第九話‐②
勇者の力が眠っているという遺跡の最奥、そこに向かう為には『風神様』をどうにかして切り抜けなくては辿り着く事が出来ない。
その為に戦闘経験があるリリィ、クロト、そして遺跡に詳しいジークが作戦を考えてくれていたみたいだけれど……、
「強行突破しか、ありません!」
「えぇ……話し合いで出たのがそれなの…?」
「仕方ないでしょ!?むしろこれしか思いつかなかったの!!」
私の反応にリリィは食って掛かる様に反抗してくる。いや、で、でも流石にこれはどういう事なのだろうか……、
強行突破という事は……真正面から『風神様』を相手にする、という事なのだろうか…。
「まぁ、落ち着け。要はマツリを最奥の扉まで連れていけばいいという事だ。だが、そこまで行く為には『風神様』を避ける事は出来ない。何とか気を引かせて移動させるにも奴には足枷があって移動させる事は出来ないし、その上巨体だからな…コソコソしててもバレる。」
戸惑う私にジークが淡々と言葉を並べる。そして隣にいるクロトに目配せさせるとジークの視線に気付いたのかクロトは静かに頷いた。それを確認したジークは確信を得た様に笑みを浮かべると再び口を開いた。
「ま、逆に言えばそれを利用すればいいっていう話だ。攻撃的で凶暴であるが、あの巨体と足枷のせいで身動きが取りづらい筈。相手をする位ならいっそ無視して、突破してしまえばいい。」
「無視して突破って……そんな事が出来るの?」
「それはやってみないと分からん。だが、やってみる価値はあるだろう。ま、主に頑張るのは俺とクロトだけどな。なぁ、クロト。」
「………あぁ。」
ジークに肩を回されながら言葉を求められるクロト。そんなジークの態度にクロトは返事はするものの肩に回ってきた腕を自身の手で振り払った。
心の底から拒絶してる、ていう訳でもなさそうだけど……クロトの性格を考えるとジークの態度にまだ慣れていないのかもしれない。
「そ、それで…その突破する作戦というのは……、」
「だから言ってんでしょ?強行突破だって。」
「それの意味が分からないから聞いてるんでしょ。」
「はいはい、落ち着け、落ち着け。今から俺が説明してやるから。……まずは役割分担からな。」
●●●
「……マツリ、体調は大丈夫?」
綿密な作戦会議を終え、私達一行は昨日に引き続き風の遺跡へと足を踏み入れた。
昨日と変わらない薄暗い遺跡内を歩き慣れない石畳を気を付けながら歩いていると前を歩いていたリリィが心配そうに話しかけてきた。そんなリリィに私は頷きながら答えた。
「うん、大丈夫。不思議な事に気持ち悪さも頭痛も感じないんだ。」
「そう、なら…いいけど。でも無理はダメだからね。辛くなったら言うのよ。」
「うん、ありがとう。リリィ。」
「そろそろつくぞ。皆、用意しろ。」
先頭を歩いていたジークから声がした。先程までにはなかった妙な緊張感が私達の間で走るのを感じた。
視線をジークの方に向けると薄暗かった道の終わりが見え、そこから風が通り抜けているのにも気付いた。
「………ッ、」
「マツリさん、大丈夫ですか?」
「う、うん。ちょっと緊張してきたからかな……ドキドキしてきた。」
気持ち悪さもなければ頭痛もない。昨日流れ込んできた記憶も今は見る事はない。けど…それでも感じてしまう。ビリビリとした威圧感、不吉な何か……昨日、『風神様』を目にしているからだろうか。
大丈夫と思っても緊張してしまう。いや、大丈夫。皆がいるんだ、きっと作戦は成功する。
「…マツリさん、大丈夫。私とリリィさんでしっかりサポートしますから。」
「そうそう。マツリは最奥の扉を目指せばいいだけだから。」
そう言いながらリリィは杖を取り出し、私に向かってウインクをした。自信に満ちたリリィの表情は緊張していた私の心を少しだけ溶かしてくれている様な気がした。
後ろを歩いていたクロトも腰にある鞘から剣を取り出し、先頭にいるジークと並んだ。ジークもクロトが来たのに気付いたのか自身の武器である弓と矢を構えては小さく笑みを浮かべた。
「よし、皆準備いいな。さぁ、マツリ。俺達の所に、」
「うん。」
ジークに促されてクロトとジークの元へと駆け寄る。背の高い二人の間に挟まれる様に並ぶと「最終確認だ」とジークが口を開いた。
「まずシフォン、そしてリリィが同時に魔法と魔術で『風神様』に攻撃。攻撃に怯んでいる隙に俺とクロトがマツリを連れて最奥の扉まで目指す。勿論、そう簡単に辿り着く事は出来ないだろう。」
「分かってるわよ。マツリ達に危害が少しでも及ばない様に私とシフォンで『風神様』を攻撃しながらサポート。それでも追い付かない場合はクロトとアンタで対応する、でしょ?」
「あぁ。俺達は奴の動ける範囲から少しでも遠くなる様に壁伝いに走り抜ける。置いていくつもりはないが全力で走れよ、マツリ。」
「う、うん。頑張る…!」
頷きながら私はこれから駆け抜けるであろう場所を視線で追った。
開かれた視界、開かれた空間。石造りで作られた広い空間に押し込まれる様にして巨大な『風神様』が存在する。まだ私達に気付いていないのか立ったまま微動だにせず落ち着いているかの様に見え……、
バチッ、
「あ、」
目が合った。『風神様』の鋭い瞳だけが動き、私達を射抜く様にして睨みつける。そして、
ピギャアアアアア!!!!
