第二話‐②
『農村 トリトン』は農作物で生計を立てている小さな村で人口も少ない…らしい。
リリィの話の通り見た感じ人が多いとは思えない。行き交う人もまばらで、のどかだ。
目に入るのは天井の低い横長な建物や柵で覆われた先に広がる畑や果実らしき物が実る木々達ばかりで、時折建物から聞こえる動物の声が耳に入る。
村にいる人達の恰好も作業のしやすい恰好の人ばかりで私のいた世界のものではないのが見て分かる。…本当に違う世界の様だ。
けど先程いた場所より落ち着くのはきっと人が住んでいる安全な場所だからだろう。
「何ボーっとしてるの。ほら、酒場にでも行くわよ。」
「さ、酒場?」
「そ。何をしても、まずは腹ごしらえが先よ。もうお腹ぺこぺこ~。」
リリィに半場無理やり手を引かれながら連れていかれたのは、村に入って少し進んだ所にある小さな建物だった。どうやらここがリリィの言う『酒場』という場所なのだろう。
憶する事なく建物の中に入っていくリリィに私は追いかける様にして中に入る。その瞬間、むわりとしたお酒の匂いと料理の匂いが鼻先を掠めた。
小さな建物の割りに広い店内、いくつもある机には何人かの客がお酒を飲んだり、ご飯を食べたりと楽しんでいる。
奥にはカウンターもあり、その向こうには様々なボトルや樽ががずらりと並んでいる。…西洋の映画で見た事ある様なレストランみたいだ。
見慣れない景色に私は視線を周りに向けては、木目の床をコツコツと靴音を立てながら歩いていると前を歩いていたリリィが誰も座っていない机の前で足を止めた。
「ここが空いてるわ。さぁ、座りましょう、マツリ。」
「う、うん。」
リリィに促され空いていた席に腰を下ろす。そして机の隅に置かれていたメニュー表を机の上に広げるとリリィは私に問いかけた。
「さて、どれにする?ここは私が払うから何でも頼みなさい!」
「え、お、奢り?」
「えぇ。経験値稼ぎの為に色々したからお金には困ってないの。そ、れ、に…今日は記念すべき勇者爆誕日なんだから、ある意味御祝いよ。だから好きな物頼みなさい!」
「た、頼みなさいって言われても……、」
胸を張って言うリリィを他所に私はチラリと視線をメニュー表に向ける。メニュー表には日本語でもなければ英語でもない、見た事のない字が並んでいる。
…頼みたくても見た事ない文字なんで読めないし、頼める訳ないんですけど!!何、このヒョロヒョロした文字は……!!
「どうしたの?そんなに迷う?」
「見た事ない文字だから混乱してるの。」
「あ、やっぱり文字分からないんだ。世界共通の言葉じゃないのね、この文字。」
「こんな文字見た事ないよ。だからメニュー表読みたくても読めな……あれ?」
『クラリケットの丸焼き』『日替わり定食』『ピネー産 スロリーの炒め物』……聞いた事のない食材らしきものが使われた料理名。それがメニュー表に書いてある。
…ていうか見た事ない文字なのに…読めてる?え?見た事ない文字なのに……頭では、なんて書いてあるのか理解出来る。
「あれ?なんで読めるんだろう……あれも、これも……全然読める。」
「へぇ……不思議な事もあるものねぇ…。でも良かったじゃない。これでこの世界の文字に困らなくて。」
「そ、それはそうなんだけど……逆に不気味過ぎて怖い。」
「何それ。で?メニュー表読めた事だし、何にするか決まった?」
「…読める様にはなったけど聞いた事ない料理名ばっかりだから、どれがいいか分からない…。」
「そ?じゃあ私が適当に頼むわよ。すみませーん!」
