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第二十一話 南の領地で事件勃発 2

 オヤジは俺たちを精一杯もてなしてくれた。もう食べられない、と腹がパンパンになるまで、次から次に料理が運ばれた。サーブしてくれていたので、直箸で食べた料理は一つもないが、余った料理はどうなるんだろう。

 残った食事を見つつ思ったことが、そのまま顔に出たらしく、ルタタがボソボソと話す。

「大丈夫です。残った料理は、無駄にはしませんから」

 なら、いいんだけど。

 食事が終わると、オヤジは退席していった。

「後は、若い人たちでくつろいでくれ。食後の菓子と茶を用意させよう。湯殿もあるから、好きに使ってくれ」

 そそくさと出て行く後ろ姿を見送る。食事はしたけれども、まだ気持ちの整理がついてなくて、お礼を言うのも追いついていない。

 まずは、宙に浮いてしまった怒りをぶつけきってしまった方がよかったのだろうか。

 でも、そんなの理不尽すぎるよな。本当の話しを聞いてしまった以上、ぶつけることはできない。

 だからといって、素直に礼を言うこともできない。

 食べ過ぎたせいだけではない、座りの悪い気持ちが胸の中にわだかまる。

「あの、ナガ達は大丈夫っすか?」

「はい。さ……水……ご飯………、寝てました」

 水とご飯を食べて寝たってこと?だよな。

「うっす。ありがとうございますっす」

「いいえ。当たり前のことです」

 そこで一度、会話が切れる。カチャカチャとお茶の食器の音が響く。どうやって弾ませるんだっけ、会話って。

「白虎は、……のよう……で保護……?」

 白虎の保護の時の話しか?そういえば、地下牢から出たら、話すことになってたな。食事までの展開が怒涛で、忘れてた。

「白虎は、砂漠にいたんだ。振り向いたら、俺の目の前にいた。見る見るうちにデカくなっていったけど、なんとか小さくなってもらって、連れてきたんだ。暑くてバテていたような感じだったな。水を飲んだら、後は基本的に寝っぱなしだったよ」

「そ……ですね。眷属は……すか?」

「眷属は、北も西も、龍や鳥が寝ていても、起きて活動してるよ。一緒にいるうちに、言葉も覚えてくる。白虎の眷属は、ビャクっていう名前をつけたら、覚えたよ」

「はい。白虎は、大………なる……か?」

「実際に目の前で見たのは初めてだけど、龍も鳥も白虎も、大きさは自由に変えられるらしい。龍も鳥も、デカいまま寝てるけど」

「なら、白虎をこのまま保護するなら、今の大きさでいて欲しいと伝えないといけないですね」

 おっ。今度はちゃんと聞こえた。さっきから、途切れ途切れにしか聞こえないから、その前後を想像で補完して返事してたんだよな。

「うん。北の眷属が俺たちの言葉はだいぶ覚えているから、ビャクに伝えてもらうといいよ」

「分かりました」

 そこで再び、会話が途切れた。ロムもミヤも、話そうとしない。

「あの、義父は誤解されやすい人ですが………、悪く思わないでくだ……いね」

 なんとも微妙な沈黙の後に、ルタタが思い切ったように口を開いた。

 悪く思うなって言われても。怒りがおさまっていないところに、衝撃の事実がきたせいで、どうにもこうにも、こちらは気持ちを持て余している状態だ。

 宙ぶらりんになってしまった怒りが消化しきれずに、気持ちの整理がつかない。

「あの、ところで、オ……義父というのは?」

 危ない危ない、名前を聞くのを忘れたから、オヤジって口から出るとこだった。いくらなんでも、義理の息子に向かってその呼び方はダメだよな。

「あ、僕、養子なんです。義父は、……独身な……ど、孤児……き取って育てているんです」

 えええええええええ?!あのオヤジ、独身なの?!しかも、孤児を引き取って育ててんの?!なにそれ?!

「商家の当主なんですけど、公共にも奉仕したい、とほぼ無償で役所にも勤めているんです。……本当はとても、優しい人なんです」

 うっそおおおおおおおおお!!!あのオヤジが?!商家の当主……しかも、ほぼ無償で役所に?!あっ、だから、渉外の窓口にいるのか?!顔が広いんだ!

「孤児を、引き取って……」

 黙っていたミヤが、ボソリ、とルタタの言葉を口の中で反芻した。

「今日もまだ、仕事が残っていて、出かけたんです」

 マジで?!もう夜だけど?!まだ仕事してんの?!あ、昼間、役所にいたから、本業の商家の仕事が片付いてないのか?

