第十話‐⑤
「………。」
先に動き出したのは剣士……クロトだった。一人静かに『風神様』の前に出ると、腰にある鞘から愛用の武器である剣を取り出した。
「……、」
ギロリと獲物を見つけた様に『風神様』の鋭い目が剣を静かに構えるクロトを捉えた。
ピギャアアアアア!!!
『風神様』の咆哮。空気を通じて震える空間にクロトは怯える事もなければ、憶する事もなく剣を構えている。攻撃態勢に入った『風神様』の動きを逃さない様にクロトは静かに視界に捉えている。
俺を見ろ、こっちを見ろ…自分を獲物として認識させる様に『風神様』の意識を自身に向けさせる。意識し、意識される。攻撃対象は自分しかいないと一筋の道を示す様に神経を研ぎ澄ます。
こんな事、並大抵の人間には出来ない。これこそ、幾重の魔物を倒してきた『魔物狩り』として身に着けたクロトの力の一つだ。
先程はマツリ達がいたから意識させる訳にはいかなかったが……今は逆だ。意識させ……動きを制限させる。
「……来い…!」
ピギャアアアアア!!!
甲高い咆哮と共に振りかざされる前脚。鋭い爪が剣を構えるクロトに向かって勢いよく振り下ろされる。だが、クロトは読んでいたのか横へと軽やかに飛んで衝撃から避けた。
勢いよく振り下ろされた前脚は鋭い爪によって石畳の床を簡単に割れた。クロトは避けてダメージはないが、もし受けていたら……怪我だけで済む事はなかっただろう。
「………ッ」
避けたクロトの元へ『風神様』の前脚を使った攻撃が再び襲い掛かる。だが完全に動きを読んでいるクロトはステップを踏む様に攻撃を避ける。横へ後ろへ、鋭い『風神様』の攻撃を次々に避けていく。そしてクロトが壁際近くまで避けた所で『風神様』の動きがピタリと止まった。
…ガチャンッ!…ガチャン!!
「よし!いい位置に来たわ、クロト!」
リリィが喜びの声を上げた。それもその筈、作戦通りの位置にクロトがついたからだ。作戦通りの位置……つまり『風神様』の物理攻撃範囲が制限された場所だ。
後脚を鎖と枷によって捕らわれている『風神様』は動ける範囲が決められている。鋭い爪の攻撃も身体全体を使った攻撃も強力ではあるが、動きが制限されて攻撃が届かない壁際に来れば……『風神様』の脅威は少なくなる。
敵に意識させ、そのまま壁際まで移動し、物理攻撃が届かない様にする……これが第一の作戦だ。ここまで来れば『風神様』の攻撃は限られてくる。空気を振動させ衝撃波の様なものを繰り出す咆哮、そしてもう一つが……、
ヒュゥウウ…、
「…来たか。」
風の向きが変わった。空間の中心にいる『風神様』に向かって空間全体に流れる空気が集まり始めた。足元から空気が抜けていく二度目の感覚にクロトは剣を構えながら重心を低くした。
…二度目の風の上級魔法。これが動きが制限された『風神様』が取るであろうとリリィ達が予測した攻撃方法だ。
「……、」
ジリ、と重心を低くしたクロトの足先が引き摺られる様に『風神様』に向かって動く。竜巻の如く『風神様』に向かって風が集まり、クロトの身体も巻き込まれる様にして中心へと動き始めていた。…だが、これは予想内。
リリィ達はこれが来るのを待っていた。
「『大地に眠りし我が同胞よ。今、一つの楔となりて、現れなさい。ーストーク・アイヴィ!』」
リリィの言葉と共に現れる術式、怪しげな光を伴いながら太い茎が地面から現れた。だが現れた場所は上級魔法を使おうとしている『風神様』の元ではなく、クロトの前だ。
「さぁ、壁を作るのよ!」
複数に現れた茎は攻撃した時と違い、動きが一定している。そしてクロトの前へと一列に並列すると茎同士がピタリと身を寄せ合った。……茎の壁がクロトの前に完成された。
地面から発生している茎は中心へと吸い込もうとする風の影響が一切なく、クロト自身に感じていた風圧も消えた。だが、並列し風の影響を失くすために身を寄せ合う茎の背は高く、視界が完全に見えない。これではいつ、『風神様』が上級魔法を発動するか分からない。
「………、」
だが、それも想定内。クロトは狼狽える事なく低くしていた重心を元に戻し、次の動きに備えて茎の壁から一歩後ろへと下がった。そして持っていた剣を構える事なく、剣先だけを壁で守られている範囲から外した。
カタカタ、と剣先が風によって大きく震える。…壁が作られた時より風の勢いが増している。これはもうすぐやってくる。…クロトは確信しながら剣先を戻し、再び剣を構えた。
……きっと今の実力では斬り伏せる事は出来ないだろう。だが、動きを止めるだけなら……出来る。
「上級魔法、来るわ!!」
グゥアアアアアアアア!!!!!
リリィの甲高い声が『風神様』の咆哮と上級魔法によって集められた風の塊の轟音にかき消される。クロトも見えていないがビリビリと肌に感じる風圧と魔力に攻撃が始まった事に気付いていた。
クロトが剣を強く握りしめた瞬間……目の前にあった茎の壁にヒビが入った。ピキ、ピキピキ……、と音を立てて壊れ始める茎の壁。恐らく上級魔法の影響だろう。ひび割れた隙間から強烈な風の流れと上級魔法特有の強い発光が差し込んでくる。薄暗かった壁の内に入る強い光にクロトは一瞬目を細めるが、構えた剣は揺らがない。
壁が壊れ始め耳に入る轟音が強くなる……風によってバキバキと音を立てながら壊れていく壁を…いや、その先を見据えながらクロトはその瞬間を待った。
バキッ!!
