第九話
『これは盟約だ。』
女性の声がした。
遺跡の中、勇者の力が眠る最奥の扉がある広い空間で耳の長いエルフと思われる老人と若い女性が立っていた。女性の言葉に老人は深い溜め息をつきながら目の前に立つ女性を見つめた。
『本当に、我等が民に危害を及ぶ事はないんじゃな。』
『えぇ、それは勿論。我等は人間程野蛮ではない。約束は必ず守る。逆に言えば約束を守らなければ容赦はないという事だ。』
老人の言葉に淡々と答える女性は片腕を広げると長い指を何度から宙に振るった。その瞬間、女性の足元に複雑な陣が現れた。妖し気に発光しながら現れた陣は何もなかった石畳の地面からボコボコと何かを作り出していた。
そして、それは段々と形作られ、長身な女性とほぼ同じ大きさの獣を作り出した。
ピギャアアアアア!!
『私が作り出した芸術品だ。私との盟約は至極簡単。約千年後に現れるであろう勇者が訪れるまで、これに餌を与える事だ。』
『え、餌…とは、』
『これは元々人食いの魔物同士を合わせ作られたもの。特に若く、肉が柔らかいものには目がない。……ここまで言えば分かるだろう?』
『そ、そんな…、』
『まぁ、そう悲観するな。人食いの魔物だが力は神獣クラスと同じだ。ちゃんと育てれば谷に風が流れるだろう。その恩恵を受け、千年餌を与えて育てればいい事。それにこれに餌を与えるのは五十年に一度だけでいい。そうすれば消化する為に五十年眠り続ける。』
『ご、五十年に一度…だ、だが途中で逃げだすかもしれん。そうなった時一番に狙うのは我等の民がいる谷だ。我等が安全だというならばちゃんとした保証がほしい。』
『ハァ…仕方あるまい。なら、これでどうだ?』
女性がまた腕を振るう。先程出した陣より小さな陣が女性の足元に現れ、妖し気に発光すると石造りの壁にも同じ陣が描き出された。そしてそこから無数の鎖が現れるとそのまま獣の足元に向かって飛び掛かった。
ガチャン、と太い枷が獣の後ろ脚に取りつかれたのを確認すると女性は得意気に笑みを浮かべた。
『これは私でしか外す事が出来ない、特注品だ。これさえあれば逃げ出す事はない。まぁ、餌を与えず放置したらコレは自分の足を食い千切って外に出るぞ。』
『な、』
『だから、餌を与えろ。そうすれば谷に風を送る神獣となる。お前達は餌を与えるだけでいい。それが私とお前の盟約だ。』
『……な、何故そこまで……それほどの力があれば、』
『無理だ。私の最大出力の力を持ってしても勇者を倒す事は出来なかった。我等が王を再び眠らせる事になってしまった。あの…あの扉でさえ今の私には傷一つつける事すら出来ない。なんて非力だ。』
『……だから、これを育てろというのか。』
『そうだ。千年後…私はこの世にいないだろう。だが、千年という私の恨み、妬みは絶えない事を証明してみせる。それが我等が王へ捧げる事が出来る絶対的忠誠。…上手くやり遂げてみせろ、エルフよ。』
そう言い残して女性は自身の影の中に潜り込んでは、消えた。音もなく、気配も残す事なく消えていった。
残ったのは老人と枷と鎖で繋がれた獣だけ。
『これで谷が救われるのであれば……、』
びゅう、
一陣の風が吹く。老人のか細い声を掻き消す様に風が流れ、先程まで見ていた景色も場面が変わる様に横へと流れは、消えた。
消えては再び変わる真っ白な空間。その空間には……何もない。
『さっきのは遺跡の記憶。大地の記憶よ。』
『!』
後ろから声がして慌てて振り返る。するとそこには私より小さな女の子……シーナさんが立っていた。
『い、遺跡の記憶って…、』
『あの遺跡は初代の勇者が作り、残したもの。何者にも壊せない神聖なもの。…貴方が見たのは、その遺跡の記憶の一部。』
『………。』
『貴方にはお礼を言わなくちゃ。私の弟と妹を解放してくれて、ありがとう。きっとこれから前へと進んでいけると思うわ。私、足枷にはなりたくなかったの。』
『そんな…足枷だなんて……、』
『いいえ、あの子達は優しい子だから……私という存在があの子達の歩みを止めてしまっていた。けど前へと向いてくれた。それも貴方がいたからだわ。本当に…ありがとう、勇者様。』
『シーナさん…。』
『最後に…勇者様にお願いがあるの。……無茶を言うかもしれないけれど、貴方になら出来ると思うから。』
