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勇者は、後のマツリ!  作者: くるす
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第十一話‐③


話がまとまり、私達はそこから更に森の中を歩き……その奥にひっそりと佇む村長の家へと辿り着いた。ジークの言った通り誰もいないのか、道中誰にも会う事はなかった。目的地である村長の家も相変わらず静かなものだ。

華美な装飾とまじないが健在な村長の家に先頭を歩いていたジークが入り口である扉のドアノブに手を置くと「入るぞー」と間の抜けた声を発し、返事も待つ事なく扉を開けた。

勝手に入っていいものなのかと一瞬思ったが、顔色変えないシフォンの様子にあれは日常茶飯事の光景だと理解して、先を歩くジークを追いかける形で私も家へと入った。

華美な装飾とまじないが施された室内の廊下を更に進み、村長であるパヌさんがいるであろう部屋の前まで辿り着くと今度は何も言わずに先頭を歩いていたジークは扉を開けた。


「よお、爺さん。戻ってきたぞ。」

「おお、ジーク、それにシフォン。…勇者の方々もよくぞ戻られた。……さぁさぁ、立ってないで座られよ。」


私達の登場に驚いていないのか、はたまた知っていたのか村長であるパヌさんは入ってきた私達に座る様に促した。そんなパヌさんの言葉にジークとシフォンは慣れた様にパヌさんの対面に腰を下ろし、私も釣られる様にして腰を下ろした。


「…無事、戻ってこられたという事は、遺跡に眠る勇者の力を得たのじゃな。……実に大義、見事であった。これも風の御加護があっての事じゃろう。」

「はい。ありがとうございます。」

「…して、ジークが持つソレが勇者の力じゃな。…実に清らかな風の魔力じゃ。老体でも分かる。……一度、近くで見せてくれんか。」

「……いいか?マツリ。」


振り返るジークに私は頷くと、ジークは持っていた風の大弓を座るパヌさんの前へと静かに置いた。老体で小さな身体のパヌさんより遥かに大きい大弓にパヌさんはそっと静かに柄を触れた。


「これが…伝説の勇者の力。千年の時を超え、勇者の力にこうして触れる事が出来ようとは……長生きするものじゃ。」

「全然、魔力の質が違うだろ。……これが、本当の風の魔力だ。……あの『風神様』が、いや……あの魔物が作り出せるものじゃない。」

「ジーク、」

「……そうか……知ってしまったんじゃな。」


ジークの試すような言葉にパヌさんは驚く事もなければ、顔色一つ変える事無く……大弓の柄に触れていた手をそっと静かに離しては、丸めていた背を伸ばした。

…知ってしまった……確かにパヌさんはそう言った。…その言い方だとまるで、遺跡にいた『風神様』は信仰していた神獣ではなく、魔物だと最初から知っていた様にとれる。

言葉の真意が知りたい私はすぐに質問しようと口が開きかけるが、座るシフォンとジークの握った拳が震えているのに気づいて、ぐっと堪えた。……きっと私よりジークとシフォンの方が真意を知りたい筈だ。そんな二人を差し置いて発言は、出来ない。

沈黙が流れる中、一番最初に言葉を切り出したのは……対面に座るパヌさんだった。


「…『風神様』は、我等が谷を守る風の守護者。谷に流れる風を作り出し、自然と調和する絶対的存在。そして、勇者の力を守りし、遺跡の番人。…そう、村では言い伝えられてきた。」

「…あぁ。その為に五十年に一度、アレに『餌』として谷で一番の魔力を持つ者を『生贄』に捧げていた。これも谷に伝わる風習だ。」

「そうじゃ。……だが、もう一つ……谷には伝えられていない、ワシの一族に伝わる言い伝えがある。」

「パヌさんの一族の……言い伝え?」

「そうじゃ。その言い伝えというものが……『『風神様』の正体を決して明かしてはならない。儀式を止めてはならない。これは契約であり、我等一族が背負うべき業である。』…とな。」

