第十二話
早朝、陽の光が静かな森の隙間を抜けていく。木々の葉先には朝露がついており、陽の光を反射して、森を一層輝かせている。
谷の間に流れる川も流れが穏やかで、その間を抜けていく風も弱いものだが、確かに存在している。
「ここを抜けたら、外だ。…準備はいいか?シフォン。」
「……うん。」
目印となる場所を通り過ぎ、道の先を歩いていけば森…人払いの森の出口だ。先を歩くジークの背を追いながらシフォンは息を弾ませる。この先にある未開の地に一歩ずつ確実に近づいている高揚感と緊張感に、いつもより息が弾んでいる様に見えた。
谷から出た事のないシフォンにとって初めての谷の外。書物でしか知らなかった、想像するだけしか出来なかった世界が……今こうして自分の足で踏み入れようとしている。谷の外に憧れていたシフォンにとってそれは…どれだけ胸が躍る事か……馬鹿な私でも容易に想像出来る。
「出口だ!」
「………!」
切り開かれた森の出口。その先にあったのは自然豊かな谷とは違う……固い地盤と草原が続く平原。私やリリィ、クロトが谷に向かうまでに歩き、見飽きるほど見た光景だ。あの時は人払いの森に翻弄され苦労し、嫌な思いもしたけれど……今思えば懐かしく感じる。そんなに日も経っていない筈なんだけどなぁ……。
隣にいるリリィは疲れた様に腕を伸ばしては「う~ん!」と背を伸ばしており、クロトは開けた場所に出たとあってか陽の光を遮るものがなくなり容赦なく降り注ぐ光に目を細めている。ジークはジークで背に背負った風の大弓と谷を出る前に用意した大弓用の矢が入った矢筒を背負いなおしては笑みを浮かべながら辺りを見渡していた。
ジークは何度か谷から出た事あると聞いていたけれど……それでも外に出る回数は少ないのだろう。辺りを楽しそうに見渡すジークの姿は、まるでおもちゃを見つけた子供の様に輝いて見えた。…けれど、一番嬉しそうに、楽しそうにしていたのは……、
「わぁ…凄い……凄い!」
「し、シフォン!?」
私の制止を無視して平原に向かって走り出すシフォン。飛び出す様に駆けていくシフォンの表情はジークより輝いていて、楽しそうだ。踏み出した足は踊る様にステップを踏んでいて、広げた腕は行き場のない高揚感を表している様に見えた。
「空が広い!どこまでも続ている!地面も谷にいる時より固くて、しっかりとしてる!どこまでも、どこまでも世界が広がってる…!」
「大袈裟ねぇ…シフォンは。」
「それだけ嬉しかったんだよ。ずっと外に憧れてたって言ってたし……はしゃぐのも無理ないよ。」
「今この状態で行ったら、街についたら一体どういう反応するのやら……、」
ハァ、と溜め息をつくリリィ。呆れる様な口調で言っているけれど、楽しそうにはしゃぐシフォンを見つめる視線は優しいものだ。それは同じ様にシフォンを見つめている兄、ジークも同じだった。
「シフォン、はしゃぎたい気持ちも分かるが…そろそろ落ち着けよ。」
「あ、ご、ごめんなさい。つ、つい…、」
ジークに言われシフォンはハッと我に返った様に表情を浮かべるとすぐに恥ずかしそうに顔を赤らめた。もう少しはしゃいでいる姿を見ていたい気持ちもあったけれど……。
「にしても…二人共本当に良かったの?谷の人達に挨拶していかなくて……、」
「あぁ。言ったら言ったで騒がしくなるからな。まぁ、爺さんには伝えてあるんだ。その内俺達がいなくなった事はすぐに広まるさ。…あそこは狭い場所だからな。」
「ジーク…。」
「それで?これからの目的地は?」
「一度街に…アステリに戻るわ。あそこには占いの館があるから今のレベル状況を把握出来るし、谷で装備を整えたと言ってもアステリ程の品揃えじゃなかったからね……足りない分をあそこで補うわ。」
「アステリ……商人の街と言われている、場所ですか?」
「そうだよ。私も一度行った事あるけど……凄く綺麗な街だよ。あそこでクロトにも会えたし……、」
「そうなんですか!…どんな所なんだろう。街なんて初めて行きます!」
「それに、次の目的地に向かう為には色々準備をしないといけないしね……。」
「次の目的地…というと?」
「そんなの決まってるでしょ。次の勇者の力が眠るとされている場所よ。」
「!」
次の勇者の力が眠る場所……。魔王を封印する為の力が風の遺跡の様に存在しているという事だ。
リリィの発言に皆が緊張した面持ちで言葉を詰まらせる中、リリィは服のポケットから折り畳まれた地図を取り出すと、それを広げた。
