第二十話 ヒーリングの村から南へ 3
「間に合ってよかったな。もう少し待って来なかったら、置いて行こうと思っていたところだ」
腕組みをした座長が、ジロリ、と俺たちを見た。
たどり着いた西と南の境界。境界橋は北とほぼ同じで、大きな橋と、受付用のちょっとした建物がある。手続きも同じだ。
ナガ達に頑張ってもらったものの、待ち合わせには遅れてしまった。昼の約束が、もう少しで夕方だ。
「すみませんっす」
四人で謝る。
軽くため息を吐いた後、座長が口を開いた。
「まあいい。カツミたち三人はこれから別行動になってしまうし、一座の者とも、その前にもう一度顔を合わせておこう、ということで意見が一致したしな」
そうなのか。なんか、嬉しい。
「で、その前に、だ」
もう一度ジロリ、と俺たちを睨む。
「意図的に異能を使ったと手紙に書いてあったが、どうなんだ?」
「使いました」
「相手は、了承していたっていうのも、本当だな?」
「はい。手紙でもなんでも、確認してもらっていいです」
瞬きもせずに俺の目をジッと見つめた後、座長は頷いた。
「分かった、信じよう。だがもし、後から嘘を吐いていたことが発覚したら、分かってるな?」
ええええ!!
「分からないです」
フン、と鼻で笑って座長が言った。
「覚悟を決めておけ」
ええええええええええええええええ?!メッチャ怖い!!
「う、嘘なんて一つもついてないです!!」
嘘なんてついてないけど、そう言われると落ち着かない。勢いよく首を振り続ける俺を見て、座長が吹きだした。
「分かった、分かった。とりあえず、境界を抜けよう。いよいよ南だ」
そして俺たちは、慌ただしかった西の領地の旅を終え、南の領地に渡ったのだった。
「また、祭りの日に」
「うっす」
そう言って次々と握手を交わしていく。今度はゆっくり、いろんな話をしよう、と約束し、そうして俺たちは一座と別れた。
「ジン。また」
「うん。俺も、いろいろ勉強しておくよ」
「南の中心町には祭りの三日ほど前に着くように村を出る。それに、私や一座の者も、打ち合わせやらなんやらで役所に行くから、顔を合わせることもある。大丈夫だ」
そう言って笑った座長とみんなに手を振り、俺たちは一座を見送った。
「さて。俺たちも行くか」
みんなが見えなくなってきた頃、ロムが俺たちに言い、砂漠へと向かったのだった。
「ひぃぃいいえええええええええ!!!」
なんで俺、砂漠に先に行こう、見てみたいとかって言ったの!!!!言わなきゃよかったぁあああああ!せめて、もう少し人数がいるときに見に来ればよかった!!!!
境界橋で一座と別れた次の日の午前中、俺は心底、後悔していた。
境界に着いたのが夕方前だったので、その日は砂漠の手前の町まで行き、宿をとって休んだ。疲れていたので、外食はせずに宿のご飯を食べた。香辛料がきいたスパイシーな味付けの料理は、どうしてか、砂漠への憧れと結びついて、それだけでワクワクした、のは昨日の俺!!!
今日の俺は!!砂漠でなんでこうなるの?!こういうパターン多すぎない!?と頭の中がパニック状態だ。
何がどうしたかと言うと、今回は初っ端に出たのだ。何がって?!白虎だよ、白虎!!ここまできたらもう、白虎でしょ!?白くて大きな虎だよ!!
で、なんでパニックを起こしているかと言うと、振り向いた俺の前に、巨大化した虎の顔が、急に現れたからだ!!!
流れとしてはこうだ。
砂漠についてテンションが上がる。ナガ達から降りて、砂漠を歩き始める。サクサクとした砂の感触に、更にテンションが上がる。ミヤとすげえ!!と言い合う。ふと視線の先を何かがよぎったな、と思ったら、振り向いたミヤが俺の背後を指さして、おおおおおおおおおお!!と叫ぶ。ちょっと嬉しそう。なんだ?と振り向いたら、白虎の登場ですよ!!!
「ミヤ!!なんでちょっと嬉しそうなんだよ?!」
「だって、見る見るうちにデカくなっていったんすよ!!すごくないっすか?!」
すごいよ!!すごいけど!!