シーナさんの近くに立つ様にぽつぽつと多くの女性達が並ぶ。皆、シーナさんと同じ様に花冠と白い衣装を身に纏っている。…『儀式』で『生贄』になった人達だ。
『どうか、悪しき風を止めて。そして今度は『私達』を解放してほしいの。これは勇者である貴方にしか頼めない。その為には私達も出来る限りの事はするつもりよ。』
『シーナさん達を解放…?』
『来たる時まで勇者様、お別れよ。……あの子達を、頼みます。勇者様…いえ、マツリ。』
●●●
「…ん、」
覚醒する意識に私は重たい瞼をゆっくりと開けた。開けると同時にチカチカとした光が入り、眩しく感じた。
あまりにも眩しい瞼の向こう側を避ける様にして目を細めると倒していた身体をゆっくりと起こした。そして、眩しい光を隠す様に手で目元を覆いながら目の前に広がる景色を目にした。
「うわぁ……綺麗な朝日…、」
高い場所にある遺跡、その眼下には緑豊かの森とそれを覆いつくす朝霧が広がっている。森の先には丁度朝日が出てきているのか太陽の眩しい温かな光が眼下に広がる朝霧を照らしていた。まるで大海原を見ている様だ。
神秘的で…綺麗。
「おはようございます、マツリさん。」
「おはよう、シフォン。」
後ろから声がして私は振り返るとそこには木の実を持ったシフォンが立っていた。シフォンの挨拶に私も同じ様に挨拶をし返すとシフォンは微笑みながら私の隣に腰を下ろしては持っていた木の実を私に手渡してきた。
「ありがとう」と礼を言いながら木の実を受け取ると昨夜と同じ様に木の実に噛り付いた。柔らかな果肉とそこから溢れる甘酸っぱい味が口の中に広がる。うん、美味しい。
「よく眠れましたか?」
「うん。…また、夢を見たんだけど…、」
「え、夢?…もしかして、姉さんですか?」
「うーん……多分。けど内容は、忘れちゃった。昨日は思い出したんだけどな……、」
何かを見たのは確かだ。お姉さんが出てきたのも何となくだけど覚えている。けど…目を覚ましたら何を見ていたのか、どういう夢だったのか忘れてしまった。
「まぁ、昨日も後々思い出した感じだったし……また思い出す機会があるかな。」
「…もし、思い出したら教えて下さいね。姉さんが出てきたなら私も知りたいです。」
「うん。思い出したら教えるよ。」
嬉しそうに、どこか楽しそうに笑みを浮かべるシフォン。昨日泣いていたせいか少し目元が腫れている様に見えるが、その表情は憑き物が落ちた様に晴れやかだ。
…元気そうで良かった。
「あ、そういえば他の三人は?」
「あぁ、兄さん達なら作戦会議中ですよ。ほら、あそこ…、」
シフォンに促され私はシフォンの見つめる先を目で追った。視線の先にはジークとリリィ、そしてクロトが遺跡の入り口近くで難しい表情を浮かべながら話し込んでいた。
「作戦会議って…、」
「最奥の扉に向かう方法ですね。最奥の扉に向かうにも『風神様』がいますから……、」
「あぁ…そうだね。そうだった。」
「兄さん達は私達より戦闘経験がありますから…きっと良い案を思いついてくれてますよ。」
今日の目的は最奥の扉に向かう事。その奥にあるであろう勇者の力を手に入れ、その力を使い『風神様』を倒すなり、鎖を外すなり何らかの事をする事。
けれどその為には扉を守る様にして立ち塞がる『風神様』をどうにかして通り抜けなくては先に進めない。あの巨大な図体に凶暴的な攻撃……通年通り眠っていれば何事もなく安全に最奥の扉に行けたのに……、
「…大丈夫ですよ。きっと兄さん達なら、いい案を思い付いてくれる筈です。」
「そう、だね。私が考えるより、いい案を考えてくれてそうだし…不安がってもしょうがないよね。」
「その意気です、マツリさん!」
小さな手で作られた拳を握りながらシフォンが笑顔を浮かべる。不思議…晴れやかなシフォンの笑顔を見ると本当に大丈夫だと思えてしまう。自信がつくというか、勇気を貰うというか……上手く言えないけれど、元気が出る。
私自身の体調も昨日より良いみたいだ。気持ち悪さもなければ頭痛もない。息も…しやすい。
「あ、作戦会議が終わったみたいですね。集まりましょうか。」
「うん、分かった。」
遺跡の入り口前で集まっていた三人が戻ってきたのを確認すると私はシフォンと共に三人の元へと駆け寄った。




