第十二話‐⑦
「…なるほど……勇者と来たか……。」
どれだけ話をした事だろうか。水路に向かう為の道を確保する、となれば最初から話さなくてはならないと思い、一から説明をした。
自分はこの世界の住人じゃない事、勇者としてリリィに召喚された事、魔王の封印が解かれ眠りから目覚めようとしている事、それを防ぐ為に再び封印の旅をしている事……そして、その為に隠し通路をどうにか使わせてほしい事。
私達の話にグラミクさんは何も言い返す事もなければ、反応すら見せなかった。腕を組み、ただ黙って話を聞いるばかり。
グラニフさんに勇者の話をした時は御伽噺だと切り捨てられたけれど、話を聞き終わっては考える素振りを見せるグラミクさんはどうやらグラニフさんと考えは違うらしい。
「魔王を封印する為の力が街の外にあるという事だが、今は騎士団によって街から出られない状況……その為に俺が管理している通路を使わせてほしい…か。」
「一刻も争うのよ。悠長をしている暇ないのよ。……それとも何かしら。息子同様、私達の話を信じられないというのかしら?御伽噺だって、」
「リリィ…、」
「まぁ、いきなり勇者だと言われて「はい、そうですか」と頷ける程俺の首は軽くはないわな。…だが、嘘をついている様にも見えん。」
「それもお得意の勘、ってやつか?」
ジークの問いかけにグラミクさんは笑みを浮かべて「あぁ」と頷いた。私達の話を嘘だとは思わない、けれどすぐに信用する事は出来ない…そういう事だろう。
だが、そう思うのも分かる気がする。いきなり見知らぬ人間が現れて、世界を救う為に現れた御伽噺の存在だと言われたら……私だってすぐに信じようとは思わない。むしろグラニフさんと同じ反応をしては、話を最後まで聞かなかったかもしれない。
その点を考えると……真剣に話を聞いてくれているグラミクさんは常人とは違う考えを持つ……それこそ、凄い人なのかもしれない。
「にしても勇者か……。予想していた話よりかなりぶっ飛んでいて驚いたな。しかも……そこの商人のお嬢ちゃんとはな、」
「すみません…何も取り柄がない普通の者で……、」
「おいおい。何に謝ってるんだ。……でも、そうだな……勇者というなら、証拠を見せてほしいものだな。」
「証拠…ですか?」
「あぁ。話を聞いて嘘をついている様にも見えない。信憑性のある話でもあった。だが……それだけで信用しろ、というのは難しい。ここはやはり、勇者という証拠を見せて貰えなきゃ話は進まない。」
「そ、それは……ごもっともで…、」
「ハァ…全く、分かってないわねぇ……。マツリから流れる魔力の質で分からないかしら?常人とは逸脱している特殊な魔力なのに……、」
「悪いが俺は商人だ。人様から流れる魔力の質なんて分かる訳ないし、俺は俺の見たものしか信じない質なんでね。」
ニッと笑みを浮かべるグラミクさん。その表情からは余裕と自信の強さが感じられる。…こればかりは勇者としての証拠を見せなくてはならない。
……とは思ってはいるものの、勇者としての証拠なんて何かあるだろうか。リリィの言っていた魔力の質?というか、私に流れている魔力は特殊らしいが、それを感じて勇者として納得してくれたのは占い師のマルサだけだ。
だが、今目の前にいるグラミクさんはマルサやリリィの様に魔力を感じる事は出来ない。魔力の知識があるジークやシフォンの様なエルフ族でもなさそうだし、パッと見ただけで私が特殊な魔力があると分かる訳ない。実際私だってグラミクさんの魔力を感じるかと言われたら、全く感じない。見えないし、感じない。
なら他の事で証明すればいい。…と思って考えてみるけれど、それ以外に勇者としての証拠があるか?……いや、考えてみるけれど、思いつかない……!
私以外なら何か思いつくかも…と淡い期待を込めながら周りに視線を向けるが……シフォンは思い付かないのか私と同じ困った様な表情を浮かべていて、リリィは「なら巫女出しなさいよ!!」とグラミクさんに強く抗議していて、クロトに至っては無表情だ。
そしてジークは……楽しそうに薄ら笑みを浮かべながらグラミクさんとリリィのやり取りを聞いていた。その様子からは緊迫感も何も感じない。あまりにも場違いな空気を放っているジークに思わず視線を向けていると私の視線に気付いたのか私の方を見ては笑みを浮かべた。
「どうした?マツリ。早く証拠を出してやろうじゃないか。」
「え、証拠って……さっきリリィが言っていた以外に何かあったっけ……?」
「え?お、おいおいおい……嘘だろ。まさか、コレの事忘れてるのか?」
「「コレ?」」
ジークの発言に思わずシフォンと言葉が重なった。私達の反応にジークは「やれやれ」と肩をすかすとそのまま背にあった物を目の前の机に静かに置いた。そ、そうか…これか!!
