第二話‐③
「さぁ、腹ごしらえも済んだし……そろそろ宿に行きますか!」
「宿?」
あぁ、そういえばこの村に来た理由も宿に行くっていう話だったな……そんな事をボーっと考えている私はリリィと共に酒場を出た。
酒場を出るといつの間にか空は赤く染まり、夕方になろうとしていた。結構長い時間いたんだなぁ……。
「ほら、あそこが宿屋よ。今日はあそこに泊まります!」
先頭を歩くリリィが道の先にある建物に指をさした。
酒場と同じ石造りの建物。赤い瓦の屋根がやけに明るく見えたのはきっと夕日の光のせいだろう。
一瞬幻想的で私が見慣れていた建物とは違う建物の構造に内心驚きそうになるも、そこはぐっと堪えた。
「もう…何が来ても驚かん。」
「お、言うねぇ。…ちょっとは落ち着いた?」
「まぁ、大分ね。」
ある程度の話は聞いたし、混乱してたけど食べるもの食べて、泣くに泣いたら……大分落ち着いた。勇者になるうんぬんは置いておくとして、もう何が起きても極端に驚く事はない…筈。
リリィに連れられ宿となる建物の前に辿り着いた。流石に人を泊める場所とあってか先程までいた酒場に比べ、建物自体大きい。
カランコロン~
リリィが扉を開けると呼び鈴が軽快に鳴り響く。先に入ったリリィに続いて中に入ると先にフロントらしき場所がある事に気付いた。そしてそのフロントでは先客が手続きしている様だった。
全身黒い服に身を包み、腰には長い鞘。黒い髪色の男性の後ろ姿の先客は……どこかで見た事がある。どこで見たんだろ……。
「あ!」
気付いて声を上げたのと同時に背を向けていた男性が振り返った。
黒い瞳の無表情の男性……間違えない。あの遺跡で魔物に襲われそうになった時助けてくれた人だ!!
「あ、あの!」
「………、」
声を掛けてみたけど男性は聞こえなかったのか、はたまた無視しているのかするりと私の横を通り過ぎると廊下の先に並んでいる部屋の一室に入ってしまった。
バタン、と扉が閉まった音がやけに耳に響いた。
「あ……行っちゃった……お礼したかったんだけど…、」
「お礼~?さっきの奴?」
「うん。ほら、遺跡にいた時助けてくれたでしょ?」
「ん?……あぁ、あの時のね!!別に良いわよ、お礼なんて!」
「そ、そんな!私あの時死ぬかと思ったし……命の恩人なんだよ?」
「マツリにとって命の恩人なんだろうけど、魔物狩りは仕事をしただけ。マツリを助けた訳じゃなくて襲ってきた魔物を対峙して、それでお金を貰ってるだけだから。礼を言う必要なんてないわよ。」
「そ、そうなのかな?」
「そうなの!さて、ちょっと手続きしてくるから待ってて。」
そう言い残しリリィはフロントに向かった。
魔物狩りは魔物を狩ってお金を貰ってるって言ってたけど……魔物っていうのはあの怖い動物の事…だよね?
