第十一話
「マツリ、リリィ、そしてクロト……改めて、礼を言わせてくれ。本当に……ありがとう。」
「ありがとうございます。」
シーナさん達が去り、『風神様』がいなくなった遺跡から出た私達にジークとシフォンは頭を下げた。突然の事に動揺する私を他所にジークはシフォンと頭を下げたまま言葉を続けた。
「マツリ達のおかげで姉さん達を救う事が出来た。『風神様』もいなくなってシフォンも犠牲にならずに済む。…本当に、ありがとう。」
「そ、そんな…顔を上げてよ。ジークやシフォンがいなかったら私も勇者の力を手に入れる事なんて出来なかったんだから。」
「そんな事ありません。これも全て、皆様のおかげです。…本当に、本当に、ありがとうございます。感謝してもしきれません。」
「シフォンまで……、」
頭を下げ続ける二人にどうしていいか分からずにいると隣にいたリリィが「あのねぇ」と少し大きめの声を出した。
「マツリが顔を上げろって言ってるんだから顔位上げなさいよ。感謝してるのは伝わってるんだから。」
「リリィさん…、」
「それに……まだ終わってないわよ。これからの話もちゃんとしないと。」
「これからの話……、」
「そうよ。無事解決…と言いたい所だけど、まだ疑問に残る事とかあるのよね。特に…あの『風神様』の事とかね。」
「『風神様』の事…?」
「……歩きながら話すわ。どうせ一度、ピネーに戻らないといけなし……、」
「…そうだな。俺達の今後の事も……考えないといけないしな。」
「………、」
何かを考えているのかリリィもジークも表情は晴れていない。むしろ考えこんで表情が固い様に思える。…でも二人が出した『風神様』の事や今後の事という言葉に私も胸に引っかかるものを覚える。
シーナさん達を解放しても、まだ……終わっていない。
陽が少し傾き始めた青空の下、私達はピネーに伸びる道を歩き始めた。
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「まずは……『風神様』の事ね。あれは本当に……神獣だったのか。」
「え?」
遺跡から出てしばらくした所で最初に口を開いたのはリリィだった。リリィの言葉に私は聞き返すとリリィは顔色一つ変えずに言葉を続けた。
「覚えてる?シフォンが私達に『風神様』の事を説明した時の事。」
「…う、うん。一応は……確か……、」
『ー『風神様』は皆さんが御覧になった大きな生物です。なんでも遺跡が作られた当初、当時の勇者が連れてきた由緒正しき神獣で特殊なまじないが施された枷と鎖で『風神様』は繋がれています。何故繋がれているのかは分かりませんが…当時の勇者とピネーの長がそうしたそうです。』
『『風神様』は風の神獣。その存在だけで風属性の魔力を放出する存在。普段は大人しく、大きい翼を器用に折り畳み、顔も身体に埋める様にして眠っています。』
「遺跡が作られた当初、勇者とその時の長が残したもの…なんだよね?確かジークが付け加えで遺跡の守り神とか何とか言ってたよね。」
「あぁ。俺達も昔からそう、言い伝えられていたな。だが……、」
「どうにも、それが嘘っぽいのよねぇ……。」
「え?嘘…?」
「『風神様』と戦闘して、おかしな点があったのよ。どうやらジークも同じ事を思っていたみたいね。」
「まぁな。…あれだけ風の魔力の違いがあれば分かる奴には分かる。」
「?」
二人の中では共通の理解があるみたいだが…私にはさっぱりだ。会話に参加していないシフォンやクロトも取り乱していない所から二人よりの考えを持っているみたいだ。…というと分かっていないのはどうやら私だけ、みたいだ。
「どういう事?」
「…まず私からの意見ね。そもそも神獣って本当に特別な存在なの。読んで字のごとく、神に等しい獣。神に認められし存在なの。つまり言うと私達が想像出来ない様な、それこそ予知出来ない…人智の超えた力を持っている。けど…『風神様』は違った。」
「違った…?」