「ビックリする方が先だろ!!」
「大丈夫っす!!ちゃんとビックリしてるっす!!」
「それはよかったよ!」
ロムの反応は、ただ一言。
「おー」
だった。ロム、それでいいのか?
「デカいな」
「ロム。ビックリしてないの?」
「してるさ」
全然、そう見えない。
ゴチャゴチャと騒いでいると、眷属が俺たちの目の前を少し慌てたように飛んでいるのが目に入った。
白虎の眷属は、真っ白だ。やっぱり、白という色が名前に入っているだけある。後は、他の眷属に、そっくり。外見も、雰囲気も。
「どうしたんっすかね?」
「うーん?」
「言葉が通じないからなぁ」
何かを訴えるように目の前を飛ばれても、どうにも分からない。
驚いたのと暑くなってきたので、ボーっと見ていると、今度は眷属が視線を誘導するように白虎の方へ飛んだ。
ジッと白虎を三人で見つめる。
「………バテてないか?」
しばらく後にロムがポツリと言った。そう言われてよくよく見てみると、なんだか暑そうに見える。白虎ってやっぱ、毛皮だから、暑いの苦手なの?でも、四神に暑さとか寒さって関係ある?それとも、この世界ではあるのか?
埒もあかないことをボンヤリと考えていると、眷属が俺の顔に体当たりしてきた。
「痛い!!」
なんで俺?!
「カツミさん、モテるっすね」
「モテてないだろ!」
「どうにかして欲しいんじゃないか?」
「どうにかって言っても、こんなデカい体じゃ、俺たちではどうにもできないよ」
何十倍どころじゃないデカさだ。っつうか、デカすぎて全貌がよく分からない。いや、分かるんだけど、砂漠だから比較対象がなくてどれだけデカい、とかは分からない。
とにかくデケエ!!
白虎は顎を前に伸ばしきってへばっている。前脚も伸ばしきってるな。再度、ボンヤリ観察していると、今度は髪の毛を引っ張られた。
「痛いって!!」
なんで俺ばっかり!
「マジでモテモテっすね」
騙されるもんか!!
「酔っ払いにカラまれるのと同じ理屈か?!」
「うっす」
アッサリと頷いたミヤに、ガックリと肩を落とす。
「どうにかして欲しいのは分かったけど」
運べない、よなー。小さくなってくれれば運べるけど。ん?さっきミヤ、見る見るうちにデカくなったって言ってたな?ってことは、逆もできるんじゃないか?
俺の顔の前でフワフワしている眷属に視線を移す。ジーっと見つめるので、身振り手振りで小さくなるようにリアクションしてみる。両手を大きく振った後に、段々小さくしていく。が、返ってきたリアクションは、怪訝そうな表情のみ、だった。
「やっぱダメか。言葉も通じないし、身振り手振りも難しいか」
「なら、これを下に置いて、持ってみたらどうだ?」
ロムがナガにつけていた荷物をおろして、俺の前に置いた。
「いいかも!!」
そしてもう一度、眷属に視線を合わせ、荷物を指さし、大げさな仕草で持ってみる。三回ほど繰り返すと、分かってくれたのか、頷いて白虎の方へ飛んで行った。
「わかってくれたみたいっすね」
「思ったよりも話が早くて、助かるよ」
「ん?!アレ、更に大きくなってないか?」
ロムの言葉に白虎を見ると、確かに大きくなってる。眷属!!逆!!逆!!
大きく手を振って眷属に向かって声を上げる。白虎はピタリと動きを止めた。
三人で頭をひねる。今度はさっきのよりも大きな荷物を傍らに置き、そちらは重くて持てない、という仕草をし、小さい荷物をヒョイ、と持ち上げる。
五回ほど繰り返すと、眷属は頷いてくれた。
「今度こそ頼んだぞ」
秋の始まりとはいえ、南の領地で砂漠で、更に日が高くなりつつある。汗が噴き出てきているし、暑い!!しかも、荷物を上げたり降ろしたりしているので、砂まみれになってきた。
「あ、小さくなってきたっすね」
ミヤが呑気な声で実況中継をする。今度こそ、どうにかなりそう。見ていると、あれほど巨大だった白虎が、猫くらいの大きさまで小さくなった。
「どうやって運ぶ?」
「布に巻いて、首から下げて、抱っこしていくしかないだろう」
そう言いつつロムが手頃な大きさの布を出してきた。すげえな、布持ってたの?