「文献によると四つ、勇者の力が眠るとされている遺跡があるの。一つは風の遺跡。そして次に近いのはここ、」
スッとリリィの細い指が地図の中央部分をさした。その箇所は大陸と大陸の間にあり、緑色で描かれている大陸と違い、青く描かれている。……これは、
「川…?」
「正確に言うと水路よ。詳しい場所は文献にも残されていなかったから分からないけど…とにかく次にあるとされる『水の遺跡』はこの大陸と大陸を結ぶ水路…『クロスリー水路』にあるらしいわ。」
「…だからアステリか。」
「そういう事。」
「どういう事だ?」
納得する様に頷くクロトに対して首を傾げながら言葉にするジーク。発言はしなかったが私もジークと同様だ、どういう事か分からない。外に出たのが初めてのシフォンも恐らく同じ事を思っているだろう。
そんな私達にリリィは「ゴホン」と咳払いをすると水路に差していた指を今度はアステリへと向けた。
「ここから水路に向かうにはアステリを通らないといけないの。というのも、ここから水路に向かうには大きな山脈があるの。」
「山脈?」
「そう。今私達がいる大陸を縦に横断する様に、山脈が存在するの。ここから直接水路に向かうには山越えをしなくちゃいけない。けど、その山脈は凄く険しいし、魔物も相当強いから人の出入りなんて殆どない。だからこそ、アステリに行くの。」
「…なるほどな。だからアステリか。」
今度はジークが納得した様に頷く。今の話でアステリに向かう理由が理解出来たらしい。…私はまだ分からないのですが……!
私の理解していない表情に気付いたのかリリィは「いい?」と私と隣にいるシフォンに視線を向けると言葉を続けた。
「丁度アステリは山脈の向こう側…水路に続く道があるのよ。」
「そ、そうなの?」
「えぇ。話したと思うけど、アステリは商人の街。沢山の商品を売り買いしている場所よ。その為のルートを確立させる為に山脈を切り開いて、人が通れる整備された道があるの。他にも迂回路があるけど、アステリから行く道が一番安全ね。」
「あの道を通る方が『クロスリー大橋』に一番近いからな。」
「『クロスリー大橋』?」
クロトの発した言葉に首を傾げると今度は隣にいたシフォンが「聞いた事あります」と手を合わせた。
「王都のある隣の大陸と私達のいるこの大陸を結ぶ、唯一の橋です。陸路で行くとなるとそこを通らないといけません。……と書物に書いてありました。。」
「その大橋なら俺も爺さんの付き添いで王都に行った時に渡った。王都が管理しているとあってしっかり整備されているし、魔物も盗賊も出ない。とてつもなくデカい橋で人や辻馬車がひっきりなしに移動していたな。」
「そりゃあ隣の大陸に行く為の唯一の陸路ですもの。多くの人が使うのは当たり前でしょ。…と、話が逸れたわね。とにかく、アステリに向かうのは水路に向かう道が続ているから。準備も整えられるし、レベルも知る事出来るし…都合がいいでしょ?」
「そうだね。その方がいいみたい。」
初めて聞く言葉に若干動揺したけれど、次の目的地に向かう為にも一度、アステリに向かうのがいいというのは理解出来た。
「アステリに向かうなら早く行かないとね。今から歩かないと夜になっちゃう。」
「そうね。まぁ、この平原は殆ど魔物は出ないし……さっさと歩けば昼過ぎには着くんじゃないかしら。」
「意外に近いんですね……。」
「前はどこかの種族が人払いしてたから、この平原で二、三日野宿してたけど…今日はちゃんとした宿屋で眠れそうだわ~。」
「リリィ!」
「そうだな。繊細で心根も弱い、懐の狭い魔術師様は広いベッドで眠らないと休まらないよなぁ~。」
「ハァ!?今なんて言った?」
「なんだ、耳まで遠いのか。もう一度懇切丁寧に言ってやろうか?」
「に、兄さんも煽らないで!」
「………ハァ、」
クロトの大きな溜め息も喧嘩腰のリリィと煽るジークのやり取りとそれを必死に止めようとするシフォンの悲痛にも似た声に掻き消されてしまう。…この森を入る前は三人で、リリィは口うるさかったけど静かだった。けど今はその騒がしさはジークとシフォンが加わり大きいものになった。
クロトが溜め息をつきたいのも分かるし、騒がしいなとも思うけど……逆に賑やかで見ていて飽きない。この状況を楽しいと思ってしまっている事については……皆にはまだ、内緒だ。




