その20の1「屋外学習と出発」
「何をするんですか?」
「岸から20メートルほど離れた所で……
この舟を転覆させます。
ですので、なるべく早く助けに来てください」
「ちょ、どゆこと?」
予想外のレイスの言葉を前に、レグは疑問符を散らした。
「何が起こっても、
必ずあなたが助けてくれる。
そんな保証がなければ、
自由が利かないアムさまを、小舟に乗せたいとは思いません。
どうか証を見せてください」
レイスはすぐにカヤックを漕ぎ出した。
「人が頷く前から……まったく……」
遠ざかっていくレイスの後頭部を見て、レグは自身の頭をかいた。
岸からじゅうぶんに離れると、レイスはパドルを乱暴に操った。
カヤックがひっくり返った。
ベルトに拘束されたまま、レイスは水中に沈んだ。
「『収納』ッ!」
レグはスキルで剣を取り出した。
鞘に収まっていたそれを、即座に抜刀。
すると青い刀身が見えた。
レグは足元に、魔法陣を展開させた。
術が発動し、陸地からカヤックまで、一直線に氷の道ができた。
レグは強く地面を蹴った。
「みゃっ?」
カゲトラが驚くほどの速度で、レグはあっという間にカヤックのそばに到着した。
そしてすぐにカヤックをひっくり返し、元の状態に戻した。
びしょぬれのレイスが、レグの前に姿を見せた。
冒険者の速度域で行われた救助には、5秒もかからなかった。
レグは呆れたような顔で、レイスにこう尋ねた。
「それで? 合格ですか?」
「はい……。
しかし……動きを封じられて水に沈むというのは……
なんとも恐ろしいものですね。
アムさまがこのような目に遭わないよう、
気を配る必要がありますね」
かなり怖い思いをしたのか。
レイスの顔は青ざめているように見えた。
「わかりましたから、陸に戻って服を乾かしましょう。
風邪をひきますよ」
「この程度でしたら……」
カヤックの周囲の水面に、魔法陣が展開された。
するとレイスの体が、温かい光に包まれていった。
「治癒術の一種です。
ちょっと服が濡れたくらいであれば、これで乾かすことができます」
「なるほど」
服を乾かしながら、レイスはレグの剣を見た。
「片刃の長剣ですか。一部の魔剣士が好む装備ですね」
この辺りでは、ロングソードは両刃が一般的だ。
片刃は珍しい。
だが、特定の技を好む魔剣士に、片刃の剣は重宝されている。
「詳しいですね。行きましょうか」
レグはカヤックのベルトを外し、レイスを解放した。
氷の橋を歩いて、二人は陸に戻った。
カヤックはとりあえず、『収納』持ちのレグが預かることになった。
それからレグは猫に乗り、レイスをオーウェイル邸に送り届けた。
……。
少しの日々が過ぎ、屋外学習の日がやって来た。
生徒たちを運ぶため、アムたちの学校の校庭に、大型猫車がやって来ていた。
アムとは同学年のみんなが、猫車に乗り込んでいった。
レイスの手を借りて、アムも車の席に座った。
猫車恐怖症のアムを、レグが気遣う様子を見せた。
「だいじょうぶか?」
アムはぎこちない笑みをレグに向けた。
「平気ではありませんが、
せっかくの機会ですから、がんばります」
「そうか。んじゃ」
レグが去ろうとすると、アムが声を漏らした。
「えっ……行ってしまわれるのですか?」
「猫を連れてかニャならんし」
屋外学習においても、アムは猫に頼る予定だ。
学校に置いていくわけにはいかない。
「……そうですか」
アムが寂しそうにしていると、レイスが口を開いた。
「リカールさま。カゲトラは私が連れて行きますから、
アムさまのことをよろしくお願いします」
「わかりました」
レグはアムの隣に座った。
レイスは車から出て、猫のところへ向かった。
やがて出発の時間が近付いてきた。
教師が車に入ってきて、人数確認を行った。
問題なく確認が済むと、猫車は出発した。
「っ……」
止まっている車よりも、走っている車のほうが怖いらしい。
アムは硬くなって縮こまった。
「わしゃわしゃ」
妙な擬音を口にしながら、レグはアムの頭を撫でた。
「何ですか」
アムはツンとした顔で、レグの顔を見上げた。
「気が紛れるかと思ってな」
「子供あつかいしないでください」
「悪かったよ」
レグはアムから手をはなし、体勢を正した。
するとアムは、名残惜しげにこう言ってきた。
「……撫でるなら、
もっと大人のレディにするような撫で方でお願いします」
「……どうしろと?」