「ッ!!」
鼓膜が破れそうな程の鳴き声。身体全身にビリビリと響き渡る鳴き声は衝撃波そのものだ。鋭い爪が生えた前脚が動き始める中、ジークが振り返りながら大声を上げた。
「もう気付いたか。暴れられる前に……作戦開始だ!」
「はい!兄さん!」
「勝手にリーダー気取ってんじゃないわよ!ったく!!」
ジークの言葉にリリィは杖を構え、シフォンは両手を前方へと突き出しながら、それぞれ口を開いた。
「『神栄たる大地の力よ。輪が声に耳を傾け、意志を宿しなさい。ー出でよ!大地の守り人、ゴーレム!』」
「『風よ、豪胆に立ち昇らん』!」
二人の言葉と共に足元に複雑な陣が現れる。妖し気に光る陣と共に人型のゴーレムと強烈な風が生まれ出される。
生み出されたゴーレムがリリィの指示で『風神様』へと突進しに行き、それを追う様にシフォンが魔法で作り出した強烈で巨大な風の竜巻が巻き上がる。
近くにいるせいか風圧で自分も飛ばされそうになるが必死に耐え、ゴーレムと竜巻の行く末を見守った。
ピギャアアアアア!!
「!!」
『風神様』の咆哮がゴーレムと竜巻に向かって放たれる。地響きに似た衝撃をもろに受けたゴーレムは一瞬耐え抜くも崩れる様にして壊れ、巻き上がっていた竜巻も打ち消される様に消えてしまった。
「そ、そんな……、」
「私の魔法では『風神様』と相性が悪いかもしれません。私が今出来る魔法は風属性…『風神様』も風属性の魔力を放っていますから……。」
「フン。上等じゃない。なら……これはどう!?」
弱きになるシフォンを他所に隣に立っていたリリィは『風神様』を睨みつけながら杖を再び構えた。
「『大地に眠りし我が同胞よ。今、一つの楔となりて、現れなさい。ーストーク・アイヴィ!』」
瞬間、石畳の地面を割る様にして何かが勢いよく飛び出した……いや、生えた。
「あ、あれって……茎?」
木の幹の様に太く、命があるかの様にうねうねと動く姿は植物の茎みたいで、至る所に鋭い棘らしきものが突出している。まるで薔薇の茎みたいだ。
「行きなさい!」
リリィの声と共に太い茎が『風神様』に向かって一気に動く。地面を割る様にして『風神様』に向かう茎は自身を揺るがせながら、その太い身体と棘で『風神様』に衝突する。衝突した衝撃で『風神様』は一瞬身体を横に振られた。
「す、凄い…。さっきより効いてる…!」
「よし、今だ!行くぞ!」
「!」
『風神様』が体勢を戻す前にジークが声を張り上げる。その声に私は意識を『風神様』に纏わりつく茎からジークに向け、反射的に頷いた。そして視線だけをリリィとシフォンに向けると二人は私の視線に気付いたのか「大丈夫」と言わんばかりに頷いた。
「さっさと行ってきなさい、マツリ!それまでは何とかしてやるわ!」
「気を付けて!」
「うん!行ってくる!」
二人の言葉に私は頷くとジークを先頭にしてクロトと共に入り口から飛び出した。飛び出した瞬間、ぶわりと踏み出した足先が浮く様な感覚になり驚いた。
「な、何!?」
「しっかりと地面に足をつけろ!天井へと出ていく風圧で足が持ってかれるぞ!」
「そ、それを先に言って!」
天井へと出ていく、というのは…この空間の上にある切り開かれた天井の事だ。遺跡の中に風が通り抜けるのは、ここの天井が切り開いているからだ。つまり上へと吹き抜けから出ていこうとする風が常にこの空間では起こっているという事で……、
更に言うなら『風神様』がいるから通路にいるより更に風の威力が強いという訳だ。前へと踏み込んだ足先が浮く感覚も実際に上へと持っていかれている為、という訳だ。
……本当、そういう事は最初に言っておいて欲しかった!!
