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111 レッダ・ミア

「ミア、戻りました」


結局、私がミアの研究所に戻ってきたのは三日後。

グランデ・フィウーメ校には本当にものすごい量の資料があり、思いの外まとめるのに時間がかかってしまったからだ。


「ん。お帰りなさい」

「遅れましたが、お土産です」

「ありがと」


ミアは私が渡した紙の束を受け取ると読み始めた。

ペラリ。ペラリ。

ミアの資料をめくる音だけが広い研究所に響く。


「……ええ、いいわね」


しばらくしてミアから出てきた言葉。


「思ったよりも魔法社会に情報が残っていて驚いたわ。……歴史を改変したのは別として」


そういえば、〈青緑の魔術師〉も同じようなことを言っていたよね。

一万年の歴史っていうことになっている、って聞くと。


「面白かったわ。わたくしにはプラスアルファでここには載せられない話もあるけど。……聞く?」

「お願いします」


むしろ、ミアの話の方が楽しみだ。


「分かったわ」


ミアは毒々しいほどの笑みを浮かべた。


「わたくしの研究がひと段落ついたらね?」

「……ハイ」


……どうやら、ミアの手伝いは必須らしい。

それからほぼ二日ぶっ通しで動いたり眠くなりながらもずっと同じものを見ていたりして。

私は倒れるように眠った。




**




暗い暗い、森の中。どこだろうと思って、私はそこがどこかを知る。

本来、静かな森に響く声。金属がぶつかる音。至る所に血痕らしきものが飛び散っていた。

私は、知っている。ここがどこかを。何が起きたかを。


「ミア様、早く、私を置いていってくださいっ!」


そう言うのはチリチリの黒髪の子……シナーアだ。シナーア・ロイヤルティー。

魔術師としては、ロイヤルティー・シナーアって名乗っていたけど。


「動いて!動いてくださいっ!ミア様っ!!」


知ってる。このあと、どうなるかを。


「行ってくださいっ!ミア様っ!!()()()()()()様っ!!」


彼女の近くにはもう魔術師狩りが来ていて。きっと、魔術師である『私』と行動した魔術師の彼女のその後は。


「貴女は、〈伝説の()()()()〉なんでしょう!?」


だからなんだって言うの。

そう、『私』は心の中で叫んでいる。胸が張り裂けそうなぐらい。


「アルキーミア・レッジェンダ!」


行きなさい!という、どこか命令口調の声が、響いた。


「でもっ……!」

「でもじゃありませんっ!ここで……共倒れなんて、絶対に許されません!!」


だって、■■■■の一族だから。何があっても■■■を秘して、守らないといけないから。

一族がいるとしても、魔術師という皮を被った■■■■は必要だから。


「貴女だけは、貴女だけは絶対に逃げて!逃げ切って!その後に……いえ、早く行って!」


『私』はずっしりとした重みの箱を押し付けられ、背を押される。

迷う『私』を後押しするように。


『私』の足は、『私』の意思と関係なく前へ進んで行った。

少しずつ、少しずつ。だけど、確実に加速していっていた。遂には、走っているような速度になって。


走って。隠れて。撒いて。走って。走って。走って。隠れて。走って。走って。隠れて。隠れて。隠れて。走って走って走って走って。

ふと、立ち止まった時には、あたりはすっかり静かになっていた。


「全ては消える……。誰の記憶にも、どんな記録にも残らない……」




**




私は、『私』。

『私』は〈伝説の魔術師〉とまで言われた二次色〈紫の魔術師〉レッダ・ミア。


だけど、レッダ・ミアは仮の姿で。

所詮、『私』はアルキーミア・レッジェンダ。

■■■■の一族に生まれ、■■■■として生きることを何も疑問に思わず成長して。

■■■■の成人とともに魔術師になることを定められて。

『私』は■■■■以外の世界に触れて、疑問を持ってしまって。信じることが難しくなって。


それが、命取りになった。

だから、■■■■の一族は、存在がバレてしまった。

きっと、『私』が本気で■■■■を信じて、信じて。信じて信じて信じて信じて信じて信じて。

本気で隠し通そうとすれば、バレなかった。

そして、きっとシナーアから■■■■の情報は漏れてしまって。

……みんな、いなくなった。


わたくしは、アルキーミア・レッジェンダ。

わたくしは、親を、親類を、兄弟を、甥姪を、肉親を……殺された。


なんで?どうして。なんで、みんなが死ななきゃいけないの?