「なんだ?それは……弓、か?」
「あぁ。それとマツリが勇者である紛れもない証拠だ。」
ジークの行動に注目したグラミクさんの疑問にジークは薄く笑みを浮かべながら頷いた。そう…机に置かれたのは弓だ。しかもただの弓じゃない。…勇者の力として風の遺跡から持ち出された『風の大弓』だ。
「これは俺達が住んでいた谷にある風の遺跡にあった物。魔王を封印する為に必要な勇者の力の一つだ。…大商人のアンタなら、この弓がそこらにある弓とは違うのは分かるだろ?」
「……確かに……普段出回っている様な物とは違うな。価値もどれほどの物か……商人の俺から見ても『つけられない』。」
「そ、そうなの!?」
「え、なんでリリィが驚くの…?」
「アンタね……忘れてるかもしれないけれど、商人には二つの力があるの。一つは『合成』。それは分かるわよね?そしてもう一つが…『目利きの才』よ。つまり物の相場が見ただけで分かるの。アンタも商人なんだから出来る筈よ。」
「そ、そうか。確かにそんな話してたね…。でもそれと驚いた事とどういう関係が……、」
「もう!つまり同じ商人であるグラミクさんも目利き出来るっていう事。けど…アンタより確実にレベルも高くて、商人として長い人でさえ、あの風の大弓の値段が目利きで分からないって言ってんの。」
「物には多かれ少なかれ価値があります。商人の目利きで物の、それ相応の価値を見出す事が出来る。そして、それが出来るのは商人という職業の方だけです。」
「その商人が目利き出来ない代物がこの世に存在するのよ?驚かない訳ないわよね。」
リリィとシフォンの言葉に私は視線を部屋にある家具へと向けた。視線を凝らして見ると何となくだが、家具のそれ相応の値段というのは感じ取れる。家具だけじゃない。備え付けられた花瓶、そこに活けられた花、天井から吊り下げられたシャンデリア、身に着けている服…今まで意識して見た事なかったけれど、意識してみるとそれぞれの値段、つまりは『価値』というものが何となくだけれど感じ取れる。
これが商人の『目利き』というものだろう。以前にエレクシールを合成した時も値段を聞く前から高そうというのは感じ取れていた。
けれど……机の上に置かれた風の大弓は……グラミクさんの言う通り、価値が…感じられない。高そうでも安そうとも思えない。凄そうとは思うけれど、価値はどれぐらいかと問われたら……『分からない』。
「価値がどうかは今はそんなのどうでもいいだろう。問題は、これが使える者が俺かマツリしかいない事だ。」
「何?それはどういう事だ?」
「さっきも言ったが、これは魔王を封印する為に必要な勇者の力…つまり勇者であるマツリとマツリに認められた者しか使えない代物だ。…その弓、持って確かめたどうだ?」
ジークに促されグラミクさんは躊躇う事なく弓に触れ、柄の部分を掴むとそのまま自分の元へと引き寄せる様に持ち上げた。……が、動かない。
私や皆は何故弓が持ち上がらないのか理由が分かるし、これに似た様な光景を一度見た事があるから驚かないけれど……初めて経験したグラミクさんは「どういう事だ!?」と声を大きくして驚いていた。
「全く持ち上がらん!こんなに細いのに……どうなってるんだ!?」
「言っただろう?それは勇者であるマツリと勇者に認められた者しか持てない。現に俺は持っていただろう?なんだったらマツリにも持ってもらうか?」
「マツリ。」
グラミクさんの反応を楽しんでいるジークと隣に座るリリィに促され、私は立ち上がり机の上にある風の大弓に触れた。触れた先から伝わる少し冷たいガラスの様な材質とそこから流れてくる風を感じながら私は大弓を持ち上げた。
「!?」
「…こ、これでいいかな?」
「な、何故だ?俺では持てなかったのに……重たくないのか?」
「重たくないです。むしろ羽根みたいに軽く感じます。」
コトン、と机の上に再び弓を置くと信じられないと言わんばかりに目を開いては弓を凝視するグラミクさん。その表情は驚いているものの新しい物に興味を持った小さな子供みたいで活き活きとしている様にも見えた。
「一体どうなってるんだ?こんな弓、初めて見た…。変な細工をしている様にも見えないしな…。」
「話では確か…弓に流れる風の魔力が兄さんの中に入って完全に結合しているから、マツリさん以外に扱えるのが兄さんだけ…でしたっけ?」
「う、うん。確か…そんな感じだった気がする。」