それを狩って、お金を貰うって事はそれだけ危険な動物だからお金が出ているという事で、それを狩っているあの人は強いんだ。
助けてくれた時も一瞬で倒してたもんね……リリィも見た事ないマスコットキャラクターを出していて凄いなとは思ってたけど、あの人も凄い人なんだ。
「マツリ、部屋行くわよ~。」
「う、うん!」
フロントで泊まる手続きを終わったのかリリィが鍵を片手に私を呼んだ。リリィの声に私は返事をしながら、急ぎ足でリリィの元へと駆けて行った。
●●●
宿の一番奥にある部屋はお風呂付の二つベッドが並ぶ云わばツインルームだ。
まぁ…私の知っているホテルのツインルームと比べたら豪華さはないし、民宿と言った方が合っているかもしれない。
「ふぁ~!ベッド気持ちいい~。」
部屋に入った途端二つある内の一つのベッドにダイブするリリィ。リリィに続いて私も空いている方のベッドに腰を下ろした。
その瞬間身体が鉛の様に重くなる感覚になった。ドッと身体に疲労が襲い掛かり思わず小さく溜め息をついてしまった。
「疲れた…のかな。」
「そりゃあ疲れるでしょう。知らない環境の中に突然放り出されたんだから…疲れない訳ないって。」
「疲れさせているのは、どこの誰だっけ?」
「固い事言わないでよ~。私も召喚して魔力使い果たしたんだから~。」
「…ねぇ、これからどうするの?目覚めた力を手に入れるとか言ってたけど……、」
「あぁ、それね。でもまぁ、まずは仲間集めとかマツリの職業を確認しないといけないから……それが終わってからかなぁ。」
「仲間集めと…職業?何それ…。」
「職業は職業よ。簡単に言うと……、」
コンコンッ
リリィの言葉がドアのノック音によって止められた。なんだろうとリリィと顔を見合わせると「失礼します」と小さな声がしたのと同時に閉じていた扉が開いた。
「お茶をお持ちしました。」
小さな女の子だ。見た感じ小学校低学年位の年齢の女の子。
その小さな女の子の手には大きなお盆、そして二つのティーカップと大きなティーポットが乗っている。
「よい…っしょと、」
女の子はふらふらと危なげに歩きながら重そうな盆を机に置く。慣れない手つきでティーポットに入っていた紅茶らしき液体をティーカップに注いでいく。
二杯分のお茶を注ぎ終わると女の子はやり切った様に一息ついた。
「ふぅ…ど、どうぞ。」
「あ、ありがとう。」
「ありがとう。後は私達でやるから、貴方は戻ってもいいわよ。」
「は、はい。ありがとうございます。し、失礼します。」
私とリリィにティーカップを手渡すとそのまま女の子は部屋の入り口で一礼をして、部屋から出ていった。あどけなく、たどたどしい感じは年相応の子供だ。
「お手伝いかな?」
「マツリにはそう見えたのね。」
「え?違うの?」
「あれは…孤児ね。」
「え、」
「そう驚く事じゃないわよ。この世界じゃ珍しくないし、年々増えてるの。」
聞き慣れない言葉に驚く私を他所にリリィはティーカップに口をつける。こ、孤児って……つまりあの子は…捨てられた子って事…?
「マツリを襲った様な魔物が年々増えてるの。恐らくだけど魔王の魔力の影響だと思うんだけど……年々増えては凶暴性を増してて、傭兵を雇えない貧しい村や小さな村が襲われたりして行き場をなくした子や飢餓で親を亡くした子、捨てられた子……そういう孤児は沢山いる。さっきみたいに運よく拾われて働かされる子もいれば、そうじゃない子もいる。」
「……魔王の影響っていうのはどういう事…?」
「魔王は闇と死で世界を支配する存在。その力によって疫病を蔓延させ、凶暴な魔物を従えているの。その魔王の封印が弱まっていくとその影響も徐々に出てくる。その一つが孤児なの。そしてそれは封印の効力が弱くなっていくにつれ増えていくわ。」
「そんな……。」
危なげにお茶を運んでいた女の子。あの子が孤児で行き場を失くして、ここにいるという事だろうか。そしてそれはあの子だけじゃなくて、他にも沢山いて……そしてそういう子はどんどん増えていく。
そんな悲しい事が…目の前で起こっているなんて……、
「だから、それを私達が止めるのよ。」
「え?」
「勿論私達で孤児が増えるのを止めるとか完全には出来ない。けど増やす影響を一つ、止める事は出来る。」
「影響って……魔王の事?」
「そうよ。そしてそれが出来るのは私と勇者と呼ばれたマツリだけ。さっきみたいな子が増えていい訳ない。それはマツリにもわかるでしょう?」
