第九話‐③
「ど、どうするのよ!この状況!」
『風神様』がいる空間から通路へと避難したリリィが声を張り上げた。同じく避難したシフォンはリリィの悲痛の叫びに上手く返答する事が出来ずにいた。
「せっかく近くまで来れたのに…まさか、あんなものを隠してたなんて…!」
「私も…まさか『風神様』が魔法を使えるなんて、知りませんでした…。」
「私の魔術でも気を引く事は出来なかったし、シフォンの魔法も風属性で『風神様』には効かない。近づくにしても風の威力が強過ぎて身動きが取れないわ。…一体どうしたら……、」
「………、」
リリィの言葉にシフォンも何も言えず押し黙る。重たい空気が二人の間を流れる中、一人の影がこちらに飛び込む様にして入ってきた。
「!」
「クロトさん!」
「…ハァ、あれは、なんだ。」
息を乱しながら通路に入ってきたクロトは登場に驚く二人を無視して問いかけた。クロトの問いかけにリリィとシフォンは一瞬どう答えるべきか分からず黙ってしまう。が、すぐにリリィが口を開いて答えた。
「風の上級魔法よ。アンタも見た事あるでしょ?ピネーに来た頃、この子が私とジークにぶつけたやつよ。」
「……あの時と同じやつか。」
「はい。…でも風の威力が違います。私の時より遥かに強い威力があります。あんなものが二人に直撃したら……ッ、」
「ちょっと、嫌な事言わないでよ。」
「………。」
「!…クロト、どこに行くつもり?」
リリィが気づいて動き出すクロトを呼び止める。するとクロトは視線を身動きを取れずにいるマツリとジークに向けながら、口を開いた。
「アイツ等の所に行く。」
「ハァ!?何言ってんの!?アンタが行ってどうすんのよ!」
「アイツ等の壁位にはなれるだろ。」
「ば、馬鹿言ってんじゃないわよ!アンタが行った所で壁なんて意味ないわ!それだけの威力があるのよ!」
「だが、このままっていう訳にもいかない。」
「そ、それはそうだけど……それでもダメよ!危険過ぎる。それに…それに、おかしいじゃない。」
「おかしい…って、何がですか?」
「…『風神様』は神獣なんでしょう?神獣っていうのは『あらゆる事象を非科学的、神秘的に起こす』存在よ。なのに…何故、魔法を使うのよ!?」
「!」
「魔法も、魔術も…系統は違うけど、どちらも人類が作り上げたものよ。それを飼いならされた訳でもない神獣が使うなんて、おかしいのよ。ありえないのよ。…何か変だわ、嫌な予感がする。」
「「………、」」
リリィの言葉に出ていこうとしたクロトもシフォンも黙り込む。ゴォオオオオと轟音に近い風の音を耳にしながら三人が沈黙する中、シフォンの足元をゆらりと風が撫でた。
その瞬間、シフォンの頭の中に声が響いた。
『…シフォン!』
「!…兄さん!?」
「え!?な、何!?」
「に、兄さんから『共鳴』が…!」
頭に響く声。これは間違いなく兄であるジークの声。エルフ同士で交信する『共鳴』がジークから行ってきたのだ。シフォンはすぐに神経を集中させた。
『兄さん、無事なの?マツリさんは?』
『俺達は今の所大丈夫だ。だが、このままだとマズイ。そこで、だ……シフォンにやってもらいたい事がある。』
「私にしてもらいたい事…?」
『チャンスは一度だけ。アイツが俺達に魔法を発動させた所で……シフォン、お前の力で俺達を『運んで』欲しい。』
「…え、」
●●●
「…まぁ、こんな所だろ。」
「『共鳴』…だよね?シフォンはなんて?」
「やってみるってさ。いやぁ、頼もしい妹がいて兄として誇らしいな。」
「……それで、その肝心の一か八かの作戦とやらをそろそろ私にも教えてほしいのですが、」
「あぁ、言ってなかったな。悪い、悪い。」
ハハハと軽く笑うジーク。だけどそれはすぐに終わり、私の肩に置いていた手に力が入った。真剣な表情で頭上を見上げるジークに私は首を傾げた。
「ジーク?」
「…説明してやりたかったが……もう時間がないらしい。」
「え、それって……、」
グゥアアアアアアアア!!!
轟音と共に聞こえる鳴き声。不気味に響き渡る轟音に私はジークと同じ様に視線を『風神様』のいる方へと向けた。
集まった風の塊。無数の風の渦が一つになり、巨大な風の球体となって存在する。それはあまりにも脅威で、恐ろしく、悍ましいものだ。あ、あんなのもぶつけられたら本当に死んでしまう…!
もし真正面から当たったら……考えれば考える程恐ろしい結果になり背筋が凍る。血の気も引き、指先も恐怖で震える。こ、怖い…!
ゴォオオオオオオオ……、
「さぁ、行くぞ、マツリ。準備はいいか?」
「え?い、行くって……ど、どこに!?」
「決まってるだろ?」
グゥアアアアアアアア!!!!!
轟音が最大値になり、放たれる。けれど目の前にいる男は不敵に笑みを浮かべるばかりで恐怖を感じさせない。それが場違い過ぎて一瞬「何を考えてるんだコイツ」と思ってしまったけれど、近づく風の轟音に持ってかれそうになった思考が呼び戻された。
「ッ!!」
『風神様』から放たれた風の塊。巨大な風の塊が真っ直ぐ、コチラに向かってくる。身体全体に重く圧し掛かる風圧が痛く、身動きがとれない。ほ、本当にこのままじゃ…、
このままじゃ、死んで……!
「シフォン!!今だ!!」
瞬間、ジークが叫ぶ。すると『風神様』の向こう側が一瞬、ピカッと光った気がした。そして私の肩に置いていたジークの手が私の腰に回されるとグイッと身体がジークの方に引き寄せられた。
「さぁ、『飛ぶ』ぞ!マツリ!」
「え?と、飛ぶって……ふぉお!!」
ヒュゥウウ…!
ジークに身体を引き寄せられた瞬間、風圧で押しつぶされそうになっていた身体が軽くなった。いや、軽くなったというか……足先から『浮いた』。
身体に感じていた風圧が『別の方向から現れた突風』によって相殺され、私とジークは抵抗する事なく突如現れた突風によって、その場から飛ばされた。
そして、私達のいた場所に『風神様』から放たれた巨大な風の塊が着弾した。
ゴォオオオオオオオ!!!!
「きゃあああああ!!」
「ッ!!」
地面へと着弾した瞬間、凄まじい風圧が辺りを破壊しながら襲ってきた。石畳の地面は割れ、壁も罅割れ吹き飛び、吹き抜けのある天井には凄まじい勢いで風が走っていた。
私達を運んだ突風も風の勢いで掻き消され、着弾した風の衝撃波に似た余波を身体全身に受け、ぶっ飛ばされた。
その瞬間、私の意識は終了した。




