第二十一話 南の領地で事件勃発 1
ガッシャン、と俺たちの目の前で扉が閉まった。なんつうの、地下牢っつうの?これ。
「人の話を聞けっつうの。クソが」
ロムが口の悪さを炸裂させている。ミヤはショックのあまりに言葉もないようだ。鉄格子の扉を呆然と見ている。分かる。ただでさえ苦手な役所で、冤罪で地下牢に入れられたんだからな。
まあもう、なるようにしかならない。
「とりあえず、座ろうぜ」
白虎の為に、最速で南の中心町まで来たんだ。疲れている。不幸中の幸いというならば、俺たちは宿にチェックインした後だった、ってこと。ナガ達は、ゆっくり休めるだろう。
鉄格子の扉から離れて、硬くて、なんか湿ってる石の床に座る。
ムスッとした表情のロムがミヤの肩を叩いて俺の方へ促す。うつむいたままのミヤがしょんぼりしながら俺の向かいに座った。
「飯が出なかったら、暴れてやる」
大変物騒なロムの声を聞きつつ、俺も憎たらしいヤツの顔を思い出す。アイツの顔、絶対、忘れない。ここから出たら、文句言ってやる。
怒りのあまりムカムカする胸と腹を押さえつつ、あっという間だったさっきの出来事を振り返った。
南の役所には予定より一日だけ早く着いた。九日。白虎を早く安定した環境に保護した方がいいだろうということで、できる限り、急いだのだ。
その日、昼過ぎに中心町に着いた俺たちは、ナガ達を休ませる為に宿にチェックインして、昼ご飯を食べた後に役所へ向かった。
トロピカルっぽい雰囲気の食堂は、外見こそコジャレていたけれど、食事は結構なボリュームがあった。ロコモコ丼のような物を食べ、デザートにはバナナの焼いた物を食べた。バターで焼いてあるのかな?表面がこんがり焼けていて、香りのよいスパイスが振りかけてあった。
「バナナって、焼いて食べたりするんだ」
そのままでしか食べたことなかった。
「食べたことなかったか?美味いぞ」
「美味いっす!!」
恐る恐る食べてみたそれは、確かに美味かった。完熟じゃないバナナっぽいな、使ってるの。
移動中、白虎は眠っていて、ビャクは起きていたので、興味を示した物だけ食べさせた。一緒に行動しているビャクは、自分の名前は分かるようになっている。
そうして美味しい食事で膨れた腹をさすりつつ、白虎とビャクを連れて、役所に向かったのだ。あんなことが待ち受けているとも思わずに。
南の部署へ行った俺たちは、渉外の窓口へと向かった。そこでの担当者はボソボソとした話し方をする、前髪で目が隠れていて見えない、ルタタという魔族の男だった。
「では、手続きを……」
消え入りそうな声で言うルタタの声を聞き逃すまいと前のめりになる。
「あ、西でもう一度、異能を発動しました」
「はい……では、それも記しておきま……。アクシデントで……か……?」
「いや、異能を発動して欲しいという要望がありました。本人に確認していただいてもかまいません」
「は……。では、必要があれば」
聞き逃すまいとドンドン前のめりになる俺と、猫背でボソボソ話し続けるルタタ。ロムが視界の端で笑いを噛み殺しているのが見えた。
「手続きは以上です……」
消え入りそうな声で言ったルタタに、白虎のことを話そうとしたときだった。
「さっきから見ていたら、お前たち、それは何だ?」
ルタタの後ろでこちらを窺っていた、小太りの、頭頂部が寂しい男……この世界にもあるんだな。いわゆる、スダレを右から左に流したような髪型……が、突然、ミヤの抱えている布にくるまれた白虎を指さして近づいてきた。
今、話そうとしたのに!!ってか、なんで初っ端から喧嘩腰なんだよ?!俺たち、なにもしてないだろ!!手続きしてただけだろうが!