「!……じゃあ、パヌさんは『風神様』の正体を……あれが魔物だって知っていたんですか!?」


堪えられなくなった私は思わず言葉を発した。思わず大声が出た私にパヌさんは狼狽える事なく、静かに小さく頷いた。


「…知っていた。父から長として谷を守る事を約束された時から……ずっとじゃ。」

「じゃあ爺さんは…知ってる上で儀式を行っていたのか。……あれが魔物で、儀式をしても意味のない事をずっとして、姉さん達を犠牲にしていたのを見逃していたのか…!」

「…そうじゃ。」

「…ッ!」

「馬鹿!」


立ち上がり、今にも殴り掛かろうとするジークを近くにいたリリィが腕を掴んで止めた。止められたジークはパヌさんを睨みつけながら掴まれた腕を振り払おうとするが、リリィはそれを許さなかった。


「離せよ。」

「嫌よ。…ていうか冷静になりなさいよ。ここでパヌさんを殴った所で何も解決しないわ。」

「俺の気が収まらないんだよ。」

「馬鹿。本当に、馬鹿。…確かに腹立たしいし、怒るのも分かるわ。けど、アンタはシフォンを見習うべきだわ。」


リリィの言葉にジークだけじゃなく私も座るシフォンに視線を送る。…シフォンは静かに、溢れ出しそうな何かを無理やり押し込める様に唇を噛みしめながら座っていた。小さな身体は小刻みに震えていて、膝の上で握られていた拳も爪が食い込む位強く握られている。

泣きそうで、怒りが爆発しそうで、感情が決壊しそうになるのをシフォンは……必死に堪えていた。リリィの言葉通り、パヌさんを殴った所で何も解決しないと分かっているのだろう。

行き場のない感情を無理やり押し込めているシフォンにジークは少し冷静になったのか吊り上がっていた眉を下ろしては、強張っていた身体をゆっくりと解いた。


「……悪い。取り乱した。」

「本当よ。……取り乱したアンタの代わりに私が言ってあげるわ。村長さん、遺跡にいた、谷の人達が信仰していた『風神様』という魔物は……ここにいる勇者と勇者の力を使ったジーク、そして私達の手で倒させてもらったわ。」

「!…なんと、アレを倒したのか…!」

「はい。……倒しました。…これで、もう、儀式なんて行えないですよね。もう…シーナさん達の様な犠牲は、出ないですよね?」


リリィの言葉に驚くパヌさんに私は問いかけるとパヌさんは「そうか…そうか、」と言葉を詰まらせながら、細い手で口元を覆ている長い髭を落ち着かせようと何度も上下に撫でた。


「そうか…アレを倒したのか……倒してくれたか……、」

「えぇ、倒したわ。……だから、話してもらうわ。あれが一体どういう経緯で現れたのか……ちゃんと話して貰わないとコッチの気がすまない。何せ、アレには沢山の人を犠牲にされた挙句、私達まで殺されそうになったからね。」

「…勿論じゃ。そもそも倒さずとも、正体を知ったお主達には話そうと思っておった。……これは、ワシの先代の更に先代……千年もの前の代の話じゃ。」




●●●


ワシ等一族はこのピネーが出来、勇者様が作られた遺跡を守る一族の長として長年この谷にいた。風の一族として誇りを胸に静かに暮らしておった。

だが、千年前…丁度魔王が眠り、再び世界が平和な時代へと入ろうとしていた矢先の事であった。……この谷に一人の女がやってきた。

人払いの森を一人で抜け、しかも険しいピネーまでの道を案内もなく一人で訪れた女は…それは珍しく、そして怪しげであった。だが、女は何もせず、ただ一人で当時の長の元へと訪れた。

『風の遺跡はどこか』と尋ねたそうじゃ。だが、当然怪しい者に神聖なる場所へ案内する訳にもいかず、最初は断ったそうじゃ。…だが、女は引き下がらなかった。


『では、この谷にいる誰か一人殺そう。それでも断るのなら、また一人…殺してやろう。』


言葉だけであったが、その言葉だけでも女が本気で誰かを殺そうとしたのを感じたそうじゃ。禍々しい気を放つ、恐ろしい女……殺しも平気でやる様な雰囲気の女に長は自ら、風の遺跡へと案内した。


