その18の1「レグと帰り道」
レグがすぐ近くに居る。
それだけでアムは、少し機嫌が上向いたようだ。
カレンと二人きりだったときと比べると、明らかに表情が明度を増していた。
「女同士でしかできない話をさせていただきました」
「下ネタとか?」
「多少は」
「マジで? 俺と居るときはすましてるくせに、
猫かぶってやがったなおまえ」
「みゃお」
アムはガントレットを上げて、猫の仕草を見せた。
「みゃお。アイツあのとおり良いやつだからさ、
仲良くしてやってくれ」
「良いやつ……?」
アムの眉根がうんと下がった。
「うん? それであいつ……俺のこと何か言ってたか?」
「未練タラタラですか」
「違うが。ただの世間話だが?」
「べつに……たいしたことは言っていませんでしたよ」
「そっか」
「ですが、あなたの幸せを望んでいるように思えました」
レグを振って、別の男と結婚する女。
アムから見たカレンの第一印象は、決して良いとは言えなかった。
この女、ひどい悪女なのではないか。
正直に言えば、そんな疑いも少なからずあった。
だが、実際に話してみたカレンは、悪女とは言い切れないように思えた。
……気に入らない女ではあったが。
こちらも無礼に振舞ったので、お互い様だと思わないでもない。
何にせよ、別れたレグに対して、少なからぬ情を残しているように見えた。
女ふたりのドロリとしたやり取りを知らないレグは、軽い口調でこう言った。
「幸せねぇ。自分はゴールインしたからって、
簡単に言ってくれる」
「結婚だけが幸せではないと思いますけど……どうなのですか?」
「何が?」
「カレンさんは晴れて人妻になられて、
レグには勝ちの目はなくなったわけですから、
そろそろ次の恋を探そうとは思わないのですか?」
「わからんぜ」
レグはふざけた表情を見せた。
「はい?」
「カレンのやつがトールとの生活に満足できず、
こっそり俺の所へ訪ねて来て、
めくるめく背徳の日々が……」
「神々に怒られますよ。めっ。
それでどうなのですか?」
聞きたいような、聞きたくないような。
曖昧な感情に表情を硬直させられて、アムはレグの答えを待った。
すぐにレグは口を開いた。
「恋より仕事だな。俺は」
今のレグに、気になっている相手は居ないのか。
他の誰のことも、レグは好きではない。
……自分のことも。
アムは落胆と安心が混じったような気持ちになった。
はっきりとしない感情から逃れるように、アムは問いを重ねた。
「……今のお仕事はどうですか?」
「悪くはないかな」
「それなら良いのですが」
その後、レグの昔の知り合いが、ちらほらと声をかけてきた。
彼らの多くは、アムの存在に疑問符を向けてきた。
アムはカレンに対するよりも優雅に、彼らへの応対をこなしていった。
彼女が社交辞令を積み重ねていると、披露宴の終わりがやって来た。
トールたちに別れを告げ、猫小屋への道を行くことになった。
車椅子を前進させながら、アムがレグにこう言った。
「お疲れさまでした」
「べつに疲れてないけど」
「何か美味しいものでも食べに行きますか? おごりますよ」
貴族令嬢の余裕を漂わせて、アムがそう言った。
「美味いモン? ステーキとか? 柔らかいやつ」
「レグらしい発想ですね」
「客観的に見て、ステーキより美味いもんがこの世にあるか?」
「主観的にならありますけど」
「グルメかよ」
アムたちは、高級レストランで食事を取ることになった。
メニューにはステーキもあった。
だが、アムが別の料理をおすすめすると、レグは素直に従った。
美味し。実に美味し。
レグの反応は上々だった。
それを見て上機嫌になったアムを、レグは家に送り届けた。
猫小屋でシルクから下りて、レグが口を開いた。
「ごちそうさん。今日はありがとよ」
「はい。もう暗いですから、気をつけて帰ってくださいね」
「そうだな。
俺みたいな貧乏人を襲う物好きは、少ないと思うが」
「今日はお金持ちに見えますよ」
今日のレグは、珍しく礼服を身につけている。
それも一等貴族家が選んだ上等なものだ。
おまけに彼には、生まれついての魔性の美貌がある。
何も知らない人が見れば、貴人だと勘違いすることもあるだろう。
「そうか。……ナーガエールさん。
この服は、洗ってから返したほうが良いですかね?」
「いえ。給料の一部だと思って取っておいてください。
またいつか、必要になることもあるかもしれませんから」
「ありがとうございます。それでは」