若干の怒りを覚えながら無理やり地面へと足を踏み込む。普通に走る時より踏み込む力が余計に掛かるせいか少し走っただけで身体が重たくなる。
ピギャアアアアア!!
「…ッぅう!」
『風神様』の鳴き声がキーンと響き、咄嗟に手で耳を塞いだ。通路で聞いた時より頭に響く感覚は痛みを伴う。身体に感じる衝撃も纏わりつく様に上へと出ていく風と共に伝わり、ビリビリと静電気に似た痛みが骨まで響いている様だ。
「止まるなよ!止まったら終わりだ!走り続けろ!」
「…ッ!」
ジークの声に私は一瞬止まりそうになった身体を無理やり前へと出しては走り続けた。身体に鞭を打つというのはこういう事なのだろうか。止まれるのなら止まりたいけど…ジークの言う通り止まったら、そこで終わりだ。
何としても勇者の力が眠ると言われている最奥の扉まで行かなければ……私が行かないといけないんだ…!
ピギャアアアアア!!
「マツリ!!」
「え、」
後ろから叫ぶ様なリリィの声が聞こえた気がした。聞こえた気がして一瞬後ろに視線を向けるとバチリ、と鋭い『風神様』の視線と重なった。
ど、どうして…さっきまでリリィ達が相手していたのにコッチを見ているの…!?
ゾワリとした寒気が全身を駆け抜けた瞬間、『風神様』が私の方へと顔を向け、鋭く大きな嘴を開けた。
ピギャアアアアア!!!!
…来る!!
ミサイルの様に勢いよく私の方へと向かってくる『風神様』。襲い掛かってくる『風神様』に対して私は逃げなくてはならないのに、何故だろうか、背中に糸でもついているのか身体が後ろへと引っ張られている様で上手く走れない。
コッチに向かってくる!襲ってくる!怖い!怖い!追いつかれる!追いつかれてほしくない!でもどうする事も出来ない!ダメ!逃げないと!でも……追いつかれる!!
背に感じる『風神様』の荒い息遣いと存在に私は恐怖で瞼を閉じる。ダメだ、襲われ……!
ギィイン!!
「え、」
響く金属音に私は瞼を開き、走っていた足を止めては振り返った。そして、目の前にある光景に息を呑んだ。
「ク、クロト…!!」
「…ッ!」
巨大な身体で迫っていた『風神様』に対抗する様に立つクロト。私に向かって襲ってきていた『風神様』の鋭く大きな嘴をクロトは自身が持つ剣と鞘を交差しては、それを受けて止めていた。
『風神様』の攻撃をクロトは目の前に立ち、それを受けては防いだ。重く圧し掛かる攻撃にクロトは顔を歪ませながら、私に視線を向けた。
「……行け!」
「で、でも…、」
このままではクロトが…!…そう思った瞬間、私の腕を取ったのは先を走っていたジークだった。
「行くぞ!」
「…ッ!」
私の有無を聞かずに腕を引きながら走り始めるジーク。無理やり引っ張らた私はジークの剣幕に負け、抵抗する事なく走り始めた。
けれど気になって、走りながら後ろへと振り返ると『風神様』の顔が一瞬下がり、クロトに向かって再度突進した。
「ッ!!」
「クロト!」
巨大な『風神様』に突進されたクロトは剣で受け止める事が出来ず、そのまま壁に向かって飛ばされ衝突した。
あまりの光景に私は叫んでしまい、土煙を上げながら崩れた壁に向かって駆け寄ろうとするも、それはすぐにジークによって止められた。
「マツリ、落ち着け!」
「で、でもクロトが…!」
「アイツなら大丈夫だ。」
「大丈夫って……!」
土煙が吹き荒れる風で流れていく。すると崩れた壁の近くで立ち上がる影が見えた。
「…ハァ、」
「…クロト!良かった……無事だったんだ…。」
「…本当、アイツは大した奴だな。攻撃に対して自身で『流した』。あんな芸当、そこらの剣士が出来る技じゃないぞ。」
大きな怪我もなく、息をつきながら剣を構えるクロトに安堵した。ジークも感心しながらも安心した様な表情を浮かべた。…が、それはすぐに真剣な表情へと変わる。
「さぁ、俺達も行くぞ。後少しだ。」
「…うん!」
クロトの無事が確認出来た私達は再び走り出す。後ろの光景はもう見えないけれど、響く金属音と轟く地面が割れる音にリリィやシフォン、そしてクロト達が戦ってくれているのが耳を通して伝わってきた。
だからこそ、もう止まっていられない。ここまで皆が道を作ってくれた……何としても最奥の扉まで行かなくちゃ……!