「あ、案内したのか…!その女がどんな奴かも知らないで……!」

「当時の長も相当な歳で、力も殆どなかったと聞く。それにとても温和な性格で民の犠牲を考える様な者でもなかったとか……犠牲を出す位なら自らが案内しようとしたのじゃろう。」

「………、」

「話を続けるぞ。」


谷から出て、遺跡へと案内した長は、女と盟約を交わした。話を聞くと女は……封印され、再び眠りに入った魔王の臣下だった。


『これは盟約だ。』

『本当に、我等が民に危害を及ぶ事はないんじゃな。』

『えぇ、それは勿論。我等は人間程野蛮ではない。約束は必ず守る。逆に言えば約束を守らなければ容赦はないという事だ。』


ピギャアアアアア!!


『私が作り出した芸術品だ。私との盟約は至極簡単。約千年後に現れるであろう勇者が訪れるまで、これに餌を与える事だ。』

『え、餌…とは、』

『これは元々人食いの魔物同士を合わせ作られたもの。特に若く、肉が柔らかいものには目がない。……ここまで言えば分かるだろう?』

『そ、そんな…、』

『まぁ、そう悲観するな。人食いの魔物だが力は神獣クラスと同じだ。ちゃんと育てれば谷に風が流れるだろう。その恩恵を受け、千年餌を与えて育てればいい事。それにこれに餌を与えるのは五十年に一度だけでいい。そうすれば消化する為に五十年眠り続ける。』

『ご、五十年に一度…だ、だが途中で逃げだすかもしれん。そうなった時一番に狙うのは我等の民がいる谷だ。我等が安全だというならばちゃんとした保証がほしい。』

『ハァ…仕方あるまい。なら、これでどうだ?この枷は私でしか外す事が出来ない、特注品だ。これさえあれば逃げ出す事はない。まぁ、餌を与えず放置したらコレは自分の足を食い千切って外に出るぞ。』

『な、』

『だから、餌を与えろ。そうすれば谷に風を送る神獣となる。お前達は餌を与えるだけでいい。それが私とお前の盟約だ。』

『……な、何故そこまで……それほどの力があれば、』

『無理だ。私の最大出力の力を持ってしても勇者を倒す事は出来なかった。我等が王を再び眠らせる事になってしまった。あの…あの扉でさえ今の私には傷一つつける事すら出来ない。なんて非力だ。』

『……だから、これを育てろというのか。』

『そうだ。千年後…私はこの世にいないだろう。だが、千年という私の恨み、妬みは絶えない事を証明してみせる。それが我等が王へ捧げる事が出来る絶対的忠誠。…上手くやり遂げてみせろ、エルフよ。』

『これで谷が救われるのであれば……、』


谷に被害を出さず、風の恩恵を出す代わりに女が用意した魔物を育てろというものじゃった。恐ろしい盟約じゃ。だが、力を持たぬ当時の長は、盟約を結ぶしかなかったのじゃ。


「……ッ、」

「酷い話ね。それをひた隠しにしていた貴方達一族も酷いものだけど。」

「そうじゃな。隠し、餌となる女を出さない為に掟を更に作り、外に漏れない様に更に人払いのまじないを強化した。そして……儀式を執り行っていた。」


民の為、谷の為にと言いながら、儀式を行い、五十年に一度必ず誰かが犠牲になっている。……真実を知る者は盟約を交わした長の一族のみ。これは…我等の業、我等一族が背負う責であり、罪。一生背負う枷じゃ。





●●●


「長の名を父から引き継いだ時、ワシは初めて本当の事を知った。だが、ワシは自分可愛さに何も出来ず……儀式を行っていた。自分じゃない誰かを魔物に喰われるのを良しとしていたのじゃ。」