「マツリも見たでしょ?『風神様』が上級魔法を使っていた事。あれはね、人が作ったものなの。魔術も魔法も…違いはあるけど、人が考え、熟知して、生み出された技の一つ。…そんな人が作ったものを何故、人智を超えた存在である神に等しい存在が使っているのかしら。」
「…つまり…?」
「あの『風神様』は『誰か』が用意した、神獣ではないもの…という事になります。神獣は、人から生み出された魔法や魔術は使いません。それ以上の力を持ってるからです。」
「…成程……、」
「そもそも、鎖に繋がれてる時点でおかしいわよね。勇者が用意したって言っても、所詮人間よ。あんな狭い場所に神獣を鎖で繋ぐなんて考えてみたら、無理よ。誰かが使役して、あそこに繋いだ……。」
「………、」
「俺からの意見もいいか。…俺もリリィと全く同じ意見だ。あの『風神様』は…どうにもおかしい。」
今度はジークが口を開いた。リリィと違い、ジークは長年『風神様』の事を見て、『風神様』が神獣だと思っていた一人の筈だ。…そんなジークがリリィと同じ意見だなんて……、
「…マツリ、俺達が最奥の扉に入って、何かいつもと違う事はなかったか?」
「違う事?……特には……強いて言うなら、空気気持ちが良かった事位しか……、」
「それだよ、それ。…最奥の扉の向こう…この風の大弓があった場所は空気が恐ろしい程澄んでいた。生まれて初めて感じた、淀みも穢れもない風がそこには流れていた。それだけ穢れのない風の魔力が流れていたからだ。実際、この弓からも穢れのない風の魔力が流れている。」
「…確かに……伝わってきますね。」
シフォンがジークの手にしている風の大弓に視線を落とす。私は魔力の事は分からないが、魔力を感じる事の出来るエルフが言っているのだから間違いないのだろう。…実際、大弓があった場所は空気が澄んでいて、そこに吹く風もい持ち良かったのを今でも覚えている。
「じゃあ、ここで疑問だ。…何故、風の守り神と讃えられていた『風神様』から清浄な風の魔力を感じなかったのか……何故、勇者の力が眠る場所だけ清浄な風の魔力が流れていたのか……おかしいと思わないか?」
「……確かに……『風神様』が勇者の残した守り神なら……あそこも綺麗な空気が流れている、筈だよね。」
「そうだ。だが、流れていない。勿論、元々の風の魔力は強い。だが、この大弓の様に清浄じゃない。…直に感じたから分かるし、俺の直感が言っている。あれは……神獣なんかじゃないってな。」
「……じゃあ、あれは……神獣じゃなかったら、何なの…?」
「……魔物だろうな。」
「!」
ふとした疑問に今度は後ろを歩いていたクロトが静かに答えた。『魔物』という言葉に私だけじゃなく、皆も息を呑んだ。まるでその事実を受け入れたくない様に、言葉を詰まらせた。
神獣じゃない、そう結論が出た。だったらそれは何か……冷静に考えて人を襲う獣…つまり魔物だ。確かにそうだ、そうかもしれない。けど……それが事実だとしたら、今までピネーの人達が崇めていた存在はなんだったのだろうか。
…もし、本当にあれが魔物だとしたら……シーナさん達は、何の為に犠牲になったというの?谷の為に、自分の命を捧げたのは……意味がないって事…?
「……ッ、」
底知れぬ何かに背中に悪寒が走る。もし…もし、本当にあれが魔物だとしたら……一体何の為に、あんな恐ろしいが遺跡にいたというの?何の為に儀式をしていたというの?
……頭が、痛い……。
「……そういえば、」
「マツリ?」
「………ッ、」
「ど、どうしました?顔色が悪いですよ…!?」
私の顔を除きながら心配そうな表情を浮かべるリリィとシフォンを他所に私は動かしていた足を止めた。…ダメだ、震えが止まらない。そうだ、私は知っている。何の為に『風神様』が…いや、あの魔物が遺跡に現れたのか……私は知っているじゃないか。
シーナさん達が教えてくれたじゃないか。
「…何か、見たのか。」
「……うん。忘れかけてたけど……思い出した。……皆、聞いてくれる?」
「マツリさん……、」
「…聞かせてくれ。マツリが見たもの、聞いたもの。……今、俺達が信じられるのは、お前だけだ。マツリ。」
私は、あの時見たものを全て言葉にして話し始めた。




