その13の1「社会人とデコ猫」
「猫……ですか。けど、シルクには平気で乗ってますよね?」
シルクと接している時のアムに、恐怖を感じている様子は見られない。
とても自然体で、やせ我慢をしているようにも見えない。
「はい。事故のときの猫だったカゲトラ以外には、
恐怖を抱くことはないようです。
アムさまに恐怖心を向けられたカゲトラは、
あのように丸まった猫になってしまいましたが……」
猫はのんびりとした生き物だが、繊細でもある。
愛する飼い主に怖がられては、丸まってしまうのも無理はない。
「黒いの……カゲトラは悪くないんですよね?
なのに怖がる必要があるんですか?」
車のせいで事故に遭ったというのなら、カゲトラは加害者ではない。
アムと同じ被害者で、仲間とすら言えるかもしれない。
そんな相手を、恐れなくてはならないものだろうか。
当事者でないレグには、ピンと来なかった。
「理屈ではないのでしょうね。
アムさまも出来ることなら、
カゲトラを傷つけたくないと思っているはずです」
「なんとかなりませんかね。
いや……そういうのじゃダメだな。
なんとか……してみませんか?」
レグはこれからのことについて、しばらくレイスと話し合った。
……。
平日の業務をこなしていると、休みの前日がやって来た。
学校帰りの猫小屋で、レグがアムに声をかけた。
「明日もどっか遊びに行くか?」
誘いを受けたアムは、明るい真顔をレグに向けた。
「良いですよ。
あなたから言い出したということは、
気の利いたプランでも有るのでしょうね?」
楽しげにそう尋ねてくるアムに、レグはそっけなく返した。
「ないけど」
「……ないのですか」
予想外に塩を投げつけられ、アムはむっとした顔になった。
雇い主の不興など気にした様子もなく、レグはへらへらとこう言った。
「俺みたいな庶民じゃ、
お嬢サマが喜ぶようなプランは
なかなか思いつかねぇや」
ふまじめな声音のレグに対し、アムは叱るような口調でこう言った。
「最初から諦めていないで、
ちょっとはがんばってみてはどうなのですか?」
「そうするか」
レグはすんなり頷き、こう続けた。
「それでたまにはさ、
俺の猫で遊びに行くっていうのはどうだ?」
「猫を飼っているのですか?」
アムは意外そうな表情を見せた。
「ああ。俺だって大のおとなだ。
べつにおかしいことでもないだろ?」
「それもそうですけど……」
猫を飼うことは、そこまで難しいことではない。
猫は頭が良く、大抵のことは自分でなんとかできる。
むしろ人のほうが猫に助けてもらうことも多い。
レグみたいなだらしなさそうな男が猫を飼っていても、おかしくはない。
だがアムは、今までレグの言動から、猫の気配を感じたことがなかった。
何度も話をしているのに、一度も彼の飼い猫が、話題にのぼったこともない。
そのせいか、アムにはレグが猫を飼っていることが、妙にふしぎに感じられた。
とはいえ、彼が飼っているというのだから、それは飼っているのだろう。
猫の嘘なんてついても、彼が有利になることは何もないはずなのだから。
違和感を噛み殺し、アムは話題を切り替えてみた。
「おとなと言えば……レグはいま何歳なのですか?」
「いくつに見える?」
「にじゅう……ななくらいですか?」
「19だ」
「えっ子供」
予想よりもずっと若い。
アムは率直な驚きを見せた。
それに対し、レグは心外そうにこう言った。
「子供じゃねぇだろ。社会人だぞ。一応」
「けど、私とふたつしか違いませんよ。
……もっといろんな社会経験を積んでいるのかと思いました。
学校の男子よりも、度胸を感じますから」
レグはどんな状況でも堂々としている。
身分が上の相手と話している時も、刃物と対峙している時も。
そんな彼のことを、アムは自分よりずっと大人だと思っていた。
それがたった2歳の差しかなかったとは。
「こっちはただの清掃員だぞ?
まあ、今はドライバーだが。
とにかく、そんな凄い経験なんてねぇよ。
けどまあ生まれつき、度胸だけはあったかな。
自分の何倍もでかい魔獣が相手でも、
まったく怖いと思わなかった。
今となっては、それが良いことだったのかもわかんないけど。
ブレーキがさ、壊れてたのかなって、
そう思うこともあるからさ。
ん……とにかくさ、
明日は俺の猫で行く。良いよな?」