それ以上深堀に聞かなかったリリィは店員を呼び本当に適当にいくつか注文をし始めた。それを茫然と見つめていた私は再び手元にあるメニュー表に視線を落とす。
…理由は分からないけどこの世界の言語が理解できるのが分かった。書けるかと問われれば見た事ない文字ばかりだし、書けないだろう。けど、少なくとも読めるのは理解した。
それと同時に自分の身体で何らかの異変が起こっているのに不気味さを感じている。いや、だっておかしいじゃない。だって見た事ない文字なんだよ!?それが一瞬で読める様になるなんて……、
まるで…この世界に順応し始めようとしてるみたいで……怖い。不気味過ぎる。
「さて、ある程度頼んだし……料理が来るまでに詳しい話でもしましょうか。」
「詳しい話……って、何広げてんの?」
手元にあったメニュー表を奪われたと思ったら、今度は懐から一枚の紙を取り出し、それを机の上に広げたリリィ。動揺する私を他所にリリィは気にせず広げた紙を指さした。
「これは、この世界の地図よ。王冠のマークがこの世界の首都で、丸いマークが街や村。」
「世界地図…?」
広げられた世界地図。確かにリリィの言う通り地図にある地形にいくつかのマークが書かれてある。二つある大きな大陸が描かれた世界地図は、当然ながら私の知る世界地図ではない。
「…ん?この上にある黒い靄みたいなのは?」
「それは魔族に支配されている場所。…この世界地図はほんの一部分で、本来はもっと広大な地図なのよ。」
「魔族に支配されている場所…?」
なんだか不穏な言葉だな…。ていうかまた新しいワードが出てきたよ……。
地図の左上部にある黒い靄に視線を向けながらリリィは続けて口を開いた。
「昔話よ。…この世界の何億、何十億という昔、魔王と呼ばれる存在が突如として現れた。魔王は自身の闇の力で太陽を隠し、嵐を呼び、海を荒れさせ、草木を枯らした。生きとし生けるものは次々に疫病に陥り、闇と死の世界と化していた。」
「闇と死の世界って……話がぶっ飛び過ぎて想像出来ない…。」
「まぁ、聞きなさいよ。で、ここで魔王に立ち向かう勇者が現れたの。勇者は勇敢に魔王に立ち向かい、世界を闇と死から救ったの。けど…、」
「けど?」
「倒す事は出来なかったの。勇者が出来たのは魔王を深い眠りにさせる事…つまり封印する事しか出来なかった。しかもこの封印は永遠と呼ばれるものじゃなく、千年おきに効力が無くなってしまうものなの。」
「千年おきに…。」
「そう。封印の効力が弱まると封印が解かれ、眠っていた魔王が目を覚ます。そして再び闇と死の世界にする為、この世を支配する…。」
「そ、そんな…、」
想像は出来ないけどリリィの真剣な声音から本当の事なのだろう。本当の事に聞こえてしまうから余計に、身震いしてしまう。
「そこまで怯えなくてもいいわよ。ちゃんと勇者だって考えてたんだから。」
「考え?」
「えぇ。勇者は自分の力を自分の意志を引き継ぐ者に宿したの。それはこの世界の人間でもあれば、マツリの様な別世界の人間でもある。そして私は、その勇者の力を宿した者を召喚する唯一の魔術師の家系。」
「勇者を召喚する家系…。」
「そうよ。千年おきに勇者を召喚する魔術師、それが私であり……私の呼びかけに答え、勇者の意志と力を引き継いだ人間が貴方、マツリなのよ。」
「私が…勇者の意志を引き継ぐ人間……。」
ちょ、ちょっと待って……。今、なんて言った?
私が……魔王を封印する為に異世界から召喚された勇者?な、なんで私……?
