第三話‐②
『占いの館』の中に足を踏み入れた私は、目の前に広がる風景に一瞬、息を呑んだ。
中は予想通り薄暗く、灯りは天井から吊るされたキャンドルのみで、それが所々にある位だ。特別何も置かれてはいないけれど、花に似た様な甘く刺激的な香りが私の鼻を通っていく。どうやらお香を焚いてるらしい。その証拠にキャンドルの周りには白い靄が広がっているのが目で確認出来た。
たったこれだけの事なのに外とは全く違う雰囲気に呑まれる中、私は更に辺りを見渡した。
外で見たより中は広く、開放的に思える空間。その奥には三カ所程区切られたスペースがあり、そこはどこも厚く独特な柄のカーテンで遮られていた。どうやらあのカーテンの向こうで占いが行われている様だ。
……それにしても、
「…静かだね。」
「まぁ、ここはいつもそうよ。」
「そういえば何度も世話になってるって言ってたね。」
「えぇ。レベルを上げる為にこの街を拠点にして動いてたからね。自分のレベルが今どれ位なのか、次のレベルを上げる為には経験値はどれ位必要なのか……そういうのを聞く為に何度も訪れたもんよ。おかげで常連よ、私。」
「へぇ……あ、」
リリィの話を聞いているとカーテンで閉じられていた三カ所の内、一カ所のカーテンがゆっくりと両開きに開いた。
音もなくカーテンが開かれ驚いている私を他所にリリィは待ち望んでいたかの様に開かれた場所に向かって歩いていく。流石常連……堂々とした歩きだ。それに比べて私は……かなり緊張している。
「……だ、大丈夫。リリィも大丈夫って言ってたし…。」
こんなに緊張して不気味に思っているのは、これから何が行われるのか、どうやって調べるのか分からないからだ。そう、きっとそうだ。不安なだけ。
でもリリィは大丈夫って言ってたし、国が認めたとあれば周囲の人々も信用しているという事だ。…大丈夫、怖くない。怖くない!
生唾を飲み込みながら意を決した私は、少し震える足を前に出す。目指すは……このカーテンの向こう側だ。
「よ、よろしくお願いし…ま…………す?」
覚悟を決め、中に入る。けど、目の前にあった光景に私は思わず語尾を萎めた。
「…………え?」
「どうしたの?マツリ。座りなさいよ。」
「あ、う、うん。」
先に椅子に座っているリリィの言葉に私も目の前にある椅子に腰を掛ける。そして改めて目の前の光景に視線を移した。
狭いスペースに丸いテーブル。赤いテーブルクロスの上には怪しげに光る水晶玉と怪しげな文字が掛かれた本がニ、三冊摘みあがっている。その光景は、よくある占い師の場所っていう感じだ。
けど私が目を疑ったのはそこではない。問題はその向こう側……つまり私達と対面している者だ。者……っていうべきなのかどうか分からないけど…私はその存在を理解する事が出来なかった。
だって…私達に対面に座っている存在は、全身黒く艶やかな毛並みで二つある瞳は黄金色で光っている。ツンとあるピンク色の鼻に頭上にあるピンと立つ三角上の耳、二本の前足を行儀よく揃えて座るその姿は誰がどう見ても……普通じゃない。
「……ね、ねぇ、リリィ。」
「何。コソコソとして…。」
「な、なんでここに…ね、猫がいるの?占い師がいるんじゃないの?」
「は?ネコ?何それ。」
「猫は猫だよ。今目の前にいる四足歩行型の動物!なんで猫が目の前にいるの!?」
そう、対面して行儀よく座っているのは猫だ。しかも綺麗で上品そうな猫。でも…何故ここにいるのだ。占い師はどこいった。占い師は…!
私の疑問に対して問いかけれたリリィはというと目を大きくしながら首を傾げた。
「ネコって何?それはマツリの世界にいる何か?初めて聞いたんだけど。」
「え…?し、知らないの?猫……よくペットにされている猫の事…。」
「知らないわよ。この世界でネコって呼ばれる動物はいないし、いたとしても私は知らないわ。ペットといっても家畜や妖精位だし……。」
「じゃ、じゃあ、今目の前にいるアレは何!?占い師は?今から色々見てもらう為に占い師に会いに来たんだよね?その占い師はどこよ!?」
「どこって……さっきからずっとそこにいるじゃない。ね、マルサ。」
「全くだよ。」
「はい?」
リリィと私以外の声がした。しかも気のせいじゃなかったら目の前にいる猫…らしき動物から聞こえなかった?