「もう少しだ!頑張れ!マツリ!」
「ッ、ハァ、ハァ…!」
遠かった最奥の扉がもう、目と鼻の先までになった。ジークの励ましの言葉を耳にしながら私は重たくなる身体に更に鞭を打ち、息を乱しながら走り続ける。
後少し…後少しで最奥の扉だ。あそこまで行けば……!
ヒュゥウウ……、
「!」
吹き上がっていた風が、変わった。前へと足を踏み出そうとするけれど……後ろへと引っ張られている様で踏み出せない。いや、引っ張られているというより……、
「す、吸い込まれてる…!?」
「!!…なんだ、アレ!?聞いてないぞ!」
同じく前へと身体が出せていないのかジークが慌てた様子で振り返っては上を見て驚愕していた。真っ青になるジークの顔に私も恐る恐る振り返るとそこには『風神様』が私達の方へと向いていた。
顔を吹き抜けのある天井に向け、嘴を大きく開けている。『風神様』の周囲は妖し気に光り出し、開かれた嘴の先には風が渦を巻いて集まっている。周囲の風や小さな石や草を巻き込みながら『風神様』は自身に風を集めていて、私も持っていかれそうになる身体を必死に押さえながら、その有り得ない光景を見つめた。
「な、何が…起こって……、」
「クソ…。風の上級魔法だ!このままだと俺達が危ない!」
「じょ、上級魔法って…、」
言葉にした瞬間、ピネーに来た時、シフォンがジークに向かって風の球体を作ってぶつけた事を思い出した。規模は大分違うけど、周囲の風を集めて球体に近い風の渦を作り上げている光景は…あの時と同じだ。
シフォンの時は恐らく加減はしていたし、ジーク達も無事だったけど……巨体である『風神様』が作り上げたものは、あの時以上の威力であるのは間違いない。
最悪、死……、
「ど、どどどどどうすれば…!?」
「…………。」
「ジーク!」
「…少し黙ってくれ!俺も考えてるんだ!」
持ってかれそうになる身体を壁に手をつきながら考えこむジーク。私も同じ様に壁に手をつきながら目の前の光景を眺めた。
前へ進むにも吸い込まれる力が強過ぎて進む所か飛ばされない様にするのが精一杯。攻撃するにしても相手は巨大な『風神様』、倒す事なんて出来る訳がない。だから走り抜けようとしていたのに……なんで、なんでこんな所で足止めされるんだ。
もう目的の場所まで後少しなのに……!
ゴォオオオオ、と轟音に近い風の音が響き渡る。頭上には『風神様』が更に大きな風の球体を作り、今にも攻撃しそうだ。
「…一か八か、」
「え?」
「…一か八か、やってみるしかない。」
「!…何か方法思い付いたの?」
「あぁ。だが…成功する確率は、かなり低い。失敗すれば最悪、命を落とす可能性もある。ほぼ運任せの方法だ。」
「……運任せの方法だとしても、このままだとどっちにしろ死んじゃうよ。方法があるなら、やってみよう。」
「…よし、それでこそ勇者だ。お前の運、頼りにしてるからな。マツリ!」
ニッと笑みを浮かべるジーク。けれどその表情は無理やり作り上げている様に見えて、ジーク自身も恐怖を感じているのが伝わってきた。
一か八かの方法…どんな方法か分からないけれど、ここで何もしないよりは何かした方がマシだ。
それに……こんな状況下で私みたいにパニックにならず、どこか諦めたとかもなく…冷静に、真剣に考えて思い付いたジークの案だ。例え成功する確率が低くても、私はジークの考えた案を信じたい。
私に出来なかった事を成し得て、やり遂げようとしているジークを信じたい。
「とりあえず、俺の近くまでこれるか?マツリ。」
「近く?う、うん。分かった。」
ジークに指示され、壁を伝いながら後ろへと引っ張られる足を無理やり前へと一歩、一歩出した。そしてジークに触れられる程近くまでやってくると「よし」とジークは私の肩に手をつきながら、『風神様』の方へと見た。
…いや、そうじゃない。別の…もっと向こう側を見ている。その方向は…確か……、
「…シフォン!」