「まだ魔王の封印は解かれていないけど、封印の効力は限りなく落ちている。マツリが呼ばれたのは魔王が目覚める前に再び封印する為よ。」
「そ、そんなの出来ないよ。呼ばれる理由は少し、分かったけど……でもやっぱりなんで私なのか分からないよ。そんな強そうな魔王と立ち向かう自信もなければ力もないし、意志を引き継ぐとか……全然理解出来ない。」
「マツリ…。」
「リリィが自分の経験値とか魔力?っていう奴を駆使して私を呼んだみたいだけど、私にはやっぱり出来る自信が湧かない。私には何も出来な…、」
「そんな事ない!マツリなら出来る!!」
「!!り、リリィ…、」
ガシッと強く私の手を握るリリィ。突然の事に思わず身を引いてしまうが、それを逃さない様にリリィは自身の身体に引き寄せた。
「マツリが混乱するのは分かる。不安に思う事だって分かる。突然知らない場所に飛ばされて、いきなり変な大役押し付けられたら誰だって不安で怖いに決まってるわ。」
「けど、言ったでしょ?何が何でも私がついてるって。だから大丈夫よ。」
「ど、どこからそんな自信があるの?そりゃあリリィは魔術師っていうやつだし、この世界の人だから言えるけど……、」
「何言ってるの。私だって不安だったのよ。勇者を召喚するっていう事にね。」
「え、」
するりとリリィの手が離れた。席に座り直したリリィを眺めているとリリィは再び口を開いた。
「これも言ったと思うけど、私の家系は代々勇者を召喚する唯一の魔術師の家系。でも召喚するって言ったって千年に一度。半分おとぎ話としか思っていなかった。けど…いざ自分の番だと分かると不安だったわ。だって、おとぎ話として聞いていた凄い存在を私が…この私が召喚するのよ?そりゃあ凄い大役だし嬉しかったのは嘘じゃないけど、そんな凄い存在を本当に召喚出来るのか不安だった。けど私はやるしかなかった。だって私しかやる人はいなかったもの。」
「リリィ…、」
「経験値を上げる為に色々したわ。魔物狩りみたいな事もしたし、勉強だって散々した。言っとくけど、この歳でレベル99っていう経験値凄い事なんだからね?勿論経験値が上がれば強くなるし、自信もついた。けどいざ勇者を召喚するってなった時、本当に召喚出来るか…マツリが来るまで半信半疑だった。まだ不安だったのね。…けど、そんなのを覆して、マツリが現れた。…そうなったら、嬉しいに決まってるじゃない。だって本当に勇者が召喚されたのよ?私の手でさ……そんなの嬉しくて、意地でも世界救ってやろうと思うじゃない。」
「世界を救ってやろうって……極端過ぎじゃない?」
「それだけ嬉しかったって事。そして何が何でも勇者を支えるって決めたんだから。…この私がわざわざ召喚させたのよ?ここでやめるなんて許さないんだから。」
「で、でも……私、本当に何も出来ないよ?力もないし…、」
「だから大丈夫だって。…文献でしか見た事ないけど、別世界から来た勇者は力がない者が殆どだって書いてあったわ。それに勇者が召喚されたのと同時に各地の遺跡で眠っていた力が目覚めるとも書いてあった。」
「各地の遺跡…?」
「えぇ。私も詳しい事は分からないけど、そこで目覚めた力を手にする事が出来れば魔王を封印する力を得られるらしいわ。だから力がなくても大丈夫!!」
グッと親指を突き立てウインクするリリィ。本当、どこからその絶大なる自信は湧くのか……、
それにそこまで言われたら本当に大丈夫だと思えてくるのも不思議な事で……これ以上反論する事が出来ない。そんな自分が憎らしい。
「……ねぇ、リリィ。もう一つ聞きたい事があるんだけど…、」
「何?」
「その…元のいた世界に帰れる方法は、ちゃんとあるんだよね?」
「勿論よ。それもちゃんと文献に書いてあるわ。」
「ほ、本当!?じゃ、じゃあ今すぐにでも……、」
「それは無理。だって帰る為の触媒がないもの。」
「しょ、触媒?」
「そ。マツリがこの世界に来た時に代償として私の経験値と魔力を使った。それが所謂、触媒ってやつで、帰る為にもそれと同等のものが必要なの。しかも正確に元のいた世界に帰すってなると召喚する以上の魔力が必要になるから、並大抵の触媒じゃ、だめ。特別なものが必要なの。」
「と、特別なものって…?」
「魔王の血液。」
「え、」
「おまたせしました~。日替わりランチとメリデリィのピザラ、クロリアの旬野菜盛り合わせで~す。デザートは食後にお持ちしますね~。」
ドンッと次々に置かれていく料理の数々。勿論全て聞いた事もなければ見た事のないものばかりだ。