わたくしが魔術師になったから?

シナーアが死んでしまったから?

シナーアからバレてしまったから?

魔術師が異端だから?

■■■■は、秘されたものだから?


……きっと、そんなの、気にされない。

理不尽だから。世界は、理不尽だから。

わたくしは、泣き叫ぶ。きっと。

だから、わたくしは、思い続ける。思い続けなければいけない。きっと。


憎い。憎い。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い……。


だから、『私』は。わたしは。わたくしは。



「全部、全部……わたくしが、やらなければ」



全部全部。

背負って、生きて、生き延びなければいけないから。

どんな汚名を被せられようとも。どんな手を使ったとしても。


わたくしがそう言われるのは仕方ない。だって、結局のところわたくしはわたくしなのだから。

わたくしは、■■■■なのだから。

一人生き延びたわたくしは■■■■の栄光を再び取り戻さなければならない。

それがわたくしに刷り込まれた呪いだから。


だから、どんなことを言われてもしょうがない。






───国から存在を隠し続けていた、錬金術を操る一族


そう言われようとも。




**




うとうととした、微睡の中。私の意識はゆっくりと覚醒する。

ぼんやりと顔を上げると、そこにはミアの顔がある。

どうやら、ミアも寝落ちしてしまったようだった。


「珍しい……」


私はミアの寝ている姿を見たことがない。今まで、一度も。ずっと……ミアは警戒して気を張っていたのだろう。

魔術師狩りから。そして……アルキーミア・レッジェンダとして。

……私は、わかっている。わかってしまっている。


ミアのメラメラと燃える復讐心を。

怒りを。

苦しみを。

嫌悪を。

後悔を。

決意を。

絶望を。

……希望を。



「ん……?」


ピクリ、とミアの瞼が動き、ゆるゆると開けられる。


「シナーア……?」


シナーア。

ミアの、親戚で、一緒に魔術師になった子。

そして、彼女はこういうだろう。


「……アルキーミア様。起きてください」


私が間接的に知ったシナーア・ロイヤルティーは。

そして、それに対してレッダ・ミアは。


「まだ、寝れるわよね……?」


こう言う。

……知っている。このやりとりを。だけど、今の私は、こう返す。


「……はい。お疲れのようですね。今日は……特に予定がないですし、もう少し休まれますか?」

「ん……そうする……」


……ドッと、肩の力が抜ける。バレなくて良かった。その思いが溢れる。

今はミアが寝ぼけてくれていて助かった。気づいてくれなくて良かった。


むにゃむにゃと口を小さく動かしたミアは実年齢の割にかなり幼く見える。

数千歳(五千歳以上)なのに、見た目は20代のミア。

寝顔は、もっと幼く見える。


「……ゆっくり、休んでください」


ミアは、なんで私に無防備な姿を見せたのだろう?

……ミアはその日、起きなかった。そして翌朝、私が起きた時にはいつもの定位置にいた。何もなかったように。




**




「稜華に、見てほしいものがあるのよ」


そう言われ、ミアの後をついて行く。ミアが立ち止まったのは今まで立ち入りが禁じられていた部屋。……そういう部屋が、この研究所にはたくさんある。きっと、ミアの数千年の研究が詰まっているのだろう。


「稜華……いえ、貴女達【紫月姉妹】の自我が生まれて早15年ぐらい? だからそろそろ【本番】に取り掛かってもいいかなって思って」


本番。

その言葉に、嫌な予感がする。


「貴女達の自我が定着するまでかなり時間が掛かったし……遅いくらいよね」


もしかして、それは。私達が、模擬ならば。

ミアが、望んでいるのは。

ミアが、1番悲しんで、原動力にしていたのは。




「……復讐、ですか」

ところどころ抜けた記憶。それを見て来た稜華。

果たして、ミアの答えは……?

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