その20の2
レグはとりあえず、雑に手つきを変えてみることにした。
そのとき。前の背もたれの上から、ニュッとノーラの顔が生えた。
「…………」
「…………」
赤くなったアムの顔が、ノーラへと向けられた。
ノーラはニヨニヨとアムを見た。
しばらくすると満足したのか。
シュッと引っ込んで、アムの視界から姿を消した。
「……もういいです」
アムは気まずそうに、レグにそう言った。
「そうか」
……。
しばらく通りを走ると、車は都心部の外に出た。
風景に含まれる木々の割合が、徐々に多くなっていった。
やがて車は、川近くのキャンプ場へとたどり着いた。
猫車が停車すると、生徒たちは外へと出ていく。
レグは窓から外を見た。
すると近くにレイスの姿を発見したので、レグは彼女がやって来るのを待った。
レイスに運ばれて、アムは車から出た。
それから生徒たちは、教師の引率で移動することになった。
キャンプ場にはコテージがあり、一行はそこに荷物を置いた。
そして昼食を済ませた後、皆で川に沿って歩いていった。
車椅子で進むには、ちょっと険しい道だ。
アムは黒猫に乗って移動することになった。
少し進むと、カヤックを扱う施設へと辿りついた。
生徒たちはそこの職員から、カヤックに乗る際の注意点を聞かされた。
次に生徒たちは、用意されたカヤックを川へと運んだ。
最初の班がカヤックに乗り込み、川下りに出発した。
アムたちの出番が近付いてくる。
「レグ……」
少し不安そうに、アムはレグを見た。
「任せとけ」
レグはスキルを発動した。
すると布に包まれたカヤックが、レグの眼前に出現した。
レグはバッと布を取り払った。
その威勢の良さに、周囲の注目が集まった。
「やるな。一等貴族ともなると、カヤックも自前なのか」
「凄いツヤツヤしてる。職人技ってやつだよきっと」
「俺も自分だけのやつ買ってもらおうかな」
「ぐぬぬ……」
レッティが悔しそうな顔で、アムに近付いてきた。
そしてアムを指さして、口を開いた。
「よくもやってくれたわね……! オーウェイル……!」
やってくれたもなにも。
自分はただ座っていただけのはずだが。
アムはきょとんとした顔を、レッティに向けた。
「私なにかやっちゃいました?」
「こうなったら私と勝負しなさい!」
「なぜ……?」
「ヒリングとオーウェイルが決着をつけることに、
理由なんて必要ないわ」
「えぇ……」
「怖気づいたのかしら?
そんなに立派なカヤックを用意してもらっておいて」
「おもしろそうだ。やってやれよ」
レグが楽しげに口を挟んだ。
「しかし……この体で勝てるでしょうか……?」
「やってみなきゃわからねえだろ」
「……わかりました。勝負しましょう」
レグに後押しされたアムは、小さな決意を見せた。
「合意とみてよろしいかしら?」
「はい。よろしいです」
アムがそう答えたとき、教師がレッティに声をかけた。
「ヒリングさん。
教師として、危険なことを認めることはできませんよ」
レッティは指を鳴らした。
どこかから、トリーシャが札束を持ってきた。
レッティは札束を受け取り、ペチペチッパーンッ。
カネの力で教師の頬を往復ビンタした。
「口を挟まないでくれる?」
「……はい」
教師は従順な犬と化し、札束を手に引き下がった。
レッティはアムに向き直り、話を進めた。
「それじゃあ勝負の前に、
敗者のペナルティを決めましょうか。
負けたほうは勝ったほうに、
屋外学習が終わるまでのあいだ、
召使いを貸し出すというのはどうかしら?」
「それは……」
「あの……召使いって……ひょっとして私のことでしょうか……?」
トリーシャが、おずおずとそう尋ねた。
「他に誰か居る?」
「デスヨネ……」
レッティはレグに視線を向け、耳を少し赤くして、こう続けた。
「私が勝てば、その貧相な男を貰うわ。
さあ、勝負を始めましょうか」
「待ってください……!
レグはたいせつな……私のドライバーです……!
渡すことなんてできません……!」
「猫の運転は、そっちのメイドでもできるんでしょ?
私も悪魔じゃないから、
『収納』が必要になったときは返してあげるわ」
「ですが……」
「いつまでウダウダやってんだ?」
言い合いに飽きたレグが、川にカヤックを運んだ。
「さっさと始めようぜ」




