112 アルキーミア・レッジェンダ
「……復讐、ですか」
……怖い。
「……どこでそれを?」
そう、私に問う声は恐ろしく冷たい。
怖くて、怖くて。逃げ出しそうになるのを堪え、震える口を開く。
「見て、聞いて、結びつければ……分かり、ます」
断片的に夢で見ているのはミアの記憶の一部。そんなの、とっくに分かっている。
「今の王家は魔術師狩りをした王家の末裔ですから。ミアは復讐をするために。それから私達が模擬なのは……魔術師を……あとは、もう一つの一族を甦らせるため、ですか……?」
だって。そうじゃない。私が見てきた限りだと。
魔術師のレッダ・ミアは弟子……おそらくオリアナ、を罠にかけられて。魔術師狩りが始まって。
魔術師狩りから逃げる時に嵌められた一本道を通って。
だけど、逃げられなくなって。箱を押し付けられて。その人──黒のチリチリの髪だったから多分、シナーア──を犠牲にして逃げて。
自分の記憶と記録を消して。逃げて。ここに、研究所を作って。
私達を、【紫月姉妹】を創って。
それで今、私達を模擬という扱いをして、本番を、作ろうとしている。
「稜華! それを、どこでっ!」
「夢です」
悲鳴に近い声で言うミアと対照に私の心は沈みきっている。何も感じない。
だって。
「夢でした。悪夢に、近かったです」
私だって、こんなこと知りたくなかった。私達が創られた、人間のようで人間じゃないものなんて、知りたくなかった。
「夢、で……見たっていうの……?」
「……はい。ここ半年は、特にです」
具体的には、魔法学園に入学してから。
私は夢を見ることが増えた。悲しくて苦しい悪夢を。
「まさか……でも、ちゃんと対処していたはず」
「何をですか?」
「記憶を、よ。貴女達はわたくしが創ったのだから、わたくしの影響がある可能性が高かった。だから、入念にそれらのリスクは取り除いたのよ」
ミアによってリスクは取り除いた。なのに。
「だけど、一部は取り除ききれなくて。記憶に蓋をするように封印みたいな形にしたのよ」
つまり……姉妹にも、記憶が埋まっている。
「じゃあ、姉妹たちは……」
「おそらくないわ」
それはキッパリとした断言だった。
「多分……稜華はわたくしと会って、魔術師を知って……封印が緩んだのかもしれないわ。それが記憶の箱から少し溢れた」
「その溢れた記憶が夢になった、というわけですか」
「一つの仮説よ」
じゃあ、少なくとも何かしら記憶の箱が開きかけることはない、っていうわけだ。
「安心しました」
姉妹が、傷つく可能性が減って。
「……稜華は、それでいいの?」
「構いません。……こんなの、姉妹は知らなくていいんですから」
「こんなの、なのね……」
姉妹は自分達がどうして生み出されたかなんて知らずに、ただ笑っていればいい。
「……稜華ばかり抱え込まなくてもいいのよ?」
──『少しぐらい、教えて、背負わせてほしいなぁ』
いつかの、飛華の声。
「抱え込んでなんて、いません」
こんなの、抱え込んでいるうちに入らない。
「……そう」
ミアは少し眉を下げると目の前の扉に向き直った。扉に手を当てると小声でぶつぶつと唱える。
魔法でも、魔術でもないもの。きっと、それは。
「……ずっと廊下で立ち話だったわね。どうぞ、入って」
「失礼、します」
ミアによって開けられた扉を、潜る。
見知らぬ部屋。だけど、どこか見覚えがあった。
「わたくしの記憶を見ているなら、もしかしたら一度は見たことがあるかもしれないわね」
さっきまでの暗いトーンを払うようにミアは言った。
「稜華達も、自我が芽生えるまで、ここにいたもの」
「……はい。知っています」
ここで、ミアは。
「私達を、最高傑作っておっしゃてくれましたね」
「……そんなことまで覚えているのね」
フッとミアの表情が柔らかくなる。
「……なら、知っているのかしら。わたくしは」
「復讐のために。……どうやって復讐するのかは、知りませんけど」
ホント、ミアは私達をどうするつもりだったのだろう。
「……貴女達は直接は関係しないわ」
そう、なのだろうか。
「わたくしは……さっき稜華が言ったように魔術師を」
当たっていたんだ。
「それと……わたくしの一族、錬金術師の一族を」
錬金術。
それが、ミアの。