壁が破壊された。その瞬間、全身に『風神様』から放たれた上級魔法の風圧がクロトに襲い掛かる。だが……それも一瞬で消えた。
「『風よ、豪胆に立ち昇らん』!」
壁が破壊された瞬間、クロトの足元から風の竜巻が発生した。怪しげな光を伴いながら発生した風の竜巻はクロトの身体を上へと高く、勢いよく飛ばし、飛んだクロトの真下を放たれた風の塊が通り抜けていく。
『風神様』の上級魔法をシフォンの風属性の魔法でクロトを高く上へと飛ばし、避けさせる……これが上級魔法を回避させる為に考えた作戦だ。リリィが壁を作ったのもクロトの身体に掛かる負担を減らす為とクロトの位置を固定する為だ。
放たれた上級魔法である風の塊はクロトのいた場所を通り過ぎ、壁にめり込む。衝撃波の影響を受けない位高く飛び上がった苦rとは身を翻しながら持っていた剣に力を込める。
『…人と同じだった場合、上級魔法を使った直後は魔力の反動で一瞬だけ隙が出来る筈よ。』
壁に移動し、攻撃の制限をして上級魔法を使わせようとした……それは正に、リリィが言っていた一瞬の隙を作る為。そしてリリィが言っていた事は正解だったらしく、上級魔法を放った『風神様』の動きがピタリと止まっている。
下にいれば放たれた上級魔法の影響で土煙が発生して確認出来ないかもしれないが、『風神様』より高い位置にいるクロトには確認出来る。
「……あそこだな。」
目を細め、狙うべき箇所を定める。クロトが狙いを定めたのは……『風神様』の下半身、腰と後ろ脚の繋ぎ目だ。
「剣技必殺、」
身体に掛かる重力と共に剣を構えるクロト。下へと勢いよく落ちていく中でクロトは構えた剣を振りかぶりながら、身を翻す。勢いよく落ちていく先は……狙いに定めた場所だ。
「…翡翠!」
下へと落ちる勢いと共に振り下ろされるクロトの剣。身を翻しながら放たれた二度の剣技は一瞬で、その斬撃は十字の方向へと斬られた。
予想していた通り完全に斬り伏せる事は出来なかったが、相当のダメージは与えた筈だ。……関節を外した感触はまだ、手の中に残っている。
グギャアアアアアアアア!!
クロトの剣技が狙った場所を捉え、『風神様』からは未だかつて聞いた事のない叫びに似た鳴き声が空間を響かせる。それと同時にドォン!と『風神様』が腰を下ろす様にして地面に崩れ落ちた。クロトの狙った箇所が『風神様』の自立を奪ったのだ。
手痛いダメージに『風神様』は成す術なく崩れる中、クロトはストン、と地面に降り立つと崩れた『風神様』の向こう側に静かに視線を送った。
「役目は果たしたぞ……ジーク、」
●●●
「上出来だ…クロト!」
視線の先で巨体である『風神様』が下半身から崩れる様にして倒れた。クロトの一瞬の剣技が『風神様』に通じたのだ。……ほ、本当に一瞬だった。凄い、クロト…!
しかもクロトが上手い事誘導したおかげか『風神様』の顔はクロトに向けられたままで……正反対の位置にいる私達に首元を晒している状態だ。……これなら…!
「ジーク!!」
「あぁ!この一撃で全て決める!」
私の声に応えながらジークは手にしていた風の大弓を構える。合成によって複製された矢の先を視線の先にある『風神様』の首元……シーナさんが教えてくれた『風神様』の弱点を捉える。
「!…これは、」
矢を構え、弦が大きく引かれピンと張り詰める中、大弓を構えたジークの周りを風が集まっている。いや、集まるというより取り巻いているといってもいいかもしれない。
魔力についてあまり分からないけれど……ジークを取り巻く風は勇者の力が眠っていた場所と同じ清らかで澄み渡っていて……『風神様』が使っていた上級魔法とは違うものだと分かる。しかも……強力だ。
半透明だった大弓の柄全体が取り巻く風と共に緑色に近い光を放ち始め、眩しくなる。取り巻く風もジークの狙う集中力と共に強くなっていくのが近くにいる私にも伝わってくる。
「……ッ、」
発光も集中力もピークに達した瞬間、矢羽を持っていたジークの手が離れる。矢が、放たれた。
「!」
まるで流星の様に光を纏いながら放たれた一本の矢。その矢は勢いを殺す事なく、一直線に狙った箇所へと飛んでいく。狙った……『風神様』の首元まで、
鏃が正に突き刺さる瞬間、ふわりと風が吹いた。大きくもない、小さな風は『風神様』の首元を撫でる様に吹き……首元を覆っている羽毛を吹き上がらせた。
羽毛が吹き上がり、地肌が一瞬だけど見えた。……見た事のない赤い半円と十字のマークが一瞬見えた。
「あれは……ッ!!」
目を凝らして見ようとした瞬間、放たれた矢の先が吹き上がった『風神様』の首元へと突き刺さった。凄まじい発光が空間を……いや、遺跡の中を満たしていく。
グギャアアアアアアアア!!!!!
耳に響く叫びに似た鳴き声。矢が突き刺さった『風神様』から放たれる凄まじい白い発光が私の視界を白く満たしていく。
「ま、眩し……!!」
腕で目を覆うとしたけれど、それより先に光が勢いよく襲ってくる。
そして、それは私の意識までも白く照らし、満たしていった。