「…成程な。確かに特殊な弓だ。俺が持っても動じず、認められた者だけが持つ事が出来る代物…。現にあんなに重たくて動かせなかったのに、弓を乗せている机は弓の重さに耐えている。つまり元々はマツリ殿の言う通り軽い物なのだろう。だが、認められた者以外は重く持てない様にしている。…まるで弓自身が選別している様に…。」
「実に面白い」と満足げに語るグラミクさん。そんなグラミクさんに痺れを切らしたのか隣にいるリリィが身を乗り出しながら「これで分かったでしょ?」と言い放った。
「商人が目利き出来ない代物、その所有者であるマツリ……。勇者である証拠よ。」
「……うむ。確かに未体験な代物に出来事だ。これがはたして本当に勇者である証拠なのか判別する術はないが……街から出たい話の辻褄も合うし、何より嘘をついている様にも見えん。……よし!」
「!」
突然の大声に私とシフォンはビクリと身体を震わせた。だがそんな私達に気にせずにグラミクさんは満面の笑みを浮かべると私達に言い放った。
「このグラミク、貴殿らを勇者とその一行だという事を認めよう!」
「!…ほ、本当ですか!?」
「あぁ。勿論だとも。俺は嘘をつかん。」
「なら、この街から出る為の道、使わせてもらます!?」
「それは、交渉次第だな。」
「「え?」」
「ハ!?」
隣にいるシフォンと同時に声を発し、リリィに至っては目を見開きながら思いの外大きな声で反応していた。声を発する事はなかったけれど、対面にいるジークも予想外の返事に驚いている様だった。
…私達が勇者である事は証明したし、グラミクさん自身認めてくれた。その上でこの街から出る方法を聞いていて、理由も話した。その事も理解してくれている筈なのに……、
「な、何故ですか?交渉って一体…、」
「言葉通りだ。王都にも知らせていない、街の抜け道を使いたいんだろ?なら、その為の『通行料』を払って貰わねばならん。」
「な、な…何言ってんの!?ふざけないで!!」
ガタン、とリリィが勢いよく立ち上がる。あまりの勢いに机の上にあったカップが倒れ、残っていた中身が流れる様にして零れてしまった。
「リリィ」と制止しようとしたが、頭に血が昇っているのか私の声はリリィには届いていない様で……グラミクさんに詰め寄る勢いで言葉を放った。
「何よ、それ!?通行料!?私達の事を疑った上に洗いざらい話をさせておいて……通行料払えっていうの!?これがこの街一の権力者のやる事なの!それともアンタも息子同様、馬鹿にしてるつもり!?!」
「馬鹿になんてしていない。そもそも、話を信じていなければ、こうやって交渉すらしなかった。全ての話を聞いて、嘘偽りがない事を俺自身感じ取れた。だからこうして話しているんだ。…この街の商人としてな。」
「この街の…商人として……、」
グラミクさんの最後の言葉に私は膝の上にある手を握りしめた。……なんだろう、この感じ……。
理由は分からないけれど……確信もないけれど……グラミクさんの言っている事は嘘でも、馬鹿にしている訳でもない、と思ってしまう。
いや、そう思わないと……『いけない気がする』。
「…通行料を払わないと通れない理由があるんですか?」
「マツリ…?」
「勿論だ。この街を守る為にも……裏のルートは王都に知られる訳にはいかんのだ。……何故、俺達が王都に黙って裏ルートを確保しているか分かるか?」
「それは…流通を確保する為でしょ?この街は流通の街なんだから。」
「そうだ。もっと言うと、この大陸唯一の流通の街だ。この街を経由して隣の大陸や他の街や村に商品を運ぶ……言うならば人々の生活ラインの経由地だ。それが王都や騎士団に阻止されてみろ……人々の生活はどうなる。止まってしまうだろう?」
「だから…裏のルートを?」
「それだけじゃない。…この街はこの大陸では大きな街だ。それでいて数多くの物が集まる。それを頼りに病気やケガを治す者もいる。……意味が分かるか?」
「……、」
明確な答えはまだ、貰っていない。けれど、言葉の続きや意味は……予想出来てしまう。それは私だけじゃなく、聞き入ってしまっているリリィや他の皆も同じ様で神妙な顔をしていた。
この街は確かに今まで見てきた中で一番大きく、多くの人が行き交う街だ。見た事のない代物も数多くある…いや、集まっているのだ。商売をする為に集まっているのだ。
食べ物や衣類、物珍しい雑貨、武器……その中には薬品や医療品も含まれているだろう。それを求めてこの街にやって来る人もいる。それを頼りに病気やケガを治そうとする人がいるからだ。
…だが、それが無慈悲に止められてしまったらどうなるだろうか。薬や医療品を求めてやってきた人が街に入る事も出る事も許されない。それは即ち、病気やケガをした人達が治療出来ない事だ。下手をしたら……考えるだけで息苦しくなる。