まさか…あの動物が喋った?……い、いやいや有り得ない。だって動物だよ?動物が人間と同じ様に喋れる訳ないじゃない。有り得ない、そんなの絶対有り得な……、
「勇者を連れてくると言ってしばらく経つが……本当に連れてくるとは思わなかったよ、リリィ。それに…本当に私の事を知らないと見た。ここは軽く挨拶しないとね。」
「え、え…?」
動物の口が動くの同時に聞こえる第三者の声。……ま、まさか……本当にこの動物が喋ってる……!?
驚く私を他所に行儀よく座っていた動物の前足がテーブルの上につき、座って見えなかった全身が見えた。
「な……な……、」
しなやかに伸びる身体、その背には大きく生えている二翼の黒い翼。長く伸びた尾の末端は三本に分かれており、いずれも意識がある様に動いている。
「私の名はマルサ。女王が認めし由緒正しき占い師だ。ようこそ、勇者殿。」
「……ね、猫じゃない…。私の知ってる猫じゃない……!!!し、しかも本当にこ、これが占い師…!?」
「だからさっきから言ってるでしょうが。何言ってんの、マツリ。」
「だ、だって……!」
だ、だって見た目猫だから猫かと思うじゃない。けど実際は全然違って……なんか喋るし、ある訳がない翼が生えてるし、尻尾なんか三つに分かれてるし……!
それだけでも十分度肝を抜かれているというのに、更に占い師ときた。もう人間ですらない。私の想像していたものを遥か斜め上にいく光景に混乱して、頭が痛い。
「どこをどうツッコめば……!」
「まぁ、私の種族はこの辺では珍しいからね。驚くのも無理ないさ。」
「マルサはテネリ族という種族で魔力に長けている種族なのよ。国の試験も一発で通った位凄い占い師なんだから!」
「自分の様に語ってくれて鼻高々だよ。…という訳でこういう姿だが、ちゃんと占い師として仕事はしっかりとするつもりだ。あまり怖がらないでくれ。流石の私も傷ついちゃうよ。」
「あ、す、すみません。怖がってるつもりはなくて…その、少し驚いただけで…、」
「何、謝ってほしいとかそんなんじゃないんだ。ただ…この世界にいる以上、私の様な者は沢山といるし珍しい事じゃないんだ。慣れるには時間は掛かるだろうが、私みたいな者が存在するのが当たり前だと常に思ってくれると有難い。」
「マルサさん…。」
「マルサでいいよ。して、君の名前を聞いてもいいかな。私も君の事をちゃんと名前で呼びたいしね。」
「マツリです。」
「マツリ。うん、君らしい名前だ。覚えたよ、マツリ。」
ニコリと微笑む顔は猫の様で猫じゃない。その表情や言葉からは私やリリィと変わらない人間らしさがあって、そして一つ一つの言葉は優しい。
さっきまでの不安や緊張…それこそ警戒していたものが少しだけ解けた気がする。
「にしてもマルサ。まだ何も言ってないのにマツリの事よく勇者だって分かったわね。異世界から来た事も知ってるみたいだし…、」
「そりゃあ占い師だからね。私だけじゃない。こっちの道にいる者は一目みたら誰だってわかるさ。纏う空気や魔力が他と全く違う。それに…この世界とは明らかに違う、異質的なものをマツリから感じる。そう考えればマツリはこの世界の人間じゃないって事が分かる。」
「そ、それだけで私が別の世界から来たって信じるんですか?」
「逆に私達みたいな者は自分が見たものを一番に信用している。状況等より自分の目で見たものを信じている。故に私は私が見たものを信じる、それだけさ。」
「は、はぁ……。」
「よく分からないって顔してるわよ、マツリ。」
「…実際よく分からないの。」
「ははは。私達みたいな者になれば分かるものさ。…さて、そろそろ仕事の方させてもらうかな。何が知りたいんだい?」
「私の現在のレベルとマツリの適正職業を教えてほしいの。」