「あ、俺、抱っこするっす。今、アシに一人で乗ってるし」
「うん。お願いする」
「うっす」
そうして布にくるまれた白虎は、ミヤの首に布をひっかけて、ぐるりと布ごと抱えられ、なんつーの、腕を骨折したときみたいに、腹の前に下げられた。
「意外に重いっすね」
「バランスが違ってくるから、アシに乗ってるときには気をつけろ。落ちないようにな」
「うっす」
「慣れてくるまで、少しゆっくりめに走ろう」
「うっす」
ってか。
「水飲もう。俺、喉乾いた。ナガ達も乾いたよな?」
「そうだな。出発の前に、水分補給しよう」
荷物の中から竹でできた水筒をだし、それぞれ飲む。ナガ達にも、少しずつ分ける。
「なんでだよ!!」
そこでまた再び、眷属が俺の顔に体当たりしてきた。
「顔ばかり狙うな!!」
なんだ?!水を持ってる手を引っ張っている。
「飲みたいのか?」
引っ張り続けるので、水を口元に持っていくけど、飲まない。
「白虎に飲ませろってことっすかね?」
そう言ってミヤが自分の水筒を傾けて、白虎の口元に持っていく。
水筒から垂らされた水を舌を伸ばして舐める白虎。
すると、白虎が水を飲む様子を見て安心したように笑った眷属が、いきなり墜落した。
「おわぁ?!」
すんでのところで受け止めた。なんか……寝てるのか?気を失っているのか?
「……運ぼう」
三人で頷き、俺たちは砂漠を後にした。
砂漠は堪能できなかったけど、別の意味で堪能したわ。もう、お腹いっぱい。
トッ、トッ、トッ、トッ、とナガ達がリズムよくそれなりのスピードで走る。眷属も白虎も寝たままだ。
陽射しも傾いてきて、そろそろ夕方だ。
「この先の町で宿をとろう。水の補給もしないとな」
「宿、とれる?」
白虎と眷属いるんだけど。
「とれるだろ」
「白虎、ナガ達と一緒って訳にいかないだろ」
「布にくるんでおいて、荷物のフリさせとけばいい」
ロムー!!
「そっすね」
ミヤ―!!
………もういい。俺が細かいこと気にし過ぎなんだ。そうなんだ。
「ところで、眷属の名前、どうするっすか?」
「あった方がいいよな」
「そうだな。まだ十日は余裕でかかるからな、中心町まで」
「やっぱり、南の役所に任せるしかないよな?」
「だろうな。北も西も役所の管轄になってるからな」
「だよなぁ」
うーん。どっちみち、名前、いるよな。
「名前なんだけどさ。リウもザクも、それっぽい感じで名前つけたから、ビャクでどう?」
「安直っすね!」
うるさいわい!!
「じゃあ、ミヤは何がいいの?」
「ビャクでいっす!!」
「だよな。名づけって、難しいよな」
「そう思うっす。世の中の名付け親はすごいっす。」
しみじみと二人で頷き合う。
そういえばと思い出して、砂漠で白虎が出る前に、不思議に思ったことを聞いてみる。
「ロム。南って北や西みたいに、滝や山が境界にないけど、水源はどうなってるんだ?」
「他と変わりないさ。南は砂漠だけど、魔王城がある山の方から領地内に水路を作って、水源になるように作ってある。魔王城の山岳は、領地側にはぐるっと水がたたえられているからな」
「へぇ~」
イメージとしては、中心町の城みたいな感じか?湖の中に城がある。魔王城も、水域に囲まれてるってことか。
「それに、南にも山はある。境界付近にはないし、低いけどな」
あ、あるんだ、山。
「山越えする?」
「しない。中心町へ向かうコースは、どの領地も、あまり山越えはない」
そうなのか。
「水源は、プラス、井戸だな」
「あ、井戸、あるんだ」
「ある。温泉もあるし」
「どこも温泉あるな」
「南は火山があるからな。火山由来の温泉があるな」
「あるの?!火山?!」
山って、火山か!
「なんだ?ビックリするようなことか?」
「北と西にはなかったから、ビックリした」
「ああ。南だけだな、火山は。後は南特有っていうと」
「うん」
「爬虫類系の種族がいるな。南だけだ。寒さに極端に弱い」
へぇ~!!