「それは…そうだけど……、」
「何、私達は私達がやれる事をすればいいわ。ね?」
「う、うん…。」
どう返答すればいいか分からず曖昧に頷く。
私とリリィで孤児が増える影響である魔物を再び封印する。言葉にするには簡単だけど実際やれるかと言われれば出来るか分からない。
それにもしそうなったとしてもそれは私が勇者として行動するという事だ。今の私には…それは出来ない。
勇者としての自信もなければ行動を起こす事も出来ずにいるのだから。
●●●
夜。
あれからお風呂に入り汗や汚れをとった私とリリィは早々に眠る事になった。
辺りはすっかり真っ暗になり、宿屋の中も静かなものだ。
隣のベッドではリリィが静かに寝息を立てて眠っている。けど私は……、
「…ダメだ……眠れない。」
目が冴えてしまって眠れない。身体は疲れている筈なのに……全く眠れる気がしないのだ。
倒していた身体を起こし、ベッド下にある靴を取り出しては履いた。
「少し外の空気でも吸おうかな…。」
ここで窓を開けてはリリィを起こしかねないし……。
そうと決まればと私はリリィを起こさない様に静かに部屋を出た。
部屋を出ると当然の様に人はおらず、灯りもなくて薄暗い。窓から入ってくる月明りを頼りに夜の静寂に包まれている廊下を音を立てない様に歩き、宿屋の入り口から外に出た。
「うー…ん……!」
外に出るとやはり静かなもので、冷たい夜風が髪を撫でている様で気持ちいい。腕を伸ばして身体を伸ばしているとふと、視界の隅に誰かがいるのに気づいた。
こんな夜に誰だろうと少し驚きながら視線を向けるとそこには部屋に訪れた女の子が空を眺めながら立っていた。
「こんな時間に何してるの?」
「え?あ……!」
静かに立っている女の子に思わず声を掛けると女の子は私の存在に気付き、目を見開いて驚いた。けどすぐに元の表情に戻すと小さく口を開いた。
「えっと……お星さまを見ていたんです。」
「お星さま?」
女の子の言葉に私は視線を上へと向ける。
視界にいっぱい広がる黒い空。そしてそこに無数に広がる光の粒。個々に輝き放つ光の粒は見た事がない美しさがあり、息を呑んだ。
「す、ごい……綺麗な星空…。」
「いつもこの時間にお星さまを見てるんです。お星さまを見ていると…とても安心するんです。」
「安心?」
「はい…。…私の家は山向こうにある小さな村にありまして、家族と過ごしてました。裕福ではありませんでしたが不自由でもない。毎日楽しく過ごしてました。けど……ある時、魔物が村を襲って……一人になっちゃんたんです。」
「…え、」
女の子の言葉に思考が一瞬止まった。魔物に襲われて一人になったって……それって……、
衝撃を受ける私を他所に女の子は満天の星空を眺めながら言葉を続けた。
「そんな時…偶然ここの主人が私を拾ってくれて、仕事もくれて、生活も出来る様にしてくれて……運が良かったです。けど…私は一人で、家族もいなくなって…凄く悲しくて、辛かった。」
「…それは…そうだよ。悲しい訳ない。」
リリィが言っていた話を思い出す。魔物に襲われ身寄りのない子供が増えている……孤児の原因の一つ。この子はそういった事に巻き込まれた……本当の孤児、なんだ。
私より遥かに小さく、働くにしては早すぎる年齢の女の子が…一人。家族がいなくなった悲しみを背負うにしては、あまりにも重く、聞いているだけで胸が締め付けられる。
励ますにしてもなんて声を掛けてやればいいか分からず、静かな空気が私達の間に流れた。けど……それはほんの束の間だった。
「けど…けどですね、このお星さまを見てたら少しだけ、頑張れると思えてきたんです。このお星さまはずっと変わらず私を見ててくれる。一人じゃないよって言ってくれてる気がするんです。」
「一人じゃない…。」
「はい。きっとあのお星さまの向こうには私のお母さんやお父さんもいて…ずっと見ててくれてる。……そう思えると安心して、また頑張ろうって思えるんです。」
「…そっか。…君はとても強いね。」
「強い…ですか?」
「うん。とっても強くて、頑張り屋さん。」
こんな小さな子が…私より一回りも年下の子が、過酷な環境の中頑張って生きている。現実を受け入れて、それでも頑張ろうと戦っている。
その姿は小さいのに強くて、立派で……勇敢だ。