「白虎です。砂漠で憔悴していたのを保護しました」
「なに?!白虎だと?!見せてみろ!!」
そう言うやいなや、ミヤが抱えていた布をはぎ取ろうとする。
「乱暴しないでください!!」
「黙れ!!本物か?!」
「眷属もいるので、そうだと思います。疑うなら、西と北の役所に連絡をとってください」
「お前のような得体の知れない者の言うことなど聞けるか!!それに、さっき、危険な異能を発動してきたと言っていたな?!」
「あの……それは……」
「お前も黙っていろ!!警備隊を呼べ!!危険人物だ!地下牢に放り込め!!」
「待ってください!ちゃんと話を聞いてください!」
「黙れ!!」
言葉と共に飛んできたペンが顔を直撃する。
「なにをするんだ!」
我慢しきれなくなったロムが口を挟んだところで、警備隊が到着した。
「地下牢へ放り込め!!そこのヤツの抱えているモノを布ごと回収しろ!!」
「なにもやってないんですって!ちゃんと話を聞いてくださいって!!」
「聞くな!どうせ、何か企んでいるんだ!!」
「説明くらいさせろ!」
押し問答をしたものの、圧倒的に俺たちが不利だった。役所だし。俺たち一般人だし。異能使うわけにいかないし。
ということで、あっという間に俺たちは地下牢に放り込まれたのだった。
「あのハゲ散らかしたオヤジ、絶対許さん」
思い出すだけで腹が立つ。
「ハゲ散らかしたって。上手いこと言ったな、カツミ」
ロムがおかしそうに笑った。
「ミヤ。俺たちは何もしてないんだから、そんなにしょんぼりするな。堂々としてていいんだ」
「うっす」
「あのクソハゲ、全部ハゲてしまえくらいに思ってるといい」
フッ、と力なく笑ったミヤの顔の前を、ビャクが飛んだ。あれ?!
「ビャク!俺たちの方へ来ちゃったのか!?」
「こじれてないっすかね、白虎の方」
「こじれてるかもな。でも、知らん。人の話を聞かなかったんだ。アイツが悪い。あの寂しい残り毛、全部、なくなってしまえばいいんだ」
憤懣やるかたない思いでブツブツ言っていると、鉄格子の方から音がした。振り向くと、ルタタが立っている。
「あの……」
さっきよりは普通よりの大きさの声だけど、やっぱり小さい。仕方なく立ち上がって側に行く。
「なにか?」
「白虎は、保護してくれたんですよね?」
「そうだよ。砂漠で保護して、急いで連れてきたんだ」
「分かりました。ここから出たら、詳しい話を教えてくれますか?」
「それはいいけど」
「あの、これ、足りないかもしれないけど、三人でどうぞ」
そう言ってルタタが差し出したのは、笹の葉に包まれたモチ米と竹筒に入ったお茶だった。
「これくらいしかできなくて、すみません。また」
「あっ……ありがとう」
「いえ。こちらこそ、上司が酷いことをして、すみません」
そう言ってルタタは音もさせずに、スゥッと歩いて行ってしまった。物静かな能力がある魔族なのか?気配消せるとか?