「爺さん…ッ、」

「恨め、ジーク。ワシは殺されても仕方ない者じゃ。だが、これだけは言わせてほしい。……あの魔物を倒してくれて…心から感謝する……勇者様。」

「……パヌさん…、」

「やっと……やっと解放される。…長年続いていた奴の縛りから、解放されるのじゃ。」

「…それでも、犠牲になった人達は返ってこない。」

「その通りじゃ。…それは、一族が背負う一番の業じゃ。魔物の事もそうじゃが、何より一番は彼女達じゃ。彼女達の命を、人生を……ワシ等は死んでも背負い続ける事になる。…天に迎え入れてもらうつもりは、もっとうない。」


儀式の事、魔物の事、そして…魔王の臣下である女と交わした盟約の事……全てを話終えたパヌさんは息をついた。そんなパヌさんに私は何も返す言葉が思いつかず、口を開いては閉じを繰り返していた。

魔物の事も、儀式の事も……元を辿れば全ては谷に危害を加えさせない為のものだった。けれど、それを容認してしまっては儀式で犠牲になった人達が報われない。苦しんだのは犠牲になった人達だけじゃない。ここにいるジークやシフォンの様に犠牲になった人達の家族、友人…皆、苦しみ、悲しんだ。

決して許される事じゃない。…それは盟約を交わした訳じゃないパヌさんも重々承知している。……だからこそ、何も言えないのだ。

どれだけの罪深さがあるのか、どれだけ深い悲しみを背負うのか……パヌさんはもう、知っている。だから、これ以上何を言えばいいのか……思いつかない。


「…この屋敷の相当な数のまじない。どれも人払いや術払いのものばかりだけど……これも全て、その女の為にやっているものなの?」

「そうと聞く。盟約とはいえ、相手はこの世界を脅威に陥れようとしていた者達だ。何かあってはいけないと少しずつ増やした結果が、この通りじゃ。」

「…どうりでおかしいと思ったのよね。人払いもして、外との関わりが殆どない…しかもこの屋敷は谷の奥にある場所。そんな場所なのに外部からの侵入を許さないまじないをしているのだもの。…全ては敵からの侵入を防ぐものだったのね。」

「女王の様な強大な力があれば良かったのじゃが……あいにく我等一族が出来るのはこの様なまじないばかりよ。」

「爺様…その、これからはどうなさるのですか…?」

「シフォン?」


リリィの話に一区切りがついた所でシフォンが神妙な顔つきで切り出した。私も周りにいた皆もシフォンに視線を向けるとシフォンは再び口を開いた。


「盟約が交わされ、魔物を儀式によって育て、千年経ち…マツリさん達のおかげで倒す事が出来ました。眠っていた勇者の力もこうして、風の大弓として手に入れる事が出来ました。……儀式を執り行う事もなくなり、長年続いていた風の恩恵もなくなり、盟約も…なくなった。今後は、谷はどうなるのですか?また、その臣下がやってくるのですか?谷は…どうなるのですか?」

「…それは……シフォンが気にする事ではない。」

「!…それは一体どういう事ですか…!?」

「これは…ワシから勇者の力を手に入れた主達に話そうとしていた事じゃ。…勇者、マツリよ。」

「は、はい。」


名を呼ばれ、返事をする。背筋を伸ばしシフォンに向けていた視線をパヌさんに向けるとパヌさんは私の方に身体を向けては、静かに丸めていた身体を更に丸め…床に手をついて頭を下げた。突然の事に息を呑んでしまった。


「パ、パヌさ…、」

「どうか、ジークとシフォンを勇者様と共にして頂きたい。」

「!?」

「ど、どういう事だよ、爺さん…!」

「ジークよ。主も薄々気付いておるのだろう。主はもう、風の大弓と縁を結ばれておる。…離れるに離れる事が出来ないのじゃ。」

「縁…?」

「我等エルフは身に纏う魔力を詳しくではないが、何となく把握する事が出来る。…先程この大弓に触れた時、感じたのじゃ。この大弓に流れる風の魔力がジークを取り巻いておる…ジークの中にある魔力が全て、この風の大弓と繋がっておるのじゃ。」

「!!」

「そ、それは本当なの!?シフォン!」

「そ、その…私は意識して見ていなかったので気付きませんでしたが……爺様は昔から身に纏う魔力を見分けるのには長けておられましたから、爺様が言うのなら本当の事だと思います。」