「俺は…どんな理由にせよ、そういう者を見捨てる事は出来ない。この街にいる者も外で『待っている』者も……だから、抜け道を作った。」
「……、」
「この街を最低限動かせる様に、人々の営みを壊さない為に、内外問わず苦しむ人を減らす為に……俺は抜け道を作った。…だからこそ、それを壊されない様にする為に『通行料』を設けた。そういう事を理解出来ない奴に知られ、うっかり騎士団に漏らされても困るからな。」
「許可を貰うというのも……グラミクさん自身、通すべき人を判別する為なんですね。」
「あぁ。まぁ、それに関しては最初に言った通りだ。そして、それをマツリ殿達は合格した。だから、次は『通行料』の話だ。」
「…成程。話は理解出来ました。…それで、その『通行料』っていうのは何を用意すればいいんですか?」
「マツリ!?まさか…通行料用意する気?」
私の発言にリリィは驚いた様に問いかけてきた。用意も何も……用意しなければ、通れない。この街からは、出られないのだ。
「簡単に通らせてくれないのは最初から分かっていたでしょ?それに…簡単に通らせてくれない理由も聞けた。それに納得しただけだよ。」
「そ、それはそうだけど……、」
「そんな簡単に納得していいのか?いや、信用していいのか?」
「ジーク?」
「こっちは嘘偽りなく話したし、質問も答えた。それは向こうが用意していた巫女様経由で分かっているだろう。だが、逆はどうだ?」
「逆…まさか、兄さん。グラミクさんが話していた事が嘘かもしれないって言いたいの?」
「ほう。」
「何、俺達にはそれを確かめる方法がないって言いたいだけさ。俺達には確かめる為の占い師も祈祷師も巫女様もいないからな。」
「グラミクさんは嘘ついてないよ。」
「え、」
「あ…、」
咄嗟に出た言葉に周りは声を失う様に驚いていた。けれど一番驚いていたのは……私自身だ。
考えるよりも前に……言葉が出てしまった。
「マツリ?…なんで嘘ついてないって言いきれるの?」
「それは……分からない。」
「は?何言って…、」
「分からないけど……そんな気がするの。グラミクさんは嘘ついてない。全部本当の事を話してるって……気がする、」
「それってつまり…勘って事?……ハァ…アンタって子は本当……、」
「で、でも…マツリさんの言う事、何となく分かります。私も…その、グラミクさんは嘘をついている様に思えません。」
「シフォンまで何言って…、」
「巫女を用意して、特殊なまじないまでして嘘をつく、か。…大掛かりな上に手間が掛かる事、俺には出来ないな。」
「お、クロトが意見を言うなんて珍しいじゃないか。」
「何珍しがってんのよ。元はと言えばジークが言い出した事でしょ。どう責任取るのよ。」
「論点がズレてるぞ、魔術師殿。俺は普通に意見して、マツリが意見を返した。それだけじゃないか。…俺はマツリが言った事を信じるよ。そういう魔術師殿はどうなんだ?」
「私は…!……アンタに言われるまでもないでしょ。マツリを信じるに決まってるじゃない。ただ……少し話に納得出来ないだけよ。ここまで話しておいて嘘でした、なんて事…、」
「それだけはない。確実に存在するし、通行料を払ってくれれば必ず通らせる様にする。なんなら契約書を作ってもいい。」
「グラミクさん…、」
「…マツリ殿は信頼されているな。良い事だ。」
「そ、そうでしょうか?」
「あぁ。信頼されているからこそ心配され、注意され、止めてくれるのだ。そういう仲間は貴重だ。大切にして損はない。……それで、どうする?通行料を払うか?払わずに諦めるか?」
「……払います。ここまで来て、そのまま帰るなんて事、出来ません。」
「…交渉成立、というやつだな。それでこそ、商人だ。」
ニッと力強く笑みを浮かべるグラミクさん。交渉成立…交渉らしい交渉はしていないと思うけれど……何故かその言葉に自然と背筋が伸びてしまう。
けれど、今はそれを気にする事じゃない。今一番気にするのはやはり……、
「それで……私達は何を用意すればいいんですか?」
「あぁ、そうだな。…誤解を与えたくないから最初に言っておくが、裏のルートを使っている奴等は皆、
同じ条件の通行料を払っているからな。覚えておいてくれ。」
「もったいぶるわねぇ…。それで、通行料は何?お金?」
「金が一番分かりやすいな。金か…それに替わる物でもいい。通行料は……、」
その時、放たれた言葉は……今だかつてない衝撃と驚き、そして……私達を突き動かしていた活力みたいなモノを一気に奈落の底に落とすものだった。