「領地によってそんなに大きな違いはなくても、そこそこの違いはあるんだな!」
「そうだな。おもしろいか?」
「うん。おもしろいな!」
ところで、ミヤはなんで黙ってるんだ?いつもなら、火山見に行こうとか言いそうなのに。不思議に思って振り向くと、ミヤが微妙な顔をしている。
「どうした、ミヤ?」
「白虎が、さっきからゴソゴソ動くんっす。この状態で大きくなられたら、どうしようかな、って」
「その状態で大きくなったら、一大事だろ」
焦りつつ言う。
「っすよね。やっぱ、一大事っすよね」
「そんな冷静に言うほど小さい話じゃないぞ」
下手すると、アシごと潰されちゃうだろ。
「起きたのかもな。ちょっと体勢かえてやったらどうだ。布の位置が合わないのかもしれない」
そう言うとロムがナガを止めた。自然とアシとルウも止まる。
「うっす」
そう言ってミヤがガサゴソと白虎を両手で抱えなおして、場所をずらす。
「あっ、寝たみたいっす。やっぱ、位置が気持ち悪かったんっすかね」
「っぽいな」
「よし。今のうちに少し急ぐか」
頷いて、ナガの首筋を撫でる。そして、さっきよりもちょっとだけスピードを上げて走り出す。
「白虎も、基本は眠ってるのかなぁ」
「今までのことを考えると、そうっすよね」
「ただ、今回は俺たちの目の前で大きくなったり小さくなったり、水飲んだりしてるからなぁ。どうかな」
「多少の違いはあっても、寝てることには変わりなさそうだけどな」
「っすね」
「というよりも、二人とも今日は手紙書かないとだろ」
うわ!!そうだ!!忘れてた!!
「マリーにヒーリングの村の件、報告するの忘れてた!!」
「そうっすね。座長と、アスカさんとイチカさんにも、手紙書きましょうっす」
「ロム、座長とマリーの手紙、代筆してくれるか?」
「ああ、いいぞ。それにしても、今回も盛りだくさんな内容の手紙になりそうだな」
「そうっすよね!!」
「そんなに盛りだくさんに………、なる?」
恐る恐る聞いてみると、ロムとミヤが笑った。
「今回もカツミの手紙は、点数低そうだな」
「うっす」
「なんでだよ!!」
「だって、書くこといっぱいあるだろ。なのに、そんなこと言うから」
「メッチャ長い手紙になりそうっすけどね」
「ウッソ」
えー。そんななる?
「大丈夫っす!!まだまだ旅は半分も終わってないっすから、チャンスはたくさんあるっすよ!!」
「既に今回の手紙の点数が低いことを前提にしないでくれ」
悪あがきしてみせる。
「あ、起きた」
そこで眷属が目を覚ました。眷属はどうやって運んでいたかというと、白虎と同じ方法で俺が首から下げてた。ロムは後ろに乗ってるから、首から何かを下げるのは無理だしな。
ガサゴソと起き出してきた眷属は、布から出てきて自分で飛び始めた。が、疲れるのかめんどくさかったのか。どちらかは分からないけれど、しばらくしたら、俺の肩に座って、のんびりとし始めた。
「お前の名前、ビャクだぞ、ビャク」
話しかけてみるものの、首を傾げてこちらを見るばかりだ。
リウもザクも、最初はそうだった。次第にビャクも慣れてくるだろう。南の役所に着いたら、事情を話して白虎たちを保護してもらって、リウとビャクに水鏡を通して話をしてもらえばいい。
「南でも、うまくいくといいなぁ」
「今回は、カツミさんに懐いてるっぽいっすけど、旅してるから一緒には行けないっすよね」
「うん。そうだな。リウが言うには、領地を越えての行き来はできないみたいだしな」
「ってことは、どうにかして別の人と一緒にいてもらうようにするしかないっすよね」
「だなあ。ま、でも大丈夫だろ。リウだって、第一発見はマミルと俺たちだったけど、ツタに懐いたもんな」
「そういえばそうっすね」
「俺たちの登録証といい、白虎といい、南の役所では手続き増えるな」
異能もバンドローたちのところで発動してるしなぁ。
「南の役所の人、いい人だといっすね」
俯き加減にミヤがポツリという。
「大丈夫だろ。だって、タールが手配してくれたんだし」
「そうっすね」
気を取り直したようにミヤが頷き、意味が分かっているのかいないのか、なぜかアシが、うんうん、と頷いた。