受け取った笹の葉に包まれたもち米と竹筒を抱えて戻る。
「アイツはいいヤツなのかもな」
「上司に恵まれなかったな」
フン、とロムが吐き捨てた。
「ミヤ。ルタタが出してくれるよ、きっと。これ食べて、とりあえず休もう」
「うっす」
くっそ。何もしてないのに、ミヤにこんな思いさせて、絶対許さん。あのオヤジ。
収まらない怒りをブツブツと呟くことで発散させつつ、俺たちはモチ米とお茶を頬張ったのだった。
「いやあ~。申し訳なかったね!!」
目の前で、残った毛では隠し切れない頭部がキラリと光った。満面の笑顔で俺たちに謝罪してきたのは、どのツラ下げて、のスダレ頭だった。
椅子に座ったまま、シラーっとした顔で自分を見つめる俺たちにいたたまれないのか、今度は勢いよく両手をテーブルについて頭を下げた。
「本当に、すまなかった!!この通りだ」
顔が見えなくなると、謝っているんじゃなくて、笑わそうとしてるようにしか思えない。この頭。むしってやろうか。
怒りが収まらない俺たちは、そのままの姿勢で沈黙する。イヤーな沈黙が部屋を満たし、端っこに座っているルタタが体を縮め、待機している数人の使用人が視線をウロつかせている。
結局、俺たちは無罪放免となった。当たり前だ。白虎を保護したことを感謝されこそすれ、問答無用で地下牢に放り込まれるなんて!腹の虫がおさまらない。
スダレ頭を筆頭に、警備隊とルタタが大慌てで地下牢にやってきたのは、放り込まれて二時間くらい経った頃だろうか。差し入れのもち米とお茶はオヤツになったな、ってくらいの時間経過だった。
どうやら、ルタタがものすごく頑張ってくれたらしい。
保護された白虎は眠りこけているし、本物かどうかの判断も、どうしたらいいのか分からない。俺がいると言っていた眷属の姿は見えない。ヤレ、やっぱりアイツら何か企んでるんだ、ではこの生き物はなんだ、とスダレ頭が騒いでいる間に、ルタタは町にいる薬師見習いを訪ねた。
この薬師見習い、異世界人らしい。なんと、動物と意思疎通が図れる異能があるのだとか。すごくない?!そんな異能もあるんだな?!
ただし、ハッキリとではないんだって。それとなく、なんとなく分かる、という程度らしいが、藁にも縋る思いで彼女を呼び、白虎と対面してもらった。
寝こけていた白虎を揺すると片目を開けた。そこで異能を使ってもらったところ、彼女の一言で俺たちの冤罪は五十パーセント晴れた。
「あの、助けてもらったって言ってるみたいですけど」
その言葉を聞いて飛び上がったスダレ頭、アワアワとルタタに縋りつく。
「どうにかしてくれ!!頼む!!」
そうして、俺の話しを聞いていたルタタが、水鏡で北と西の役所へ連絡をとる申請をしてくれた。
西ではザクはドワーフの里にいるが、タールが朱雀とザクの話しをしてくれて、北ではバリスとツタ、リウが水鏡に出てくれたという。
リウは俺たちの言葉がだいぶ分かる。メッチャ怒ったらしい。
そこでもまた飛び上がったスダレ頭は、アワアワと水鏡の間を飛び出して行き、警備隊を引き連れて俺たちのところへ来た、というわけだ。
そして、今日はもう夕方だということで、明日の段取りをつけてくれたのが、ルタタ。明日は水鏡の間で、リウを通じて、ビャクと話すことになっている。
スダレ頭は鉄格子の前に来るなり、平謝りで俺たちを出した。ミヤが俺の後ろに隠れるようにしたのが痛々しい。今回のことが、俺の知らないミヤのトラウマを刺激したのかもしれない。ちくしょう。
そうして俺たちは、ヤツの自宅だという、無駄にデカい邸宅に招かれたのだった。なんでコイツの家、こんなにデカいの?ってくらい、デカい。
「この度は、我が主が大変失礼いたしました」
下げたままのスダレ頭の上を通って、滑らかな低い声が響いた。目を向けると、眼鏡をかけたグレーの髪、ヒゲ、瞳の、シュッとしている執事然とした男が立っている。
執事までいるの?何者なの?コイツ。役所でも偉そうな感じだったけど。
それでも一向に動く気配がない空気と俺たちに、ルタタが口を開いた。
「あ……あの。義父が、とんでもないことを。すみませんでした」
義父ぃいいいいいいい?!ルタタとコイツが?!え、人間と魔族だよな?えええ?!どういうこと?!コイツ、娘がいるってこと?ルタタはその娘と結婚したってこと?!
と、いうよりも。
「ルタタが謝ることじゃないよ。アナタもです」
執事然とした男にも言う。
「ルタタ、俺たちの為に奔走してくれてありがとう」
「いえ。元を正せば…‥‥義父……」
ほんと、声小さいな!!オヤジと足して二で割ってくれよ!!