「恐らくじゃが…勇者様に風の大弓を託す様な事を言われたのではないか?そこで勇者様からジークへと弓の使用を許可され、繋がった……。」

「………。」


『ジーク、お願いがあるの。』

『なんだ?』

『……この大弓を使って『風神様』を倒して欲しいの。』

『!……俺が…?…でもこれはマツリの力であって、マツリの物だ。俺なんかが…、』

『確かに勇者の力で目覚めさせたものだよ?けど、私は弓は使えない。使った事もないし、敵を倒す程の力もない。けどジークは違う。この大きな弓を正確に構えられるし、使えるでしょ?』

『それは……そうだが、』

『それに私はジークに使ってほしい。『そうしなきゃいけない』気がする。だから……使って、ジーク。』

『………マツリ。………本当に、いいのか?』

『うん。』


「………言ったね。」

「……言ったな。」

「な、なんでそんなに呑気なのよ!?アンタ達分かってるの?つまり…この風の大弓は今、ジークにしか使えないという事よ!」

「そ、そうなの?」

「そうなのも何も、アンタがそうしたんでしょうが!!」

「だ、だって私は弓使えないし、あの時はジークに託すしか方法なかったんだもん!こ、こうなるとは思わなかったでしょ!?ていうか、本当に他の人は使えないの?」

「疑うのなら試しに持ってみるといい。…そこの剣士様、」

「………、」


名指しされた剣士…クロトは下ろしていた腰を上げ、立ち上がる。無言で風の大弓の前へとやってくると細く伸びた大弓の柄に触れ、掴んでは持ち上げようとした。けれど……、


「………、」

「どうしたの?」

「……重い、」

「え、」


持ち上げようとしているがビクとも動かない大弓。何度も持ち上げても動かない大弓にクロトはそっと手を離すと今度は興味があるのかシフォンが近づき、大弓を持ち上げようとした。…だが、動かない。


「まるで…とても重たい石みたい。これを兄さんやマツリさんは持てる…んですよね?」

「あぁ。」

「私が持った時は空気みたいに軽くて、逆に壊れないか心配だったんだけど……、」

「限られた…それも勇者と勇者に認められた者しか使えない、という事ね。……ハァ、そうなると私達の旅にはジークが必要になるわ。」

「…今、この場で他の皆に使用を許可、的な事は出来ないの?」

「恐らく、無理じゃろう。もう大弓に流れる魔力がジークのものと完全に重なっておる。他の者にも託す事は不可能じゃろう。」

「…じゃあ、リリィの言う通りかもしれないね。私は弓は使えないし、クロトやリリィも重たくて使えないし……、」

「そもそもクロトは剣士で私は魔術師だしね。弓は使えないわ。…大弓を使う必要な場面が出てきた場合、唯一使えるジークは必要だわ。癪だけど、一緒に来てもらう事になるわ。」

「……俺は、別にそれで構わない。」

「え、」


てっきり断られるかと思い、少し裏返った声で返事をしてしまった。発言をしたジークは前から考えていたのか、それとも今決心したのか…風の大弓に触れては軽々しく持ち上げた。


「元々、この谷からは出ていこうと考えていた。理由はどうあれ掟に逆らい、魔物だったが信仰していたものを倒した訳だからな。…姉さん達も解放する事が出来たし、儀式も行われる事はない。もう、ここにいる理由も心残りも…ない。」

「ジーク…。」

「あ、けど…俺を連れていくならシフォンも一緒じゃないと困る。シフォンは俺の家族で、世界で一番大事な存在だからな。」

「兄さん…!」

「ワシからも頼みます。シフォンは外の世界を知らない者じゃが…器量よく、幼き頃から蓄えた知識がある。きっと勇者様の力になる筈じゃ。」

「それは……もう、知ってます。」


短い間だったけれど、シフォンから色々教えてもらった。魔術や魔法の事、職業の事、合成の事、魔物の事……料理も上手で思いやりのある優しい子だって事も知っている。


「シフォン、」

「は、はい…!」

「シフォンさえ良ければ、ジークと一緒に来てくれる?」

「マツリさん…、」

「おいおい、俺には何もなしかよ。」

「アンタは強制参加。いいから黙ってなさいよ。」

「お厳しいな、魔術師殿は……、」

「…まだ私もこの世界に来てそんなに日が経ってないし、まだまだ分からない事もあるし力もない。一緒に来たら確実に迷惑を掛ける。今日みたいに苦労もするし、辛い事もあるかもしれない。…けど、シフォンが来てくれたら凄く心強いよ。」