「アルキーミア・レッジェンダの一族、なんですね」
「そうよ」
その声は、淡々としていた。
「正直言って、わたくし、もう錬金術とか魔術とか。……どうでも良くなってきたの」
「そうなんですか?」
シンプルに、驚く。
「だけど、やらなきゃいけないから」
それが、ずっと、ミアを縛っている。
「……なら、少なくても魔術師は〈青の魔術師〉に任してしまいましょうよ」
「ダメよっ!」
え、なんで。
「真っ先に〈赤の魔術師〉様にお会いできないじゃないっ!」
……あ〜、うん。
「わたくし、もし〈赤の魔術師〉様にもう一度会えるなら、真っ先に会いたいわ。というか、目を開いてすぐ視界に入るところに居たいわっ!」
……ハイ。
そうだね。
「ミアは〈赤の魔術師〉様が大好きでしたね……」
うん、ミアが狂乱するほどには。
「だって、〈赤の魔術師〉様は……」
「あ〜、もうそれ大丈夫です。お腹いっぱいなので」
何度も聞いているからねぇ。
「錬金術師……の方はミアだけですもんね〜」
流石に錬金術師の方はミアと……私。この二人で頑張るしかない。私が役に立つかはわからないけど。
「そうよ。だから稜華」
なんでしょうか。
「学園、休学してウチで働かない!?」
「……はい?」
なぜそうなる。
「そもそも私、ミアに学園行けって言われて行っているんですけど……」
「ならそのわたくしが言うわ。ウチで働いて?」
「その……流石にいきなりいなくなったら姉妹もおかしいって思うのでは……」
できるだけリスクは避けたい。
「ふ〜ん。稜華」
はい。
「学園に未練があるのね」
「なんでそうなりますか!?」
どこをどうやったらそうなるんですかっ!
「だって稜華、いつも特になんとも思わずわたくしの言葉に頷いていたのよ? こうやって理由を並べ立てて反論するなんて、研究談義以外なかったわ」
そ、そうなのか?
「で、どうするの? 休学するの?しないの?」
「……しま、せん」
「なら時間ができたらできた時間だけここに来てね」
ニコリ、と言われて私に冷や汗が流れた。
「……頑張ります」
実際にできるかどうかは分かんないけどねぇ……。
「だけどそうなると結局、大半の時間はわたくしだけじゃない」
全然大半じゃないけど……ミアにとっては大半、なのだろう。いまいちミアの時間感覚がよくわからない。
「……流石にわたくしだけで進めるのは難しいわよ。できないことはないけど、何千年単位になっちゃう」
……果たして私はその時に生きているのか……?
いや、同じ【研究成果】の青龍希翠が百歳越えだから、流石にそれくらいは生きれる……?
「だから助手が欲しいのよ。もちろん、その役目は稜華だったし」
それが学園に行ったから助手がほぼ毎日不在、ということか。
「ミアが求める助手の役割ってなんなんですか?」
「ん〜、そうね〜」
ミアはしばらく考えた後、ゆっくりと条件を上げだす。
「まずは、魔力が多いことね」
まぁ、それは魔法・魔術を使う上ですごく重要ですよね。
「魔術を使いこなせること。別に魔法でもいいんだけど」
なるほどなるほど。
「魔術・魔法の知識が多い方がいいわ」
かなり候補が絞れてきましたね〜。
「後、正確な作業ができる人がいいわ」
ミアの条件が厳しい……。
「どう?いそう?」
「ん〜、一人か二人は」
「誰々!?」
そんな目を爛々と輝かせなくても……。
「ヘリコニア・プシッタコルムです」
まぁ、ヘリコニア先生なら、ね。
「人じゃない。しかもこっちの事情なんて分かっていないし、学園の教師でしょう?」
おっしゃる通りです。
「流石にそれはマズイわ」
そうかぁ……。
「じゃあ、条件にこっちの事情を理解している、もしくは理解できるって入ります?」
「そうね」
もう全然当てはまる人がいないのでは……?
いっそ、魔術師ぐらいしか……。
「いましたね」
そうです。魔術師なら良いんです。
「〈青の魔術師〉なんてどうでしょう?」
「わたくしが嫌いだから嫌よ」
……ワガママだなぁ。
それこそ、〈青の魔術師〉は何気と便利だと思ったんだけど。魔術師で生きているのはミアと〈青の魔術師〉ぐらいだし……って。
……そういえば、いるじゃん。
「ミア、一緒に旅行しませんか?」
“旅行“の行き先は……?