内心では思うものの、口に出して言うのは失礼極まりないので、グッとこらえる。
「謝ってくれても、アナタがやったことはなかったことにはならないですよ」
やっと口を開いた俺にホッとしたように、オヤジが顔を上げる。
「いや、ほんとうにそうだ。申し訳ない」
もう一度、頭を下げる。だから、笑わそうとすんなって!!
「事情も聞かずに、問答無用で何もしていない人を地下牢に入れるなんて、南の役所はどうなっているんですか?」
そもそも、このオヤジが地下牢へ入れろと言っただけで、ほんとうにそうするなんて!役所だぞ?!
「申し訳ない」
「旦那様。きちんとこちらの事情も申し上げたらよいではありませんか」
ひたすら謝り続けるオヤジの後ろから、ヒゲ執事が口を挟んできた。
こちらの事情?
ヒゲ執事に視線を向けると、ゆったりと頷いて俺を見る。
「そうです。元々、南の役所では、恐ろしい異能を持つ異世界人は受け入れない方向だったのです」
「!」
だから、返事が遅かったのか。
「ヒーリングができるとはいえ、いつ発動するか分からない、恐ろしい異能は受け入れない方がいい、騒ぎの元になる、との意見の方が多かったのですよ」
そうだったのか。それも、そうだ、……よな。
「ですが、旦那様とルタタ様があちこちに掛け合って、貴方たちの申請を許可できるようにしたのです」
「え」
「もうよい。言わなくていいんだ、そんなことは。私が大騒ぎして、迷惑をかけただけだ。すまなかったな」
「いいえ。旦那様。きちんと言うべきです。嫌疑の目を向けていたのは、旦那様ではなく、周囲の役人だったと。旦那様は、この人たちを守るために、地下牢へ入れたのだと」
「!?」
想像もしていなかった言葉がヒゲ執事からポンポンポンと飛び出してくる。どうでもいいけど、このヒゲ執事、しゃべりすぎじゃない?
「どういうことですか?」
「恐ろしい異能を持った異世界人が、南への申請の許可がおりた後に、再び異能を発動してきた。得体の知れないモノを持ち込んでいた。それだけで、奇異の目が貴方たちに向いていたのですよ。旦那様は、大騒ぎをすることで、そこから周囲の目を引きはがしたのです」
「オーナ。しゃべり過ぎだ。よせ」
オヤジが短く言い、ヒゲ執事は一礼して一歩下がった。
そんなことを言われても、いろいろ気持ちの整理がつかない。
「私が無礼を働いたのは事実だ。すまなかったな」
そして、もう一度、オヤジが頭を下げた。
「許してくれとは言わないが、この町にいる間は、よかったらこの屋敷に滞在してくれ。もちろん、自由にしてくれていい」
ヒゲ執事の言葉を信じるなら、俺たちがこの町に滞在しやすいように、ってこと、なのか?
「うっす!もういいっす!!」
思ってもみなかった話の展開に、どうしてよいか分からなくて黙り込むと、しばらくして、ミヤがその場の重たい空気を払拭するように言った。そんな。ミヤ。ショックだっただろう。
「もう、いいんっす!!そうっす。謝ってもらったっす。この屋敷に、ナガシ鳥と犬を連れてきても、いいっすか?」
「ああ、もちろんだとも!」
オヤジがちょっと笑って頷いた。
「カツミさん、ロムさん、ナガ達もいいってことなんで、いっすよね?」
「あ、ああ」
「ミヤがそれでいいなら」
「決まりっすね!!宿まで荷物とか取りに行って来ても、いっすか?」
「ああ、それなら、屋敷の者を行かせよう。オーナ」
「かしこまりました」
そうして、突然ヒゲ執事がフッとかき消えた。ん?!魔族だったの?!
「オーナに任せておけば、安心だ。腹が空いただろう。さあ、食事にしよう」