「そんな…私なんて……、」

「シフォンの沢山、沢山読んだ書物の知識が必要です。シフォンの長年培ってきた魔法が必要です。シフォンの…誰かを思いやる優しさが必要です。…一緒に来てくれませんか?」


シフォンに私は手を差し伸べる。まるで告白して返事を貰う様なシーンだ。そんな私にシフォンは見開いていた瞳を一瞬潤ませると零さない様にギュッと瞼を閉じては、ゆっくりと開いた。


「………わ、」

「わ?」

「……私でお役に立てるのなら……喜んで…!」

「シフォン…!」


ぎこちなく、けれど確かに私の手を握ったシフォン表情は…恥ずかしそうに、嬉しそうに笑みを浮かべていた。…良かった。これでシフォンも一緒だ…!


「ジークにシフォン……全てを知る二人になら、風の大弓と勇者様を安心して任せられる。……盟約が破られてしまった以上、近いうちにこの谷には何かしらの事が起こるじゃろう。」

「何かしらの事って……魔王の臣下が来るかもしれないって話、ですか?でもそれって千年も前の話ですよね。」

「あぁ。だが、勇者がこうして千年後に現れる様に、魔王の臣下達も着実に動いておる。一人心酔する者がいれば、それは連鎖となって繋がる。盟約が切れた事もきっと気付かれるであろう。それに…新たな勇者が現れた事もな。」


淡々と話すパヌさん。それはまるで予期していた様な口調だ。…魔王の臣下……夢の中でしか見た事ないけれど、あれだけ危険な魔物を手懐けていたのだ。千年経った今でも似た様な力を持つ人がいるのだとしたら……それは危険だ。

危険と分かっていて、そんな人達が谷に来るかもしれないと分かって…パヌさんは言っているのだ。


「襲われると分かっていて、どうする気?まさか谷の人達を犠牲にする…って事は流石にしないわよね。」

「ワシ等一族、谷が守っていた勇者の力はもう既に勇者様の手の内にある。この谷を襲ってこようとも民の命より大事なものは今はもう、ないのじゃ。」

「爺様…。」

「何、そんなに心配そうな顔をするでない。ワシ等だって何もタダでやられようとは思わんさ。いざとなれば民だけでも外へと逃がす。」

「その口ぶりだと爺さんは逃げない、みたいだな。」

「それこそ、ワシ等一族が背負う業ぞ。ここで消えていった命、それを捨てたワシ等一族が知らず存ぜぬで逃げていい訳がなかろう。元より、ワシはここから動かんよ。何があっても……、」

「パヌさん…。」

「勇者様、この罪深いワシから人生で一度の御頼みです。どうか…この二人を連れて、世界を救って下さいませ。」

「……はい。」

「ジーク、シフォンよ。風に導かれし者として、選ばれた者として…しっかりと勇者様を支え、御守りするのじゃ。……風の谷の全てを知る主達になら、きっとこの世界に取り巻く不浄の風を変えさせる事が出来る筈じゃ。頼んだぞ、二人共。」

「…はい、爺様。」

「…言われなくても、やってやるさ。姉さんとも約束したしな。」


手に持つ風の大弓を見つめながらジークは言うと隣にいたシフォンも力強く頷いた。そんな二人の姿を私は後ろで眺めながら、安心した。心強い仲間がまた二人、増えたのだ。勇者の力も手にする事が出来た。

……でも、なんでだろう。なんでこんなに胸が……ざわつくのだろう。

なんでこんなに……不安なんだろうか。……全く分からなかった。












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