どうも。……けど良いのか?」
「何よ?」
「今日けっこう涼しいけど」
レグは猛烈にレッティを扇いだ。
「寒っ!?」