数多くある料理にリリィは目を輝かせながら「食べましょう!」と手を合わせるが、私は…それどころじゃなかった。
「ま、魔王の血液って……それってすぐに手に入るの?」
「無理に決まってるじゃない。封印されているであろう魔王から拝借しない限り、手に入らないわよ。」
「…つまりその魔王っていう奴に会わないと私は帰れないって事?」
「そういう事。勿論、魔王に会うってなったらそれなりに強くならないと無理よ。さっき会った魔物とは比べ物にならない位強い奴がわんさかいるんだからね。」
「そ、そんな……、」
「またそんな顔して……大丈夫だって言ってるでしょ?ほら、冷めない内に食べなさい。マツリのいた遺跡に行く前にも食べたけど、ここの料理は美味しいんだから。」
「………。」
リリィに促され視線を料理に向ける。見た事のない色の食材が見た事のない形で調理されている。不気味だ、正直食べたくない。それに気分も湧かない。
何せ私は元の世界に戻る為に魔王という凶悪な奴と会わなければならないからだ。こんな…こんな理不尽な事があっていいのだろうか。なれる筈のない勇者になれと言われるし、世界を救えとか言われるし……、
そんな中見た事ない世界で見た事ない食べ物を食べるなんて……そんな、そんなの……、
「……いただきます…、」
ぐうと小さくお腹が鳴る。食欲が湧かなくても身体は正直なものだ。手を合わせ、見た事のない形をしたピザらしき物体に手を伸ばす。
匂いからして私の知ってるピザに似てるけど……不味そうかと言われれば逆で、見た目は美味しそうだ。得体の知れない食べ物を食べるのは怖いけど……背に腹は代えられぬ。
いざ……いただきます!
「はむ!………ッ!!」
「どう?美味しいでしょ?」
「……お、美味しい……食べた事ないし知らない食材満載なのに……美味しい。」
「でしょ~。ほら、コッチのクロリアも美味しいわよ。あ、このランチにあるテリアも美味しかったわ!食べて食べて。」
「そ、そんな一気に皿に盛りつけないで!ちゃ、ちゃんと食べるから!!」
●●●
「結局全部食べてしまった……。」
出された料理。見た事もないものばかりだったけど味は美味しくて、結局出されたものを全部食べてしまった。
こんな訳分からない状況下でよく食べれるな……我ながら精神図太い。
「さて、そろそろデザートね。」
「え、まだ食べるの?」
「甘い物は別腹よ。それに、きっとマツリは喜ぶと思うわよ?」
「私が喜ぶ…?」
「お待たせしました~。デザートのアップルパイでございます~。」
「え、アップルパイ?」
聞いた事もあれば馴染み深い言葉に思わず視線を店員が持っていた大皿に向ける。するとそこには円形のパイ状のものが乗っている。
匂いもシナモンとリンゴ独特の甘い匂いがして……この世界で初めて自分の知る食べ物に遭遇した。
「これって……、」
「千年前にきた勇者が作って、それが広がったものなのよ。この世界の食材でも作れる様に試行錯誤して作り上げたらしいわ。今では代表的なお菓子ね。」
「千年前…って、」
いくら外国のお菓子でも千年前はまだ小麦でお菓子なんて作られなかった筈……。いや、でも確かリリィは言っていた。
『…召喚された勇者は皆別世界から来てるみたいね。もしかしたらマツリのいた世界の住人もいるかもしれないわね。ま、どの時代の人間か分からないけど。』
この時代の千年前でもその時来た人は千年前の人じゃなかった、かもしれない。そうだったらこのアップルパイの存在も理解できるかもしれない。いや、でももしかしたら私の知っている世界とはまた別のものかもしれない。
……でも、まぁ…考えれば考える程訳分からなくなるから、いいや。
リリィの手により綺麗に切り分けられたアップルパイに私はフォークで一口大に更に切り、それを口に運んだ。
「……美味しい…。」
口の中で広がるリンゴの酸味とシナモンの香り。甘く、酸っぱい……私の知ってるアップルパイだ。
美味しくて、知ってる味だからこそ更に美味しくて……安心する。
「…ッ……あれ?なんで……、」
なんで涙が出てくるんだろう。ポロポロと涙が流れる。
張り詰めていた糸がプツリと切れた様に流れた涙は止まらない。そんな私にリリィは優しく微笑むと私の頭を優しく撫でてくれた。
「大丈夫。私がいるからね。」
もう何度も聞いた言葉。何度聞いた優しい言葉に私は更に涙を流した。
結局泣き終わったのは温かかったアップルパイが冷め切ってからだった。