 ぐるぐるぐると、いろんなことが頭の中を駆け巡る。情報と出来事がゴチャゴチャに絡み合っていて、整理がつかない。頭の中身も、気持ちも。

 悪いけど俺、一回寝てからじゃないと、今日はどうにもなんない気がしてきた。隣を見ると、ロムも複雑な顔をしている。

「あ?!ルピナス商会か?!」

 何かに思い当たったように、それまで黙っていたロムが言った。

「そうで……。義父はその当主です」

 頷いたルタタから視線を外し、俺を見る。

「南だけじゃなくて、他の領地でも手広く商売している大きな商家だ。確実に、各領地の祭りの露店にも協力してくれているはずだ」

 いつも冷静なロムが、驚きを隠せないまま説明してくれる。

「当主として家業を切り盛りしつつ、役所でも働いて、慈善事業もしているんです。白虎のことも、きっと、悪いようにはしないはずです」

 ボソボソボソと辛うじて聞き取れるくらいの声で話すルタタの言葉を聞きつつ、部屋の隅でクッションに埋もれて寝ている白虎とビャクを見る。ここ数日、寝るときは白虎とビャクは寄り添って寝ていた。見慣れ始めたその寝姿とは、もうすぐさよならだ。

 そういえば、白虎が俺たちの冤罪を晴らすキッカケを作ってくれたんだよな。その、異能を持っているっていう薬師見習いの人と。

「とりあえず、その件についてはまた明日、話を聞くよ。申し訳ないけど。ちょっと混乱しているから」

「はい」

「話しは変わっちゃうんだけど、その、異能を持っている薬師見習いの人と会うことはできるかな?お礼を言いたいんだ」

「分かりました。明日、会えるように段取りをつけておきます」

「町の薬屋にいるの?」

 コクリ、と頷く。

「お店に行けば、会えます」

「なら、俺たちが訪ねて行くっていうことで、いいかな?」

 わざわざ来てもらうのも、申し訳ないし。

「はい」

 そうこうしているうちに、食後のお茶もお菓子も食べ終わった。腹はもう、何も入らないくらいに詰まっている。

「それでは、湯殿とお部屋に案内します」

 そう言って立ち上がったルタタの後を、俺たちはおとなしく着いていった。


「すっごいな………」

 呟いた声が湯気の中に消え、湯殿に反響した。

 屋敷もデカいとは思っていたけれど、湯殿もデカかった。どこかの観光地の温泉旅館の大浴場、もしくは、海外の銭湯のような。行ったことないけど、イメージ的に。神殿風の円柱も使われているし、建物的には、西洋風だ。天井も、ものすごく高い。

 スケールがとんでもなくデケエ。個人の所有する風呂だと言われても、全く、ピンとは来ない。 

 二十人くらいはゆったりと入れそうな湯船が、ドーンと真ん中に豊富な湯をたたえており、入口の手前にはおとなしい噴水みたいな湯量でこれまたお湯が沸き出ている。

 なんか、真水を沸かしたんじゃないっぽいんだけど。

「これって、温泉?だよな?」

「そうだな。ルピナス商会で掘ったんだろうな。それを自宅に引っ張ってるんだろう。というよりも、ここ、昼間は民間人に開放してたな、確か」

 ええー……。

「無償で?」

「無償で。俺も怒りで頭に血が上ってたから、失念してたよ。こんなに大きな屋敷は、南の中心町ではルピナス商会だけだ」

「デカいもんな」

 それしか感想が出てこない。中心町の外れにあるとはいえ、一般人の邸宅としては、規格外の大きさだ。

 役所からの伝達事項にしっかりと入っていたのだろう、俺たちは一緒に行動できるように、部屋も三人部屋だった。

 どんな部屋だったかというと、なんつうの?天井にはガラスで作られたシャンデリアみたいなデッカイランプが灯り、フカフカのベッドは、天蓋付きベッドだった。窓にはレースのカーテンがひらひらと。

 豪奢。マジで、俺たちここに滞在すんの?ってくらいの部屋。天蓋付きベッドって、俺、人生初だし。まさか俺の人生で天蓋付きベッドに寝ることがあろうとは、考えてみたことすらなかった。

 人生は思いもよらないことに満ちている。

 気持ちのいいお湯につかりつつ、目を閉じて、午後からの怒涛の展開を思い浮かべる。もう、疲れた……。今日は風呂を出たら、なにもせずに、もう寝たい。あーでも。ダメだ。もうひと踏ん張りしないと。