なのに私は…何も出来ていない。いや、しようとしていない。最初から無理だと諦めて、何もせずにいる。
『何、私達は私達が出来る事をすればいいわ。ね?』
そう、リリィが言っていた。それに私達が行動を起こせばこの子みたいな子は増えないかもしれない。
ちゃんとやれるかどうか分からないし、もしかしたら何も出来ないかもしれない。けど……やってみなくちゃ分からない事もあるのも事実だ。
「……勇者か。…私なりに、なれるかな。」
「え?」
「ううん。ちょっと独り言。…それよりそろそろ寝た方がいいんじゃない?明日も仕事あるんでしょう?」
「あ、そうですね!じゃあ私はこれで失礼します。おやすみなさい!」
「おやすみなさい。」
丁寧に一礼をして去って行く女の子。その背を見送り私も部屋に戻ろうと宿の中へと入った。
「あ、」
「………。」
中に入ると丁度あの時の男性が部屋から出てきた。こんな時間にどこかに行くのか男性は私の横を通り過ぎようとした。
そんな男性に私は、意を決して口を開いた。
「あ、あの!」
「……、」
声を掛けるとピタリと男性の足が止まった。けど、こちらを見ようと振り返る事はない。私は止まった男性の背に向けて、再び口を開いた。
「あの時、助けてくれて…ありがとう。とても…その、助かりました。」
「………。」
私の言葉が届いたのか、伝わったのか……それは分からないけど、男性は何も言わず、そのまま宿の外へと出ていった。
「やっと言えた…。」
あの人にとっては仕事だったかもしれない。私の事なんて覚えてないかもしれない。けど……私にとっては命の恩人である事に変わりはない。
やっと言えたお礼の言葉に重たかった胸のモヤモヤも今ではスッキリしている。気分も…凄く落ち着いてる。
「さて、寝るか……。」
今ならぐっすりと眠れるかもしれない。私は来たる次の日に向け、部屋に戻ってベッドの中へと入った。
私の予想は的中して、ものの数秒で私の意識は夢の中へと入っていった。
●●●
「今、なんて言った?」
次の日の朝。宿で提供された簡単な朝食を摂り終わり、出立に向けて身なりを整える中、リリィが私に詰め寄った。
そんなリリィに私は「だから」とさっき言った言葉を再び口に出した。
「その…やってみようかなって…勇者っていうやつ。」
「…マツリ……どうしたの?いや、私としてはやる気になってくれて嬉しい限りだけど……。」
「どうも何も…やらないと帰れないし、私はその為に召喚されたんでしょ?…そりゃあ私に出来る事なんてたかがしれてるかもしれないけど……やれる事はやってみようかなって思っただけ。…ダメ?」
「そんな…そんな事ないわよ!大丈夫!私もいるんだし、二人で頑張っていきましょう!」
「ちょ、いきなり抱き着かないでよ!!」
「嬉しいんだから許して!!マツリーーー!!!」
「も、もう!落ち着いてよ…!…そ、それより、次はどこに行くの?」
「おっと、いけない。いけない。次に行くのは……『職の街 アステリ』という所よ。ここより少し大きい街なの。まずはそこに向かうわよ。」
「うん、分かった。」
「あ、けどその前に……これ、使って。」
「これ?……これって……、」
「服よ。流石にその恰好だと目立つでしょ。適当に選んだやつだから趣味に合わないかもしれないけど。」
「そんな……ありがとう、リリィ。凄く嬉しいよ!」
そう言いながら手渡してくれたのは淡い色のシャツとズボン、ブーツに大きめのマントだった。正直これには助かった。何せ今現在の服装は店で働いてる時の恰好で、何かと目立っていたのは事実だからだ。
受け取った服装に袖を通し、着ていた服は貰った服が入っていた袋に丁寧に畳んで入れた。
「よし、これでいいかな。」
「うん。似合ってるじゃない。旅するって感じ。」
「何それ。」
身支度を整えた私とリリィは目的地を確認すると世話になった宿の主人と女の子に別れの挨拶をして、宿を後にした。
気のせいか、昨日より晴れ晴れとした気持ちだ。スッキリして、外の空気も心なしか清々しい気がする。
「さ、行くわよ。目指すは『職の街 アステリ』!ボーっとしてると置いていくわよ~!」
「はいはい。行くってばー!」
足取り軽く先を歩いていくリリィ。そのリリィに置いていかれない様に私も歩き出す。
勇者として、自分に何が出来るかどうか分からないけど……今はやれる事をやっていくしかない。
私は昨日より軽くなった足先を一歩、前へと出した。