「なるほどね。では早速リリィの方から見させてもらおうかな。リリィ、手をこちらに。」
マルサに言われリリィは言われるまま自分の手をテーブルの上に差し出した。差し出されたリリィの手にマルサは自身の前足を乗せると瞼を閉じた。その瞬間、二人の手を包む様に白く光り出す。
マジックでもなければ種も仕掛けもない。目の前にある光の光景に驚いて空いた口を塞ぐ事が出来ずにいると光が徐々に弱くなっていった。
「…うむ。現在リリィの魔術師レベルは3。…本当に自身の持つ経験値と魔力を使って勇者を召喚したんだね。驚いたよ。」
「えぇ~…マルサ、私が勇者を召喚する話、信じてなかったの?酷い~。」
「信じてなかった訳じゃないさ。けど勇者を召喚するなんて千年前の御伽話だし、半分冗談かと思ったんだがね……こうもリリィの状態を目の当たりにすると本当なんだって実感するよ。何せ自身のレベルが上がる事あるが、下がるなんて現象、ありえないからね。」
「…レベルが下がるのは、ありえない…。」
リリィは自身のレベル…というより今まで培ってきた経験値と魔力を使って私を召喚した。私を召喚したリリィのレベルは下がり、マルサ曰くそれはありえない事で……私は勇者として召喚されたけど、リリィにありえない事をさせてしまった…という事なんだろか。
私ではリリィのレベルをどうにか出来る訳ではないし、そもそも私の意志で召喚した訳じゃない。リリィが自分の経験値を使ってでも勇者を召喚したかったから召喚した訳で……レベルが下がったのは私のせいではない。
…けど、少しばかり罪悪感を感じるのは事実だ。
「さて、私のレベルも分かった事だし……次はマツリの番ね!」
「え?あ、あぁ。そうだね。確か私が見てもらうのは……、」
「適正職業よ。マルサ、お願い。」
「あぁ。では、マツリ。手をこちらに。」
「は、はい。」
今度は私か……。いざ自分の番になるとこんなにもドキドキするなんて……さっきの光景も見ているせいか余計に緊張してくる。
言われた通りテーブルに手を差し出すとリリィの時と違い、マルサは長い尾を前に出し、三つに分かれている尾の先をそれぞれ私の親指、中指、小指に合わせる。
「では、始めよう。何、不安がる事はない。すぐに終わるよ。」
「は、はい。………ッ、」
瞬間、マルサの尾と触れた指先から何かが流れ込んできた。
静電気に似た様な……細く、針の先に触れた様な感覚。触れた指先から伝わり、それが腕へと昇り、全身に回る。
リリィの時の様に特別光っている訳でもなければ凄い現象が起こっている訳じゃない。けど……今確かに、私とマルサは触れた先から繋がっているのが分かる。
全て、見透かされていくのが……分かる。
「……終わった。マツリの適正職業も分かったよ。」
するりと言葉と共に触れた尾が離れていく。触れた指先に思わず視線を向けるが、当然ながら何も起こっていない。けど……確かに何かが起こっていたのは私自身、分かっている。
「それで、それで?マツリの適正職業は何なの?剣士?魔術師?それとも…聖騎士かしら!?」
「落ち着きなさいな。…マツリ、これから告げる適正職業はあくまでこちらの世界での話だ。マツリのいる世界と一緒にしちゃいけないよ。わかったね?」
「え?あ、はい。分かりました。」
……なんだろう。なんだかその言い回しだとこれから告げられる私の適正職業はそんなにいいものじゃない様に聞こえる。気のせい、かもしれないけど。
一抹の不安を覚える私と対照的に目をキラキラと輝かせ期待に満ちた目で結果を待つリリィにマルサは行儀よく椅子に座り直すと一呼吸置いて、口を開いた。
「マツリの適正職業は……、」
……私の適正職業は……?
「ズバリ……『商人』だ。」
「…………へ?」
商人?