「座長に手紙書かなきゃ。ロム、代筆頼む」

「おう」

 ここに来るまでに、白虎を保護したことはキョワッシーにお願いして持って行ってもらっていたが、中心町に着いてからの出来事も、きちんと報告しておかないと。

「あ。もしかしてここ、厨房の隅とか借りられないかな?」

「頼めば、貸してくれそうだな」

 おっし。ジンとの約束が守れる。

「俺、風呂から出たら、ルウたちの顔を見てから部屋に戻るよ」

「俺たちも行くよ。な?ミヤ」

 ずっと口を開かないミヤに話しかける。

「うっす。ルウたちの顔、見たいっす」

 ニコ、と口の端だけで笑う。俺も気持ちの整理がつかないし、ロムもまだついてなさそうなんだから、ミヤだって当然、同じだろう。

 一先ず、俺たちには休息が必要だ。

 ぐぐぐぐぐっ、と体を伸ばす。そのとき、ミヤがポツリ、と呟いた。

「この世界にも、孤児って、いるんっすね」

 うん?

「あ、そうだな。聞いたことなかったけど、いるんだな」

 想像と違う言葉がミヤから出た。地下牢に放り込まれたことじゃなくて、オヤジが孤児を引き取って育ててる、っていうのが気になってたのか。

「いるな。魔族でも妖精でも人間でも、そりゃいるさ。不慮の事故や突然の病気だったりで親とはぐれたり、遺されたり。血筋はそれほど重要じゃない種族もいるし。事情はいろいろだがな」

 そうだよな。不思議じゃないよな。

「出産だって、安全ではないからな。タマゴで孵る種族もな。タマゴだって産むの、相当、大変だしな」

「タマゴで孵る種族もあるの?!」

 マジで?!

「あるよ。言っただろ、南に人型の爬虫類系の種族がいるんだ。その種族は、タマゴを産んで、そのタマゴから孵るんだ」

「へぇ~!!」

「どこでも、いるんすね、孤児って」

「そうだな。ルピナス商会の当主は、慈善事業にも力を入れているらしいから、自分でも、孤児を何人か引き取って育てているんだな」

「ルタタを見てると、ちゃんとしてそうだよな」

「そうだな。しっかり教育も受けてそうだし、きちんと育ててもらったんだろうな」

 ロムの言葉に、ルタタの顔を思い浮かべる。話し声は小さいけれども、受け答えもしっかりしているし、機転なんかもききそうだ。

「ところで、あのオヤジ、何て名前なの?」

 本人に聞くのを忘れたので、聞いてみる。いや、名乗っていたかもしれないけど、怒りで聞いてなかった可能性もある。

「ルオンド、だったな、確か」

 マジで?!

「かっこよすぎない?!」

「さすがにひどくないっすか?」

 ミヤが吹きだした。

「いやだってさ。頭頂部も寂しいしさ」

「カツミ。ルオンドだって、生まれたときからハゲてたわけではないだろ」

「そうだけどさ」

「ハゲハゲ言ってるっすけど、どうするんっすか、カツミさんもハゲたら」

「そうだぞ。カツミだって、ああいう髪型になるかもしれないんだぞ」

 ある。確かに可能性はある。ツルリと、いい具合いに光っていたじいちゃんの頭を思い出す。

「剃る。俺はスキンヘッドにする。そうなったら。世の中を照らす」

 断固として、あの頭にはならない。いや、あの頭だって本人の自由だ。ただ、俺はスキンヘッド推奨だ。

「世の中を照らす、って。頭ででっすか?斬新過ぎるっすね!!」

「いいだろうが。明るくて」

 ミヤが笑う。その隣では、ロムも肩を揺らして笑っている。

 エキサイトしてたら、熱くなってきた。

「俺、のぼせそうだから先に上がってるな」

「うん」

「うっす」

 ザバリ、と水を払って湯船から脱衣所へと向かう。脱衣所には手拭いではなく、タオルっぽい生地のモノが用意されていた。ルピナス商会の新商品だろうか。感想聞かれたりすんのかな。

 やたら吸収性のいいそのタオルを使いつつ、なんて答えようかとしばらく考えてみた。

 感想もセンスが必要だな、と悟った俺は聞かれてもいない感想を考えるのをやめ、たらふくごちそうを食べて眠りこけているルウたちの顔を眺めた後に、腰を痛めそうなほどフカフカのベッドに横になって、あっという間に寝てしまったのだった。

 そう、手紙を書くのを忘れて。

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